第38話 サクラサク
試験会場にクレーターを作った直後。
僕は先生たちに囲まれていた。
「君! 今の火竜はどういう術式だね!?」
「あの水魔法、あれは本当に水なのか!?」
質問攻めだ。
逃げようとする僕の前に、眼鏡をかけた細身の先生が立ちはだかった。
見覚えがある。
あの風魔法マニアの霧島先生だ。
彼は僕の肩をガシッと掴むと、血走った目で訴えてきた。
「おい君! なぜだ! なぜあのお方を!
風の大精霊様をお呼びしなかった!!」
以前、見学会でヒューイを見て以来、彼は完全に信者と化していた。
「いや先生、今日の試験科目、水と火だけですけど……」
「そんな瑣末なことどうでもいい! 私はあのお方の御姿を拝見したかったのだよぉぉ!!」
ダメだこの人。
他の先生たちが「はいはい霧島先生、落ち着いて」と引き剥がしてくれた。
そんな騒ぎの輪の外。
ふと、視線を感じた。
遠くの木陰に、一人の女性教師が立っていた。
透き通るような金髪。
憂いを帯びた、青い瞳。
とても綺麗な人だ。
彼女は騒ぎには加わらず、ただじっと僕を見ていた。
いや、僕の「周り」を見ているような、不思議な目つきだった。
悲しげで、でも、どこか懐かしむような。
目が合うと、彼女はふいと視線を逸らし、踵を返して去っていった。
不思議な人だった。
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一ヶ月後。
まだ肌寒い風が吹く頃。
実家に、魔法学校からの封筒が届いた。
お父さんとお母さん、それにヒューイとイカヅチも実体化して、全員で開封を見守る。
ペリペリと封を開け、中身を取り出す。
結果は――
『合格通知書』
『特別特待生としての入学を許可します』
「「おおーっ!!」」
お父さんとお母さんが歓声を上げて抱き合った。
特待生。
学費免除に加え、専用の研究室まで与えられる破格の待遇とのことだ。
「へっ、当然だろ。俺の相棒なんだからな」
ヒューイが得意げに鼻を鳴らす。
「うむ。兄を超えると言ったのだ、
この程度の入り口で躓くわけがあるまい」
イカヅチも、満足そうに髭を揺らしている。
みんな喜んでくれているけど、
僕は通知書を二度見、三度見していた。
「……点数が、どこにも書いてない」
本来なら同封されているはずの、試験の点数がない。
合格通知の裏を見ても、白紙だ。
「……あの実技で破壊しすぎたから、
筆記の点数……もしかして、足りてなかったのかな……」
破壊工作による証拠隠滅のような合格だ。
僕は喜びよりも、冷や汗が止まらなかった。
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それから数週間後。
小学校の卒業式を終え、春休みに入った頃、お兄ちゃんが帰省してきた。
「すげぇなヒロ! 特別特待生かよ! 俺の学年にはそんなやついないぞ!」
お兄ちゃんは通知書を見て、自分のことのように喜んでくれた。
その日の夜。
僕と兄ちゃんは庭に出ていた。
「久しぶりだな、イカヅチ」
「うむ。人間にしては成長したようだな、カイト」
イカヅチが、お兄ちゃんを見て目を細める。
二人は、去年の夏休み以来の再会だ。
「学校で面白い研究をしてるんだ。聞いてくれよ」
兄ちゃんは、嬉々として語り始めた。
磁場と電流による物体の射出機構。
いわゆる「超電磁砲」の理論だ。
「雷をただのエネルギーとして使うんじゃない。磁場を形成して、鉄球を音速で撃ち出す『弓』として使うんだ」
「ほう……雷を弓に、か」
イカヅチが感心したように唸る。
「人間とは、奇妙で面白いことを考える。単なる破壊力ではなく、理で威力を生むとはな」
「だろ? で、もう一つ。前にヒロが聞いてきたやつだ」
兄ちゃんが、自信満々に前に出た。
「上級生から習う防御魔法、『魔力の鎧』だ」
兄ちゃんが集中すると、身体の表面が薄い光の膜で覆われた。
以前、雷神と戦った時は土や風の「壁」や、僕が作る空間の壁とは違う。
魔力を皮膚の直上に固定し、まるで衣服のように纏っている。
「ほう……」
イカヅチが興味深そうに近づいた。
「魔法で壁を作るのではなく、魔力を身に纏うか。それは我ら精霊が常時行っている『外殻』の形成に近いな。……どこぞの人間が、我らを真似て作った技術か?」
「へえ、そうなのか? 学校で習う標準的な魔法だけど、ルーツは精霊なのかもな」
兄ちゃんは嬉しそうに胸を張った。
「ふむ、ならば試してみるか」
「お手柔らかに頼むよ」
イカヅチが尻尾を軽く振った。
バチッ!
放たれたのは、静電気に毛が生えた程度の、本当に軽い一撃。
パシッ。
兄ちゃんの光の膜が輝き、雷撃を綺麗に散らした。
兄ちゃんは一歩も動いていない。
「おお! 防げた! どうだイカヅチ!」
「悪くない。単に弾くのではなく、魔力の流れで受け流しておる。まさに我らの外殻と同じ理屈だ」
イカヅチも満足そうに頷いている。
「ならば、もう少し強くしても大丈夫そうだな」
「え? あ、おい待っ――」
バヂチチッ!!!
イカヅチの身体から、さっきより明らかに太い雷が走った。
ドォォォォン!!!
「ぐわぁぁぁぁぁ!?」
お兄ちゃんが、光の膜ごと吹き飛ばされ、庭の生垣を突き破って転がっていった。
「お、お兄ちゃん!!」
「……む?」
イカヅチが首を傾げる。
僕は慌ててお兄ちゃんのもとに駆け寄った。
髪の毛がチリチリになっているけど、なんとか意識はあるみたいだ。
「い、ってぇ……! お前……! ちょっとって言っただろ……死ぬぞ……!」
「すまぬ。もう少し耐久度があると思うてな」
イカヅチが悪びれもせずに言う。
「あるわけないだろ! 俺は人間だぞ!」
「加減が難しいのう」
兄ちゃんは涙目で、煤けた顔を拭った。
やっぱり、イカヅチはまだ手加減が下手だった。




