第23話 一人じゃない
お兄ちゃんが、寮に戻る日が来た。
朝の空は、いつもと変わらないのに、
家の中だけ、少し静かだった。
「じゃあな、ヒロ。
また長期休みに帰ってくるから」
「うん……いってらっしゃい」
笑って手を振ったつもりだったけど、
胸の奥が、ちょっとだけきゅっとした。
玄関のドアが閉まる。
――それで、終わり。
……の、はずだった。
「なに、そんな顔をしている」
縁側で、イカヅチが尻尾を揺らした。
「一人になった気がするか?」
「……ちょっとだけ」
「安心しろ。
我らは、どこにも行かん」
「そうそう。
俺もいるしな」
ヒューイが、僕の肩にちょこんと座る。
……そうだ。
今は、一人じゃない。
それに。
寂しい、よりも先に、
やることがあった。
その日の夕方。
魔法の練習をしようと、庭に立って、僕は目を閉じていた。
「魔力を練るな」
イカヅチの声が、低く響く。
「集めるな。
溜めるな」
「……え?」
「魔力はエネルギーだ、何も自分だけで捻出する必要はない」
僕の前に、イカヅチが来る。
「ヒロ。地球の核に触れたお前なら感覚で分かるはずだ」
その言葉に、胸の奥がかすかに熱くなった。
「地球の膨大なエネルギー、それを分けてもらうイメージだ」
「……うん」
「人間が内包する生命エネルギーなど、ちっぽけなものだ。
それに比べて地球のエネルギーはほとんど無限だと考えていい、遠慮するな」
「ええ!!!???無限!?すごい!!」
イカヅチの目が、細くなる。
「雷の精霊たる我を本気の姿で召喚したら、お前の魔力など、すぐに尽きる」
「それ、俺にも喧嘩売ってねーか?」
「……こわいこというなぁ」
「だからだ」
ぴし、と空気が張る。
「少しずつ、練習しておく」
イカヅチが、地面を前脚で叩いた。
「感覚を掴むには、我の雷魔法が適している、
召喚している今ならお前も使えるのだろう?」
魔法の練習をするときは二人とも召喚してから見てもらっている。
実際はそれだけでちょっと疲れる。
「感じろ、地球のエネルギーを身体を通して魔法に変換する感覚だ」
僕は、そっと意識を下に向ける。
土。
石。
根っこ。
もっと、もっと下。
――あ。
微かに、
あの日の“あったかい光”を思い出した。
「……きた」
ぽう、と胸の奥が満たされる。
「よし、あそこに転がっている岩に放て!」
「うん!!ーー雷撃っ」
ーーパァァァンッッッ
すごい砂煙があがり、庭にあったサッカーボールぐらいの岩は跡形もなく消え去っていた。
「よし!今のはよかったぞ!!」
「バカ!やりすぎだ!」
ヒューイが叫ぶ。
「少しは遠慮しろーー!!!」
どうやらお父さんがずっと後ろで見てたみたい。
お父さんの雷が落ちた。
「それに!いきなりキャパオーバーの魔力使ったら精神が先に壊れるだろ!」
「ふむ……
それもそうだな…」
「え、せいしん?」
ふらっ
「ほら言わんこっちゃない」
「今日はここまでだな」
数日後。
学校が始まった。
久しぶりの教室は、
なんだか少しだけ狭く感じた。
「……ヒロくん?」
席に着くと、
隣の席の女の子が、じっと僕を見ていた。
「なに?」
「なんか……
ちょっと変わった?」
「え?」
「うーん……
なんか、落ち着いたっていうか……」
別の子も、こそこそ話す。
「わかる。
前より、ちょっとかっこよくなってない?」
「え、そう?」
僕は、首をかしげる。
でも。
生死の境目を越えたこと。
地球の核に会ったこと。
精霊たちと向き合ったこと。
それは、確実に、
僕の中に何かを残していたらしい。
「……まあ、悪くないな」
イカヅチが、僕の足元で小さく言った。
「なにが?」
「成長だな」
ヒューイが、にやっと笑う。
僕は、ちょっとだけ困った。
まだ、始まったばかりだ。
僕の魔法も、
この日常も。




