氷雪に隠された想い
剣先を向けられたイーリアは、怒りに表情を歪めながら、魔法の杖を振るった。
「私が良い女だと……? 何度私を小馬鹿にすれば済むというのだ!!」
彼女の怒りを現すように、無数の氷晶が展開され、瞬時に氷柱へ変化させる。そして、アーサーに向かって放つが……。
「俺は……いつだって本気さ」
呟きとともに、アーサーの周囲に無数の光が走った。それは目にも止まらぬ剣撃であり、実際に彼を襲った氷柱はすべてバラバラに切り刻まれ、雪のように地へ舞い落ちて行く。そ
の光景に見惚れはしたものの、自慢の攻撃が事もなかったように消滅させられ、イーリアは魔法の杖を握る手に力が入ったようだった。
「おのれ……!!」
「落ち着け、イーリア! 無駄打ちすれば、魔力切れになるだけだ」
「……わ、分かりました!」
クレインの再三たる指示に、ぐっと目を閉じて気持ちを抑え込むイーリア。彼女の気持ちが、アーサーの指摘した通りだとしたら、どのような想いを抑えつけているのか。
それは彼女自身にしか分からないことだろう。イーリアはしばらく集中した後、再び魔法を唱える。
「氷結の隔壁!」
アーサーの四方に彼と同じ高さの壁が現れる。分厚い氷に囲まれてしまえば、アーサーは剣を振るえない、と思われが、それが完全に形になるよりも先に、剣撃による光が走り、すべてを解体してしまった。だが、イーリアの攻撃はそれだけでない。
「そこだ、絶対零度の矢!」
アーサーが剣を振り終えた隙を狙って放たれる巨大な氷柱。しかし、これも彼を前にして、真っ二つに割れてしまうのだった。すべての攻撃を無効化し、アーサーは言う。
「ここまでにしよう。君の魔法では俺の剣捌きを淀ませることすらできない。それに……良い女は斬りたくない」
「……なぜ敵であるお前が!! つまらぬ佞言で私が手を緩めるとでも思ったか!!」
再び氷柱を放つが、結果は変わらない。ただ、アーサーがゆっくりと前進を始めた。
「佞言などではない。この淀みない剣捌きを見れば、俺が偽りなく君の魅力に惹かれていると……分かるはずだが?」
「そんな馬鹿みたいな理由で……!!」
確かに馬鹿みたいな理由だが、それがアーサーなのだ、とスコットは心の中で呟く。そして、あらゆる氷魔法を剣一本で穏やかな吹雪に変えてみせたアーサーは、イーリアの前に立った。
「だから、そんな女が苦しむ姿は……これ以上は見たくない。終わりにしてくれないか?」
イーリアは美しいアーサーの瞳に見つめられ、手を止めると、助けを求めるようにクレインを方へ視線を向けた。だが、彼は黙ってイーリアを見つめるだけ。戦えとも、やめろとも言わないのだった。
「私は……私はクレイン様のためなら! この身が滅びようとも戦い続ける!!」
「……そうか。いや、そうだろうな。だからこそ、イーリアだ」
飛び去って間合いを取るイーリアは再び氷晶を自らの背後に展開する。
「アーサー・グリムウッド……お願いです」
覚悟を決めたような瞳で、イーリアは言った。
「私を認めてくれるのなら、最後まで私の想いを受け止めてください。最強の剣士である貴方なら……できるでしょう!!」
氷晶から変化した氷柱がアーサーに襲い掛かるが、彼は表情を一つ変えることはなかった。
「いいだろう。……グリムウッドの剣、お見せしよう!」
雪が舞う。イーリアは何度も魔力を生成し、氷に変換した。だが、それはすべてアーサーによって切り刻まれ、銀色の雪となって穏やかに舞う。
イーリアの魔力が底を尽きても、彼女は身を削るようにして、氷を作り出した……。そして、スコットたちの足元に雪が積もった頃、彼女の魔法が止まる。
「アーサー先輩。貴方の剣、本当に……見事、でした」
糸が切れたように崩れるイーリア。しかし、アーサーが神速の踏み込みで彼女の傍へ駆け寄ると、その体を抱きとめるのだった。
「イーリア……君はよくやったよ」
アーサーは愛しい気持ちを笑顔に浮かべながら、イーリアの白い頬にかかる髪を指先で優しく払ってやると、ゆっくりと顔を上げる。そして、その視線の先に立つのは……。
「クレイン。君はそれで……どうするつもりかな?」
静かな炎が揺れるようなアーサーの視線を受けても、クレインの表情に焦りはなかった。増援の様子もなく、信頼していただろうイーリアは敗れた。
たった一人で、彼はスコットたちを止めるつもりだろうか。だが、クレインは納得したように頷いた。
「イーリア、よくやってくれた。これで僕たちの……いや、スカーレットの勝ちだ!」
「なんだと?」
「ビクターが敗れたときの奥の手のつもりだったが、仕方あるまい。ここで僕の魔法を発動する。いや、既に発動している!」
クレインが手の平をスコットたちに向けると、雪で覆われた大地が輝き始めた。そして、それは熱を発しているのか、一瞬で雪を溶かしてしまった。
何が起こっているのか、スコットは足元を確認して、すぐに気が付いく。
「足が……地面から離れない、だと!?」
驚愕するスコットに、クレインは勝ち誇ったような笑みを見せるのだった。




