第17話 地球の声
次の日の朝、ヒロは目を覚さなかった。
「そうとう疲れているんだ
……眠らせてあげよう」
お父さんの声はどこか静かだった。
そのとき――
ヒロの胸元で、かすかに何かが脈打ったのを、誰も知らなかった。
それはまるで、遠くの誰かがノックをしているような、小さなリズムだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気がつくと、
僕は宙に浮かんでいた。
落ちているわけでも、
立っているわけでもない。
ただ、
ふわり、と。
(……あれ?)
体が軽い。
手も足もあるはずなのに、
触れている感じがしなかった。
(……僕、どうなってるんだろ……)
そう思ったとき――
やさしい光が、遠くから近づいてきた。
まぶしくはない。
あたたかくて、
どこか懐かしい光。
その中心から、
声が聞こえた。
『……ごめんね』
小さくて、
でも、はっきりした声だった。
『本当は……
君を、こんなふうに巻き込むつもりはなかった』
(……だれ? …太陽?)
声のほうを見ると、
そこに“形”はなかった。
まるで、巨大化した光の子のような、
でも、根本的に違う。
人でも、精霊でも、
何かの生き物でもない。
ただ、
巨大な光の集まりが、そこにあった。
『君は、今……
体から、少しだけ離れてしまっている』
『このままだと、危険な状態だったから保護したんだ』
(……ほご?)
よく分からなかったけど、
なぜか怖くはなかった。
むしろ――
安心している自分がいた。
『僕はね……
この星、そのものなんだ』
『君たちが“地球”と呼んでいる、
その中心にある存在』
(……地球……?)
頭の中で言葉をくり返す。
でも、難しいことは分からない。
ただ――
この声は、嘘をついていない。
それだけは、分かった。
『さっきの神……
あれはね、もともとこの星の存在じゃない』
『遠い場所から来て、
長い時間をかけて……
この星の上に、居座った存在たちだ』
光が、少しだけ揺れた。
(あ! それヒューイにきいたよ!
精霊も他の星から来たんだって)
『……そうだね、精霊たちもまた別の星から来たんだ』
『でもね……
あの子たちは、君たち、人間を選んだ』
『この星で生きる人たちと、
一緒に生きることを』
『だからね……
精霊たちは、君の味方だよ』
その言葉を聞いて、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
ヒューイの顔が、
頭に浮かぶ。
雷獣の、
静かな目も。
『……今回みたいに、
神が直接、君たちに力を向けるのは……
本当は、あってはいけないことなんだ』
『防げなかったのは……
僕の責任だ』
光が、
少しだけ暗くなった気がした。
『守らなきゃいけなかったんだ……
でも守りきれなかった』
『……ごめんね』
(……なんで……
あやまるの?)
思ったまま、
心の中でつぶやく。
すると、
すぐに声が返ってきた。
『君たちを、
危ない目に遭わせたからだよ』
『それだけで、
十分すぎる理由だ』
しばらく、
何も言えなかった。
分からないことだらけだ。
神とか、星とか、
難しい話ばかり。
でも――
(……でも……)
放っておいていい、
話じゃない気がした。
「……僕……よく分からない」
正直に、そう言った。
口を動かしたつもりはないけれど、
言葉は波紋のように広がって伝わった気がした。
「でも……
嫌な感じはしない」
光が、
やさしく瞬いた。
『それで、いい』
『今は……
それだけで、いいんだ』
『君は、
ちゃんと戻らないといけない場所がある』
その瞬間、
体が、重くなった。
下へ、下へ――
引っ張られていく感覚。
『……忘れないで』
『君は、
ひとりじゃない』
声が遠ざかり――
世界が、反転した。
――息が、苦しい。
胸が、大きく上下した。
「……ヒロ!!」
聞き慣れた声。
ヒューイの声だ。
「やっと……戻りやがった……!」
誰かが、強く抱きしめてくる。
お母さんの匂いがした。
涙で濡れた頬の感触と、お父さんの大きな手の温もりも感じる。
僕のベッドだ。
どれぐらい寝てたんだろうか、
ちょっと頭が重い…
でもちゃんと、
戻ってこれた。
(……夢……じゃ、なかった……)
ヒューイも、
雷獣もそばにいてくれたんだ……
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、
僕が“戻るべき世界”を、静かに照らしていた。




