#3 彼の背中
「ミカサ、起きろよ」
ミカサは、我に返る。遠さがっていた汽車の走る音が、じわじわと戻って来た。窓の外の、雪はもう止んで、その代わり、朝日が二人を照り差した。
エレンは、ミカサが起きた事に、安心を覚えたのか、穏やかな笑みを浮かべた。ミカサは、マフラーがちゃんと首にかけられているかどうか、
確認すると、そっと胸を撫で下ろした。夢の感覚が、まだこの胸を掴んで離さない。二人の間に、少しだけ晴るのにおいがした。
「エレン、私、夢を見たの」
エレンは、そっとミカサのか細い両手を握り返して、その澄んだ瞳に淡い朝日が差し込むときには、二人は訳もなく涙があふれ出そうになった。
エレンは、言わなくてもいい、という様に、柔らかく笑う。
汽車の窓の外に、横切る大きな羽をもつ鳥が、羨ましい。二人は、何者なれたら、と漠然な夢を胸にしまって、汽車の揺れに身を任した。
“いつかとても追いつけない人に出会うのだろうか、いつかとても越えられない壁に竦むのだろうか、いつか貴方もそれを諦めてしまうのだろうか”
結露が雫になり、窓に窓に滴り落ちる。その中に、エレンの寝顔がくっきりと浮かび上がるのを、ミカサは呆然と見つめていた。
エレンの胸鰭が、窓辺を泳いで、柔らかに溶けた琥珀の様に見えた。鼻先と背鰭、静かな眼は、まるで夜の。
直視できない程だった朝日は、柔らかくなり、二人の背中をそっと撫でた。ガラガラの夜行列車の中に、エレンの寝息だけが響く。
「ミカサ、お前はどうして、、、オレのことを気にかけてくれるんだ?」
丘の上、月光がエレンの長い髪をなぞる。
「え?」
訳が分からない。私は、慌てて、何も言えなくなった。
「子供の頃、オレに助けられたからか?それとも、オレは家族だからか?」
「、、、え?、、、え?」
それでも、エレンは真っ直ぐな瞳を私に向け続ける。
『オレは、お前の何だ』
丘の下の、無数のテントの光の束が、私たちの横顔を描写している。
「あ、貴方は、家族、、、」
『あの日から、エレンは私達の元を去った。』
あの時、もし、、、別の答えを言っていたら、、、。
「ミカサ、着いたぞ」
エレンの短髪が、少し開いた窓からの風を受けて、揺れている。終点に着いたらしい。気づけば、エレンのジャケットが、そっと掛けられていた。
冬の風が、木の葉を四方八方に揺す振り、潔白な粉雪がちらつく様に、降っていた。昨日とは違う、真新しい風が吹いているように錯覚してしまう。
「エレン、今ならやり直せる気がする」
二人は、お互いの表情を確認すると、汽車の外の光の方へ歩いて行った。一緒の、原点に、一緒の家に帰るように。




