第22話 夏の終わり
夏休みも、残りあと少し。
今日はいつもより、うんと早く起きて、
家族みんなで長崎のおじいちゃんの家に向かっている。
車で長いこと走って、
それから船に乗るんだ。
今年は、去年すっかり忘れていたクワガタを捕まえに行くんだって、
お兄ちゃんと朝から盛り上がっていた。
車の中では、みんなの好きな曲が順番に流れてくる。
「あ! これ、僕のお気に入り!」
「ふ〜ん〜♪」
「ヒロ、また歌詞ちがうぞー」
「えへっ」
車内は、いつもカラオケ大会だった。
途中でパーキングエリアに寄って、
お昼ごはんを食べることになった。
今日のお昼は、お母さんが作ったお弁当。
僕はサラダ巻きと、すっぱい魚のお寿司を両手に持って、交互にほおばる。
「うん! さいこうにおいしい!」
「うふふ、よかったわ。
たくさんあるから、あわてず食べなさい」
ちなみに、お兄ちゃんはこのお寿司があまり好きじゃない。
こんなにおいしいのに。
だから、ほとんど僕のだった。
ごはんのあとは少しだけ歩いて、
ちいさな公園で体を動かした。
お父さんはコーヒーを買いに行っていて、
眠そうにあくびをしながら歩いていった。
また車に乗って、
うとうとしていたら――
気づいたときには、港に着いていた。
「これから船に乗るぞー」
お父さんが荷物を下ろす。
船だ。
僕は、船から外に出られるところが好きだ。
危ないからって、あまり長くはいさせてもらえないけど、
空だって飛べるんだし、
ほんとは何も危なくないと思う。
海をのぞくと、クラゲがたくさん泳いでいた。
ときどき魚も見えるけど、
ほとんどクラゲだった。
「今のイルカ! イルカいた!」
「うっそだ〜」
「ほんとだってば……」
みんな、信じてくれなかった。
でも、たぶん、あれは精霊だ。
僕は、そういうことにしておいた。
船旅はあっという間だった。
島に着くと、
おじいちゃんが待っていてくれた。
「よう来たなぁ。
しばらく見んうちに、ずいぶん大っきゅうなっとるばい」
「「うん!」」
相変わらず、ところどころ何を言っているのかわからない。
でも、前よりは苦手じゃなくなっていた。
晩ごはんを食べたら、
今年こそクワガタを捕りに行くことになった。
食卓には、新鮮なお刺身がずらりと並んでいた。
テーブルがいっぱいだ。
「今日はな、みんなが魚ば持ってきてくれたとぞ」
おじいちゃんは、ちょっと誇らしそうだった。
おじいちゃん、友だちが多いみたいだ。
夜。
僕とお兄ちゃんは、おじいちゃんに連れられて山を登る。
しばらく歩いたところで、
おじいちゃんが足を止めた。
「この木はな、昔からクワガタの来るとばい」
ほのかに、甘い匂いがした。
懐中電灯の光が木を照らす。
キラキラ光るカナブンや、大きなハチ。
その奥に――
「ヒラタだ!」
お兄ちゃんが網を構える。
「ヒロ……
クワガタだけ持ち上げて、網に入れてくれる?
ハチ……ちょっと怖い……」
「え……う、うん」
僕はそっと手を伸ばす。
――ぽいっ。
「……なんか、こんなんでいいのかな。
ちょっとちがう気がする……」
「いいんだよ!」
お兄ちゃんは、ちょっとだけホッとした顔をしていた。
兄の、意外な一面を見た。
そんな夏の夜だった。
月光に照らされたお兄ちゃんの顔は、
どこか引きつっていたけど、
なぜか満足そうだった。
月が、やけに明るかった。




