#3 カメレオン
「エレン、、、?」
静かな山小屋の中に、ミカサの声だけが響く。エレンは、マフラーを握りしめながら、倒れてた。
山小屋の扉の先で、ミカサは膝から崩れ落ちた。喉の奥から出てくる何かが、つっかえて小さな嗚咽となった。
扉から吹き抜ける風が、身体の隙間に突き抜け、身体の中心に大きな穴がぽっかりと空いた。
「い、、、やだ、、、なんで!」
ミカサは、立ち上がろうとする。エレンへ手を伸ばすが、届かない。遠く、遠く、離れていく。伸ばす手は空を掠っていく。
離れていく。遠くに、永遠に届かない。ミカサは、狂ったように全身から痛みを叫ぶ。心が、得体の知れない何かに食われていく。
身体が痛みを示すと、少し遅れて心も共鳴する。寒気を全身にまとった風が、ミカサの髪をかき荒らすが、視線の先のエレンの短髪は揺れなかった。
涙が全身から溢れ出す。声が潰れるまで叫ぶ。喉の奥から異物が出てきそうなほど、引きちぎられる想いで叫んだ。
窓を通して、朝日が地面の一点に向かって落ちていく。そこには、エレンの握りしめる、美しく光るマフラーがあった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。部屋の中を無重力に旅していた塵は、気づかぬうちに床と一体化して、消えた。
エレンへ伸ばした手は、地面に落ちたままだった。ミカサは、崩れ落ちそうな足で立ち上がる。
エレンの元へと、向かう。ミカサの酷く丸い背を、夕日が照らす。ようやく、エレンへと手を伸ばす。
その瞬間、ミカサの目が奇妙に、魚の様に泳ぎ始めた。少し経つと、地面に崩れ去り、絞り出すような痛い悲鳴を上げた。
全てのものが、迫り来るように攻め込んできたり、急に冷め切ったように、遠く、手の伸ばせないところへ逃げていく。
目が、信号の様に忙しく動き始める。近くなる、遠くなる。歪む視界の中を狂ったようにかき回す。
その中でエレンだけが揺れ動かず、少しずつ、遠く、遠く、小さくなっていく。離れていく。
ミカサは、人間ではないかのような、唸り声を永遠と腹の底から、吐き出していき、そこから出てくるどす黒い何かが地面に弾けた。
気づけば、窓辺の花瓶が割れている。ミカサは、全てを放り投げるように、また床に吸い込まれていった。
ミカサは、もう、エレンに触れようとするのは辞めた。そのかわり、引き出しへと張っていく。
床に擦り付けられた、上半身が面積を失っていく。奇声を上げて、地面をひたすら張っていった。
ようやく、引き出しの前に着くと、へし折られそうな手足で立ち、瞬時に壁に身を預けた。
そっと、引き出しを開ける。その瞬間、ミカサの乾燥した目が痛みを叫ぶほどに、開いていった。
そこにあったのは、毒が入っていたのであろう瓶と、見覚えのないもう一つの瓶だった。
その、見覚えのない方をそっと、持ち上げる。意外と、重い。そこに、貼られていたラベルが、これまた奇妙だった。
人型の人形が、身体が溶けそうなほどに涙を流し、未完成の人型の顔を持っている、というものだった。
ミカサは、力一杯固い蓋を開けようとするが、意外に開かない。その蓋が元々固いのか、あるいはミカサの力が弱まったのか。
仕方なく、ラベルの方を捲ってみる。こちらは、難なく剥がすことができた。乱暴に接着剤でつけたような跡がある。
瓶の中は、何も入っていない。水滴すらなかった。ミカサは、もう一度ラベルの方に、目を向ける。
すると、驚いたように、エレンを見つめてから、またラベルの方に目線を戻した。
“理想の自分になれる薬”




