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第39話 旅立ちの朝

 出発の前夜。


 我が家では、ちょっとした送別会が開かれていた。


 食卓には、所狭しとご馳走が並んでいる。


 僕が上京するということは、精霊たちもこの家を離れるということだ。


 お父さんとお母さんの希望で、今夜は精霊たちも全員召喚してのパーティとなった。


 リビングは人間四人と精霊三体で、ぎゅうぎゅう詰めだ。


「おーこれこれ! やっぱこっちに帰ってきたらタタキだよな!」


 兄ちゃんがフライングして、大皿に盛られた「鶏のタタキ」を頬張る。


 表面を炭火で炙った鶏肉の香ばしさと、甘めの醤油、そして薬味のニンニクとショウガの風味がたまらない。


 この辺りでは祝い事といえばこれだ。


「こらカイト、慌てずに食べなさい。

 ほら、イカヅチとヒューイも、馬刺しは手にはいらなかったけど、どうぞ」 


 お父さんが勧める。


「おお、プリプリで歯ごたえもあって美味いな!」

 ヒューイが目を輝かせて、器用に箸を使って食べている。


「うぬ。以前の馬刺しはすっと口のなかで溶けたが、これは食いごたえがある。噛めば噛むほど味が出るな」

 イカヅチも満足そうに頷き、お父さんが飲んでいる日本酒を俺にもよこせと楽しそうだ。


 四人(?)とも仲良く箸を伸ばしている。

 天才のお兄ちゃんと、精霊たちが、鶏肉を取り合っている光景はなんだかおかしい。

 

 僕は、お母さん特製の「サラダ巻き」を手に取った。

 レタスとエビ、そしてマヨネーズを巻いた太巻きだ。

 子供の頃から大好きな、我が家の味。


 ふと横を見ると、フレアも同じものを手に取っていた。


 パクッ。

 小さな口で、上品にサラダ巻きを頬張る。


「あら、美味しいこと」


 ただの家庭料理なのに、彼女が食べると宮廷料理に見えるから不思議だ。


 レタスのシャキシャキ音さえ上品に聞こえる。


「よかった、気に入ってくれたかしら」


 お母さんが嬉しそうに微笑む。


 フレアもお母さんに微笑み返す。


「ええ。貴女の料理は、いつも温かくて素敵ですわ。

 愛情というスパイスが効いていますのね」


「あらやだ、フレアさんったら」


 お母さんが照れて顔を赤くする。


 賑やかな食卓。

 笑い声。

 美味しいご飯。

 別にこれが最後じゃない。


 でも、明日からは、しばらく味わえない時間だ。


 僕はサラダ巻きの味を、しっかりと噛み締めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝。

 快晴。


 玄関には、大きなトランクが二つ並んだ。


 一つは兄ちゃんの。もう一つは、僕の。

 精霊たちは、今はもうここにはいない。


「忘れ物はないか?」


「うん、大丈夫」


 昨日のパーティの余韻か、それとも夜に泣いたのか。


 お母さんの目は少し赤かった。


「カイトに続いて、ヒロまで……。家が静かになっちゃうわね」


 二人の子供と、三体の精霊。


 一気に五人も(?)いなくなるんだ。


 毎日騒がしかったこの家が、急にガランとしてしまう。


「母さん、心配しすぎだ。休みには帰ってくるよ」


 兄ちゃんが優しく言って、お母さんの肩を抱いた。


 僕も、言いかけた。


 『何かあったらすぐ帰ってくるよ』と。


 でも、言葉を飲み込んだ。


 今の僕には、一瞬でここに戻ってくるような魔法はない。


 物理的な距離は、どうしようもない。

(いつか、空間を繋げて一瞬で帰れる魔法とか、開発したいな……)


 そうすれば、お母さんのご飯をいつでも食べに帰れるのに。


 そんな野望を胸に秘めながら、僕は前を向いた。


 今は、この寂しさを噛み締めよう。

 ちゃんと「旅立ち」をしなきゃいけない気がした。


 親元を離れて、自立する。


 その覚悟を見せなきゃいけないんだ。


「お父さん、お母さん。行ってきます」


 僕は深く頭を下げた。


「ああ、行ってらっしゃい。ヒロ、カイト。体に気をつけるんだぞ」


 お父さんが力強く頷く。


「たまには手紙書きなさいよ! ご飯ちゃんと食べるのよ!」


 お母さんが涙声で手を振る。


「うん! 行ってきます!」


 両親の声援を背中に受けて、僕たちは歩き出した。


 桜の舞う並木道。

 駅へと続く道は、輝いて見えた。


 その先には、憧れの魔法学校が待っている。


 隣を歩く天才の兄ちゃん。

 呼んだらいつでも来てくれる、三人の精霊。


 そして、僕。


 新しい生活が、始まろうとしていた。

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