第37話 規格外の受験生
季節は巡り、ついにその日がやってきた。
国立魔法学校、入学試験当日。
筆記試験は、まさに戦争だった。
『問:次の魔法陣の術式構成における欠陥を指摘せよ』
(……あ、これ! お兄ちゃんのノートの赤字で書いてあったやつだ!)
ギリギリだった。
本当に、首の皮一枚で繋がった感じがする。
カイト兄ちゃんのボロボロの参考書がなければ、開始十分で白旗を上げていた自信がある。
「ふぅ……」
ペンを置いたときには、魔力を使い果たしたみたいにぐったりしていた。
周りの受験生たちも死屍累々といった様子だ。
でも、午後には、「実技」が残っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午後の実技試験。
会場は、あの見学会でも訪れた広い屋外訓練場だった。
受験生が十人ずつのグループに分けられ、順番に的当てを行っていく。
「次! 受験番号402番、一之瀬ヒロ!」
「はい」
名前を呼ばれて前に出る。
試験官は、バインダーを持った厳しそうな先生だ。
「まずは水魔法から。あの人形の的を狙ってください。威力、精度、共に評価します」
二十メートル先に、木製の人形が立っている。
前の受験生たちは、水の矢を放ったり、
水流で押し流したりしていた。
(……兄ちゃんを超えろ、か)
イカヅチの言葉を思い出す。
普通の水魔法じゃ、お兄ちゃんには届かないと思う。
なら、僕だけの魔法を使うしかない。
「あの、試験官の方」
僕は手を挙げた。
「はい?」
「危ないので、少し下がっていただけますか? あと、防壁魔法を少し強めにお願いします」
試験官が眉をひそめた。
「……君ね、ここは試験会場だよ。万全の安全対策が――」
「お願いします」
僕が真顔で食い下がると、試験官は渋々といった様子で結界の強度を上げた。
「……よし」
僕は的に向き直る。
イメージする。
空気から水を絞り出すように。
空間にある大量の空気を、無理やり一点に押し込める。
徐々に大きくなる水球は、サッカーボールサイズになった。
――ビキキッ。
空気が悲鳴を上げるような音がして、僕の目の前に「水の玉」を作った。
「……なんだ、ただの水球か」
後ろで見ていた受験生の一人が、
拍子抜けしたように呟いた。
試験官も、「大げさな」と呆れ顔だ。
うん、見た目は地味だもんね。
でもこれは、精霊たちのお墨付きだ。
投げる速度なんて関係ない。
届けばいい。
「えいっ」
僕は、ゴミ箱に紙くずを投げるみたいに、
軽く放り投げた。
ポイッ。
ふわりとした放物線を描いて、水球が飛んでいく。
スピードも遅い。
それが、木の人形に触れた、その瞬間。
ーー解放
カッ――――!!!
白い閃光。
水蒸気爆発と、圧縮空気の急激な膨張。
ズドォォォォォォォォォォン!!!
鼓膜を揺らす轟音と共に、
爆風が訓練場を薙ぎ払った。
強化されたはずの防壁が、
ガラスのようにガタガタと、
悲鳴を上げて震える。
「うわぁっ!?」
「きゃぁっ!?」
砂煙が晴れると――そこには何もなかった。
的の人形はもちろん、その隣にあった予備の的も、後ろの土手も。
地面が丸く抉り取られ、大きなクレーターができている。
穴の底からは、シューシューと白い蒸気が上がっていた。
「……え?」
誰かの、ひきつった声。
試験官が、バインダーを取り落として口をパクパクさせている。
「……これが、み、水魔法……?」
これが僕の水魔法です、
僕はペコリと頭を下げた。
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「つ、次は火魔法です!!」
試験官の声が裏返っていた。
会場の空気がおかしい。
全員が「こいつヤバい」という目で僕を見ている。
「ぜ、全力を出してください!
い、今のを見て分かりました、手加減はいりません!」
試験官は半ばやけくそ気味に叫んだ。
全力。
(……全力、か)
フレアとの契約の時を思い出す。
『力を示せ』と言われた。
そしてイカヅチは言った。
『兄を超えろ』と。
僕の全力の火魔法。
それは、最強の精霊を、喚ぶことだ。
僕は空を見上げた。
深く息を吸う。
「来て――フレア」
ドクン。
足元の地面が脈打った。
空気が、一瞬で熱帯のように熱くなる。
訓練場の上空が、赤く染まった。
ズズズズズ……ッ!
僕の背後の空間が裂け、
そこから“真紅の巨体”が這い出してくる。
全長二十メートル。
燃え盛る翼。
金色の瞳。
火の頂点。
『――ついにこの日が来ましたわね』
フレアの声が響く。
彼女はやる気満々だ。
大きく口を開け、喉の奥で灼熱のブレスが輝き始める。
その熱量だけで、訓練場の芝生がチリチリと焦げ始めた。
「ひ……」
試験官が、腰を抜かしてへたり込んだ。
「りゅ、りゅう……ドラゴ……!?」
「て、敵襲ーーーッ!!??」
会場はパニックだ。
受験生たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
警報が鳴り響く。
フレアが、試験官を見下ろして問う。
『どなたを焼けばよろしいのかしら?』
「ちがっ、試験だから! 的を狙って!」
僕が止めようとした瞬間、
試験官長らしきベテランの先生が、顔面蒼白で飛び出してきた。
「やめろぉぉぉぉ!! 撃つなァァァ!!」
「えっ」
「合格!! 合格だ!! 満点やるからしまえ!! なんなら筆記試験に上乗せも考える!!」
「……えぇー」
フレアが不満そうに鼻を鳴らす。
その鼻息だけで、小さな火柱が立った。
『つまらないですわね』
彼女はつまらなそうに翼を畳み、光の粒子となって消えていった。
残されたのは、
クレーターの空いた地面と、
腰を抜かした試験官たちと、
静まり返った訓練場。
「……あ」
遠くの校舎の窓から、たくさんの生徒や先生がこっちを見ているのが分かった。
あ、お兄ちゃんもいる、
こっちみて笑ってる?
ちょっと、張り切りすぎたかもしれない。
こうして僕は、入学初日から「歩く災害」として、魔法学校の歴史に名を刻むことになった。




