トライアンフ陣営の控室では
トライアンフ学園側の控室では、スカーレットが机の上に並べられた手紙に目を通していた。すべてファンから送られてきたもので、デュオフィラ選抜戦に参加するスカーレットにエールを送るものばかりである。
『スカーレットのグロリアスに勇気をもらっています!』
『貴方の技に魅了されてグロリアスを好きになりました』
『グロリアスが最強と証明できるのは、アイアンだけだ!』
温かい言葉に思わず笑みを零す。グロリアスに幻想を持ち、そこに生きる希望を持つ人々は、まだこの世界にたくさん存在しているのだ。彼らのためにも、スカーレットはデュオフィラ選抜戦を制さなければならない。
「あー、そろそろスカーレットちゃんの出番だねぇ」
気持ちを高めるスカーレットの肩に触れ、顔を覗き込んできたのは、ガストン・バルザック。彼女の擁立者である。
「ちゃんと勝てるのー? 相手のジュリアちゃんもかなり強そうだったけど」
ガストンは上機嫌に肥えた体を揺らしながら、別の机に広げられた菓子を摘まむ。
「まぁ、別に僕はどっちでもいいんだけどさ。勝っても負けても、美味しい想いをするのは、僕なんだから」
スカーレットはガストンの言葉を無視して立ち上がる。ここは空気が悪い。とにかく、ガストンのいないところへ行きたかった。
「スカーレット……すまない」
控室を出ると、ちょうどクレインの姿が。どれだけ無理をしたのか、イーリアとかいう女性に支えられ、その顔色は酷いものだ。
「任せておけ。後は……私がぶっ潰して、全部ひっくり返す」
強気な発言は、多くのファンを熱狂させるものだが、クレインに関しては何の効果もない。
「イーリア、すまない。先に控室で待っていてくれ」
「しかし……」
イーリアは自分から離れるようとするクレインを心配するが、大丈夫だと大きく頷くため、引き下がるしかないようだった。
誰もいない廊下でクレインと二人きりになると、スカーレットは普段の自分が出てきてしまいそうだった。そんな彼女にクレインは言う。
「何もしてあげられなくて、本当にごめん」
「……大丈夫。ちょっと怖いけど」
そこには、本来の彼と彼女があった。クレインは拳を握り締める。何もできない自分を責めるように。
「スカーレット、一緒に逃げよう! 今なら……間に合う。二人で地の果てまで!!」
クレインは彼女の手を取る。すべてを捨てて、二人だけの幸せを獲得するための逃避行に、彼は一縷の望みを託そうとしたのだが……彼女の方は穏やかな笑みを浮かべると、首を横に振った。そして、強く握る彼の手を優しく引き離す。
「クレイン、いつも弱い私を守ってくれて……ありがとう。だけどね、私の覚悟はちゃんと決まっているよ」
「……グロリアスのため、戦うと言うのかい?」
「うん。アイアン・ロックスの娘として、グロリアスが最強だって、AFGのためにも……証明するんだ」
「だけど、負けたら……」
最悪の結末を想像するクレインだが、スカーレットは彼の眼前に人差し指を立てて、発言を制止する。
「負けないよ。私は絶対に負けない。だって……グロリアスファンの想いを背負っている。いつも私に進む勇気をくれたファンの皆がいるんだから、私は絶対に相手を捕まえてみせるよ。そして……」
「アイアンバスターを炸裂させる?」
力強く頷くスカーレットだが、クレインの不安は消えない。どうして、彼女がグロリアスを背負わなければならないのか。分かってはいるが、できれば彼女を宿命から逃がしてあげたかった。しかし……。
「ねぇ、クレイン。何か聞こえてこない? 気のせいじゃなければ、アイアンって聞こえるような……」
「本当だ、聞こえる! 外だ!」
二人は窓の方へ近づき、中庭の方を見下ろすとそこには大勢の人の姿が。
「いたぞ、アイアンだ!」
「アルドール領から応援に来たぞ!!」
「アイアン、グロリアスを守ってくれー!!」
そこから、中庭はアイアンを呼ぶ声で埋め尽くされた。クレインはそれを見下ろしながら、驚きに言葉を失ったが、スカーレットの方は穏やかな笑みを浮かべている。そして、得意げにクレインの方を見るのだった。
「ほらね? この歓声のためなら、私はやるよ。私ならできる。グロリアスがファンに抱かせた幻想を……現実のものにするんだから!」
多くの声に圧倒されたクレインは、息を飲んでから頷いた。これだけの人間が信じているスカーレットなら、何かを巻き起こしてくれるかもしれない。何よりも……自分が彼女を信じなければ。
「ああ、君ならできる。勝とう、プロヴィデンスに!」
スカーレットが自信に満ちた笑顔を浮かべた後、中庭に溢れるファンに向かって拳を突き立てると、大きな歓声の波が起こった。そんな彼らに背を向け、控室に戻ろうとするスカーレットだったが、歓声の隙間を裂くようにして、誰かの声が耳を打つ。
「アイアン・ロックスの仇を取ってくれ! そして、グロリアスが最強だって、もう一度俺たちに信じさせてくれ!!」
その言葉はスカーレットの心にゆっくりと響き渡り、そっと目を閉じた。瞼の裏に映るのは、いつも傍にいてくれた幼いクレインの姿。そして、英雄と言われた父のグロリアスターとしての姿であった。




