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#6 白昼夢、幻


「、、、っ、あ、夢か」


段々と、背にあたる岩の冷たさが戻ってきた。上を見上げると、葉が波を描くように揺れ、エレンの肌に木漏れ日を落とす。


小川は、月光を浴びて、濃藍の上に無数の光を浮かび上がらせる。散りばめられた蓮は澄んだ翠緑を鮮やかに纏った。


「ミ、カサ、、、」


木の葉が揺れて擦れ合う音が耳に直接響いてくる。水面の無数の光は、遠くに行くにつれ、徐々に重なり合って、一つの大きな光となった。


吹き抜けていく風が、鈴の様に鳴り響く。小川は、ある所を境に、眩い光の向こう側に消えていき、霧を纏って違う世界に沈んでいった。


エレンは、むっくりと立ち上がる。何となく辺りを見渡していると、一つの方向に目が留まった。川が続いていく先、霧光の中にシルエットが浮かび上がる。


赤色のマフラーを纏い、背を向けて後ろで腕を組んでいる。風が吹き抜けると同時に、草木が騒めき始めた。



「エレン、、、?」


ミカサは、エレンに問いかける。エレンの痩せ衰えた身が、朝日に刺され、酷く濃くその身に影を付けた。


窓際にあった、花瓶が散り、掛け時計の針はとうとう、時を示す事は無くなった。雪が、突如として止み、氷柱が地面を刺す音が盛大に響いた。


エレンには、既に何処か遠くの世界に身を置いているような、奇行感があった。虚ろな目で、ミカサの手元を追っている。


「お前、その紅茶に毒が入ってるって言われたら、どうするか?」


ミカサは、長い間を置いてから諦観する様な顔を見せると、口角を少しばかり上げて、エレンに笑いかけた。


窓から差す柔らかな光が、二人を照らす。首元にあるマフラーが朝日を受けて、どこまでも眩く淡く輝いた。


「エレン、私はわかってるよ」


エレンは、そっとマフラーへと手を伸ばして、指先が触れたとき、何とも言えなくなって、瞳から一滴の水滴が落ちた。


確かに此処にミカサがいる。俯いていた顔を上げると、不気味なくらいに美しい笑みを浮かべたミカサが椅子に座っていた。



『窓を通して、朝日が地面の一点に向かって落ちていく。そこには、エレンの握りしめる、美しく光るマフラーがあった。』



エレンは、ミカサの首元のマフラーを丁寧に巻きなおすと、あの頃の温もりを思い出しながら、ティーカップを持ち上げて、淡々と口に紅茶を注ぎ込んだ。


それを見て、ミカサも真似するように紅茶を口に入れていく。二人は、お互いの手を重ね合わせながら、手の温もりが消えていくのを感じていた。



空中を無重力に旅していた塵が、ミカサの目の前に落ちて、床に細かく描写される埃の中に埋もれていった。


恋と似たり寄ったりな思いが肌を震わせる。虚ろな瞳の先には、冷たくなって動かないエレンが、日に日に異臭を発して転がっている。


ミカサは地面から伝わってくる、身体を突き刺すような冷気を感じながらも、立ち上がり、エレンの方へ歩き出した。


そして、震える指先でエレンに触れる。空っぽなその身は、もう何処かの世界に逝ってしまったような感触がした。


絞られる様に苦しい腹を捩じり、揺れるほどに痛みを叫ぶ腰を上げ、歩く程に削がれる様な響きをする足を動かしながら、狂ったように同じところを歩き始める。


そうして、もう一度エレンの髪を梳くと、ミカサの乾燥した瞳から大粒の涙が流れ、頬を伝って顎から滴り落ち、地面に落ちた。


時を知らせるように、開きっぱなしの窓からは、はらりと桃色の桜が舞って、ダイニングテーブルに置かれた二人分のティーカップの隣に桜が添えられた。




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