◆スカーレット①
私にとって最古の記憶の一つは、眩しいスポットを浴びながら、お父さんの肩に乗せされた瞬間だった。何が起こっているか理解できない私を大歓声が包み、必死にお父さんの肩にしがみつく。
「お父さんの背中、大きい」
きっと、言うべきことは他にもあったのだろう。だが、お父さんは笑いながら、肩に乗った私をさらに高々と持ち上げて言うのだった。
「そうだろう。お父さんは最強なんだぞ」
「さいきょう?」
「そう、グロリアスターは最強なんだ」
歓声がいつの間にか一つの言葉に収束していく。誰もが叫んでいる。
最強、と。
お父さんは最強。それは、記憶が曖昧な頃から、私に刻み込まれたものだった。
この瞬間は強い光とお父さんの力強さに包まれていたが、もう少し成長した私の記憶は、残酷な子どもたちの言葉に埋め尽くされる。
「おい、早く戦ってみろよー!」
「最強の娘なんだろ? 戦えよー!」
「本当はお前の父親も弱いんだろ?」
蹲る私を揶揄いながら、小突いてくる男の子たち。本当に痛かったけど、私は言葉一つ返すこともできなかった。
「やめろよ!」
彼女がイジメに合っていると、必ず駆け付けてくれるのが、隣の家に住む幼馴染のクレインだった。
「あ、オタクがきたぞ。グロリアスオタクだ!」
「グロリアス技を見せてみろよ、オタクー!」
男の子たちの馬鹿にするような煽りに、クレインは素直に反応してしまう。
「お前ら! グロリアスは最強なんだからな!!」
お決まりのパターンなのに、三人の男の子たちに向かって殴りかかるクレイン。でも、もちろん返り討ちにあってしまい、両手両足を放り出すように倒れてしまうのだった。
「やっぱり、グロリアスは雑魚だな」
「あんなのヤラセだって、大人も皆言ってるぜ?」
「グロリアスが好きなんて言って、恥ずかしくないのかよ」
気が済んだのか、最後にグロリアスの悪口を言って、男の子たちは去って行く。これもお決まりのパターン。私はしばらく怖くて蹲ったままだったけど、皆がいなくなってから、倒れたままのクレインを覗き込んだ。何を考えているのか、ただ青空を睨み付けているみたいだけど……。
「クレイン……大丈夫?」
「大丈夫。アイアンに鍛えてもらっているから」
むくっと体を起こすクレインは、鼻血を拭いながら立ち上がった。少しだけ悔しそうに男の子たちが立ち去った方を睨み付けるクレインだったけど、何か思い当たることがあったのか、急に明るい顔を見せた。
「あっ、そろそろグロリアスが始まっちゃうよ。今日もアイアンの出番があるんだから、早く帰らないと! ほら、走ろう!」
「……別にお父さんが暴れているところなんて、私見たくないし」
「あれは暴れているんじゃない。戦っているんだよ! グロリアスは勇敢な戦士で、最強なんだから!」
「でも、放送時間は夜だよ?? まだ早いって。そんなことより……あ、待って!!」
本当はお礼を言いたかったのに、クレインは走り出してしまう。私は一人肩を落として、家に帰る。
「あら、スカーレット。お帰りなさい」
お母さんは帰った私を見て、嬉しそうに笑って言うのだった。
「今日はパパのグロリアスがあるわよ。クレインと一緒に見るんでしょ?」
私は俯いてしまう。お母さんは知らないのだ。私がお父さんのせいでイジメられていることを。しかし、時間になるとクレインがやってきて、一緒に見ようと騒ぐから、私は仕方なくマナ・スクリーンの前に座った。
ロープに囲まれた四角い空間の中で、お父さんが今日も暴れている。ビンタして、投げたり、飛んだりして……。何が面白いんだろう。でも、お父さんが相手をやっつけると、クレインは決まって興奮するのだった。
「勝った! やっぱり、アイアンは最強だよ!!」
クレインはグロリアスを楽しんで、お父さんが強いって信じているみたいだけど……正直、私は違うと思っている。あんなの、ウソだらけだ。演技にしか見えないもの。
だって、フィスト・クラフトの戦士はもっとパンチが速いけど、グロリアスの戦士はわざと平手打ちを受けているように見えるから。
そのせいで、お父さんが強いと言われれば言われるほど、私は恥ずかしかった。いつか「お前のお父さんは大噓吐きだ」と世界中に笑われる日がくるんじゃないかって、ずっと怖かったのだ。しかし、そんな私の考えをお父さんは覆すのである。
「団体を抜けようと思う」
お父さんは帰るなり、私とお母さんに宣言した。
「抜けるって……??」
お母さんが混乱するのも無理はない。お父さんが所属するグロリアスの団体は、アーデン・グロリア王国の中でも最大のものであり、お給料もかなり良かったらしいから。それを富と名誉と言うらしいのだが、お父さんはそのすべてを捨ててしまうつもりらしい。
どうするの、とお母さんに何度聞かれても、ずっと黙っていたお父さんだけど、ついにその気持ちを口にした。
「最近、グロリアスはなめられている。遊びだヤラセだと言われるが……」
お父さんが何もない壁を睨み付ける。
「グロリアスが最強だということを証明しなければならん」
このとき、私は初めてお父さんが怖いと思った。マナ・スクリーンの中で暴れているときよりも、ずっと怖かったのだ。




