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悪役令嬢に転生した格闘家、再び最強を目指す  作者: 葛西渚
第2章 英雄の意志を継ぐ薔薇
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亡き両親へ

 ビクターはコハルに接近すると同時に、首筋へ向けてナイフを振るった。その目は確信している。何年も殺しを続けた経験から、頸動脈を裂くだろう、と。


 しかし、コハルはわずかに身を反らしみせ、首の皮を一枚斬らせつつ、反撃のナイフを放っていた。ビクターは身を捩って、腹部に突き出された切っ先を躱すが、コハルは逆の手で拳を突き出す。鼻っ柱を打たれ、思わず一歩退くビクターに、さらなる回し蹴りが。



「いいぞ!」



 身を屈めて回し蹴りを避け、さらなるナイフの一撃を捌くビクターだが、そのスピードに驚愕したようだった。ただ、コハルの方は淡々を距離を詰めてくる。まるで、ビクターの声など聞こえていないように。


 ビクターは隠し持っていた鉄球を放る。コハルが躱したタイミングで踏み込み、ナイフで一刺しするつもりだった。が、コハルのナイフがすでに突き出されている。


 銀の煌めきが二人の間に交差するが、逃げるように後ろへ飛び去ったのはビクターの方だった。



「ほう……」



 裂かれた腕から滴る血を確認するが、今の攻防でコハルはダメージを受けていなかったらしい。コハルは間を置かず、再び距離を詰めてくる。


 ナイフを突くフェイントから右の回し蹴り。それは、ビクターが握るナイフを落とさせた。リーチで優位性を持ったコハルがナイフを突き出すが、ビクターはその手首を掴んでから捻り上げる。



 コハルが落としたナイフを拾い上げるビクターだが、コハルはビクターが落としたナイフを拾い上げた。再び二人の間で銀の光が煌めく。


 その攻防によって、ナイフを手離したのは、またもビクターの方だった。


 コハルはビクターのナイフを蹴り払うと、同時に何度かフェイントを見せて、プレッシャーを与えてから、足の裏を突き出す。それはビクターの膝頭を踏み潰すような一撃で、さすがの彼も前のめりになって倒れそうになった。



「うっ……!!」



 ビクターが呻き声を漏らす。なぜなら、前のめりになったところに、肩へナイフの切っ先を落とされたからだ。しかも、コハルは先程のお返しだと言わんばかりに、抉って傷口を広げると、膝蹴りの追撃まで見舞ってみせる。


 それが決定的な一撃だったのか、ビクターは体を丸めながら、よろよろと後退すると、背後にあった小屋の壁に背を預けるのだった。



「いいぞ……!! お前は母親以上だ。さぁ、俺を殺してみせろ!」



 肩口にナイフが突き刺さったままビクターは叫ぶ。だが、そこに死の恐怖はない。むしろ、歓喜が彼を満たしているように見えた。


 コハルは先程ビクターが落とした自分のナイフを拾い上げると、大きく振りかぶり、ただ鋭く投げつける。それはビクターの右腕に突き刺さり、貫通して背後の壁にまで達した



「ははっ。これは逃げようがないな……」



 左肩にもナイフが突き刺さり、それは骨にダメージを与えていたらしく、まともに動かせないようだ。そのため、彼は右腕に刺さったナイフを引き抜けず、背後の小屋に張り付けられる状態となっていた。



「どうする? どうやって殺す!? 好きにやれよ!!」



 何が楽しいのか、笑い出すビクターにコハルはゆっくりと近付き、腰のポーチからグレネードを取り出した。



「ふはっ、爆弾か! もっと痛めつけてからじゃなくていいのか??」



 ビクターの挑発に耳を貸さず、コハルはグレネードの火を付けて放り投げる。足元に落ちたそれを見て、ビクターが一瞬顔を歪めた後、爆音がすべてをかき消した。


 土埃が舞い、コハルはやや目を細めたが、ビクターの姿を見逃すまいと凝視を続ける。だが、埃が晴れた先に、ビクターの姿はなかった。



「こりゃあ、二度と右腕は使い物にならねえな」



 どこからか声が聞こえるが、どれだけ見回しても、姿は確認できない。だが、彼は心底楽しいといった調子に低く笑った後、言葉を残すのだった。



「でも、おかげで最高に気持ちよくなれたぜ、シラヌイの娘。お前はマジで良い女だ。最高だよ。怪我が治ったら、また会いてえなぁ。ははっ、死ななかったら会いにくるぜ。今日はこれで帰らせてもらうが、次会ったときもイカせてくれよな?」



 ぬるい風が吹いたかと思うと、ビクターの気配は完全に消えていた。コハルは先程までビクターが張り付けられていた小屋を見る。そこには夥しい量の血が付着していた。


 どうやら、彼はナイフが突き刺さった腕を強引に抜いて脱出したようだ。そのダメージは彼が言っていた通り、二度と手を自由に動かせないほどのものかもしれない。傭兵という仕事を担うビクターにとって、致命的な傷なのではないか。



「……逃がしたの、ね」



 コハルは呟くと同時に、その場に座り込み、瞼を閉じかける。血は流れ、少量とは言え毒も体に回っている。普通の人間であれば、既に死んでいるだろう。訓練された兵士であっても、その場から動けなかったかもしれない。しかし、彼女は……。



「こうしてはいられません」


 はっ、と目を見開くと立ち上がった。


「お嬢様のお着替えを手伝わなければ」



 そして、呟くとヒスクリフ学園の方へ小走りで向かい出す。早朝の騒ぎに外の様子を見に来た人々は、血まみれのメイドに言葉を失ったが、彼女は気にした様子もなく、ただ小さく呟くのだった。



「お母さん、お父さん……私、ちゃんとやっているよ。コウヅキ家の使用人として、しっかり働いているから。安心して、見守っていてね」



 こうして、彼女は人として主の元へ帰るのだった。

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