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第14話 高千穂の旅

 夏休みの朝。

 僕たち家族は、まだ少し眠たい空気の中で車に乗り込んだ。


「今日はいっぱい遊ぶぞー!」


 お兄ちゃんが伸びをしながら言うと、

 お母さんが笑って「運転中は静かにね」と軽く注意した。


 車はゆっくりと家を離れ、

 街を抜け、山へ向かっていく。


 窓の外の景色が、

 だんだんと緑の割合を増やしていくのが分かった。



 駐車場に着くと、

 山の匂いと川の音が一気に押し寄せてきた。


「わぁ……!」


 僕は思わず声を漏らした。


 高千穂峡は、写真で見るよりずっと迫力があった。

 切り立った岩壁の間を、

 エメラルド色の川が静かに流れている。


 滝の音が響き、

 水しぶきが風に乗って頬に触れた。


「ボート乗るぞー!」


 お父さんの声に、僕とお兄ちゃんは同時に手を挙げた。



 ボートに乗り込むと、

 川面が近くて少しドキドキした。


「ヒロ、落ちるなよー」


「落ちないよ!」


 お兄ちゃんがオールを漕ぐと、

 ボートはゆっくりと進み始めた。


 頭上には高い岩壁。

 その隙間から差し込む光が、

 水面に揺れて反射している。


 微精霊たちが、

 その光に吸い寄せられるように

 ふわふわと飛んでいくのが見えた。


(ここ……なんか、気持ちいいな)


 水の精霊たちが、

 僕の周りをくるくる回って遊んでいる。


 お兄ちゃんは気づかないけど、

 僕には全部見えていた。


「ヒロ、楽しそうだな」


「うん!」


 ボートは滝の近くまで進み、

 水しぶきがぱらぱらと降り注いだ。


 涼しくて、気持ちよかった。



 ボートを降りたあと、

 僕たちは天岩戸神社へ向かった。


 鳥居をくぐると、

 空気がひんやりと変わった。


 木々の間から差し込む光が、

 まるでスポットライトみたいに

 参道を照らしている。


「ここが、アマテラスが隠れたっていう……」


 お父さんが説明してくれる。


 僕は周りを見渡した。

 微精霊たちが、

 いつもより静かに漂っている。


(なんか……ここ、なんだか涼しいなぁ)


 神様の気配って、

 こういうものなのかな。



 さらに奥へ進むと、

 大きな岩の下に広がる空間が現れた。


 天安河原。


 神々が集まって相談した場所。


 川の音が反響して、

 どこか神秘的な響きになっている。


 積まれた石の塔が無数に並び、

 その間を微精霊たちが

 ゆっくりと漂っていた。


「……なんか、すごいね」


「だろ? パワースポットってやつだ」


 お父さんが笑う。


 僕は石の塔の間を歩きながら、

 胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。




「せっかくだし、もうちょっと足を伸ばしてみるか」


 お父さんがそう言って、

 車はさらに山奥へ向かった。


 道は細く、

 木々がトンネルのように覆いかぶさっている。


 やがて、

 ひっそりとした神社に着いた。


 鳥居は古く、

 苔がびっしりとついていた。


「ここが……イザナミの神社?」


「ああ。人は少ないけど、歴史は深いんだ」


 お父さんの声が静かに響く。


 ここは観光地とは違う。

 空気が重く、静かで、

 まるで時間が止まっているみたいだった。


 微精霊たちも、

 ここではほとんど動かない。


(なんか……眠ってるみたい)


 そんな印象だった。



 一通り参拝が終わり、

 山道を車で下っているときだった。


「……なんか、空気がピリピリする」


 僕が言うと、

 お兄ちゃんも眉をひそめた。


「確かに……なんか変だな」


 お父さんも車のスピードを落とした。


 窓から入る風が、

 さっきまでの山の風と違う。


 湿っていて、重くて、

 肌にまとわりつくようだった。


「ちょっと車停めるか」


 お父さんが路肩に車を寄せた。



 車を降りると、

 空気の重さがさらに増した。


 鳥の声がしない。

 風の音もしない。


 静かすぎる。


「……あれ、道があるぞ」


 お兄ちゃんが指差した先に、

 草に埋もれた細い道があった。


 その奥に、

 古びた祠が見える。


「せっかくだし、ちょっとだけ見てみるか。

 雨が降る前に済ませよう」


 お父さんがそう言って歩き出した。


 僕たちも後に続く。



 祠に近づくにつれて、

 空がどんどん暗くなっていった。


 ポツ……ポツ……


 雨が落ち始める。


「やばいな、急ぐぞ」


 お父さんが言った瞬間――


 ゴロゴロゴロ……ッ!


 雷鳴が山に響いた。


 雨は一気に大粒になり、

 視界が白くなるほど降り始めた。


「向こうに小屋がある! 急げ!」


 お父さんが指差した先に、

 小さな小屋があった。


 僕たちは走り出した。


 そのとき――


 バチィィィィン!!


 耳をつんざく音とともに、

 御神木に雷が落ちた。


「ヒロ!!」


 お兄ちゃんの声が聞こえた。


 でも、体が動かない。


 光が視界を真っ白に染め、

 次の瞬間、

 僕の体は衝撃で吹き飛ばされていた。


 地面に背中を打ちつけ、

 息ができなくなる。


 空がぐるぐる回る。


 音が遠ざかる。


 そして――


 意識が、闇に沈んでいった。

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