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第34話 火の試練と熱の理

 ――今日こそ、火の魔法の練習をしよう。


 そう決めていたはずなのに。


 庭に出たヒロは、深呼吸を三回してから、ようやく口を開いた。


「……フレア。出てきて」


 胸の奥が、どくん、と跳ねる。


 昨夜のことが、どうしても思い出されてしまう。


(……全裸……)


 いや、違う。

 思い出すな。


 空気が震え、熱が集まる。


 次の瞬間。


 真紅のドレスをまとった女性が、静かに顕現した。


「ごきげんよう、ヒロ」


 赤髪が夕日にきらめく。


 ――七回目でようやく納得した、完璧すぎる姿。


「……おはよう」


 目を合わせられない。


 胸の奥が落ち着かないままなのは、

 昨日の出来事のせいだけじゃない。


 彼女を呼ぶ、という行為そのものが、

 僕は少し緊張する。



「今日は、火の魔法の修行でしたわね」


「う、うん」


 そのまま、フレアが一歩踏み込んできた。


 ――近い。


 いや、距離じゃない。


 背後に回られる。


 肩に、そっと手が置かれた。


「まずは、基礎ですわ」


 耳元で、囁かれる。


「――っ」


 心臓が、跳ね上がる。


(ち、近い……!)


 逃げ場がない。


 後ろから包まれるような位置取り。


 フレアの体温が、服越しに伝わる。


「……集中なさい?」


 楽しそうな声。


「……っ、は、はい!」


 ヒロは慌てて詠唱した。


「灯れ、温かな火よ。

 火の精霊よ、我が願いに応え、

 小さき炎をここに示せ。」


 掌に火球が生まれる。


「あら、微精霊に愛されてますこと」


 フレアの指が、ヒロの手首に軽く添えられた。


「魔力の流れを直接、私が整えてあげますわ」


 フレアにとっては、これもただの効率的な指導に過ぎないのだろう…。

 けれど…

 僕の心臓は、さっきからうるさいほどに鳴り続けている。


「ですが」


 きゅ、と角度を調整される。


「効率が、悪すぎますわ」


「あなたは、私と契約したんです

 火を出したいと思って出しなさい」


「っ……」


「魔力は燃やすだけでいい」


 耳元で、静かに続く。


「火とは、炭素の燃焼ではありません」


「魔力を、いかに熱エネルギーへ変換するか」


 指が、掌をなぞる。


 完全に、頭が追いつかない。


 でも。


「……燃やすん、じゃなくて……」


「ええ」


 ようやく、体が離れた。


 ヒロは、息を整える。


「……いや、魔法はイメージ……

 もっともっと熱い炎を」


「試してごらんなさい」


 火球が、わずかに明るくなる。


「悪くありません」


 フレアが、今度は自分の掌を上げる。


 生まれた炎は、赤ではなく――青白い。


 揺らぎが少なく、芯がある。


「同じ魔力でも、温度は変わりますわ」


「火の使い手次第…」


(……すごい)


「次」


 今度は、正面に立たれる。


「火を、動かしなさい」


「蛇のように」

 フレアは空中に出した火球を自在に操る。


 なるほど、それならと、ヒロは、反射的に空間ごと運んで――


「違います!」


 即座に叱責。


「それは、ただの運搬ですわ!」


「火は、そこに在り続けなさい!」


「……!」


「空気を操りなさい」


 フレアは、横を見る。


「風の精霊、ヒューイ

 空気を動かす感覚は風の魔法と同じですわよね」


「ん?まぁ空気を動かす感覚なら、同じだな

 だからヒロはその感覚を知っている」


 その言葉で、何かが繋がる。


 理屈は、正直よくわからない。


 でも、風を操るときの感覚――

 空気が流れ、押され、引っ張られるあの感じを、

 火にも重ねるように意識する。


 すると、炎は抵抗せず、

 自然に従ってくれた。


 炎が、うねった。


 蛇のように。


「……できた」


「ええ」


 満足そうに、フレアは微笑む。


「今日は、ここまでですわ」


 フレアは炎を消し、

 ふっと息を吐いた。


「初日としては、上出来です」


 その声には、

 からかいでも、冗談でもない、

 確かな評価が込められていた。


 ヒロは、少しだけ胸を張る。



 そのときだった。


「……ヒロ?」


 門の向こうから、父の声。


 仕事帰りだ。


 視線が、フレアに釘付けになる。


「……お前……そんな美人と……」


 遠い目。


「ち、違うから!」


 ヒロが叫ぶより早く、


「ヒロ」


 フレアが、わざと一歩寄る。


「もっと、熱いのがよろしいですわ?」


「――!?」


 ヒロの顔が、爆発したように赤くなる。


 父も、完全に固まっていた。


 夕暮れの庭に、

 熱と誤解と、逃げ場のないドキドキだけが残った。

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