表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生した格闘家、再び最強を目指す  作者: 葛西渚
第2章 英雄の意志を継ぐ薔薇
80/98

ジュリアの不安

 その日、スコットは平和な学園生活を送った。その次の日も、平和な一日を送ると思われたが……。


「遅い!」


 放課後になっても、集合場所である門の前にジュリアが姿を現すことがなく、スコットは落ち着かなかった。



「まさか、学園内でクレインのやつが仕掛けてきたのだろうか?」



 まさかの事態を想定するアーサーに、スコットも「大丈夫だろう」とも言い切れなかった。



「二年の教室まで見に行こう!」



 二人は頷き合い、ジュリアの教室まで走る。特にスコットはかなり慌てているのか、息を切らせる勢いで駆けて行く。



「ジュリア!」



 彼女の教室に辿り着くなり、大声を出しながら中をのぞくスコット。しかし、そこにはジュリアの姿はなく、数名の生徒が残っているだけだった。顔色を変えたスコットを見て、女子生徒たちが囁き合う。



「やだ、ジュリアだって……」

「やっぱり生徒会長と交際しているのかしら?」

「既に同じ屋根の下で暮らしている、という噂らしいわ」



 疑うような生徒たちの眼差しに、スコットは取り繕うように咳払いをする。



「誰か、ジュリア嬢を知らないか?」



 生徒たちは顔を見合わせて、心当たりがないようだったが、一人が手を上げて発言した。



「さっき、屋上の方へ向かうのを見ました」


「そうか。ありがとう」



 スコットの笑顔に、教室内にいた女子生徒たちの頭上にピンク色の空気が流れる。普段、ジュリアたちに振り回されてばかりのスコットだが、学園の生徒たちにとっては憧れの生徒会長なのである。


 屋上に向かう二人だが、階段の前でアーサーは足を止めた。



「どうした、アーサー?」


「いや……スコット、俺はここで待っている。一人で行くと良い」


「どうして?」


「ふっ、野暮なことを言わせるな」



 スコットは首を傾げながら、一人で屋上へ向かった。外は既に日が落ち始めているらしく、オレンジの光にスコットは目を細める。手の平で光を遮りながら進むと、柵の前に膝を抱えるようにして座るジュリアの姿があった。その背中には想像を絶するような、深い孤独があるように見える。スコットは少しだけ彼女の気持ちが理解できた気がした。



「こんなところでどうしたんだ? シラヌイ殿が迎えに来る時間だぞ」



 そう言いながらも、彼女を引っ張って連れて行くわけでもなく、スコットは隣に腰を下ろした。



「スコット先輩……。わざわざ迎えに来てくれたのですか?」



 いつもハイテンションのジュリアが小声である。どれだけの時間、ここで一人だったのだろうか。



「当たり前だ。君に何かあったらどうする」


「心配いただけるだけで、嬉しいですわ」



 弱々しい笑顔にスコットは言う。



「心配だけじゃない」


「え?」


「少しでも君に……勇気を与えられないかと、いつも考えている」



 スコットにしてみれば、日常的な思考の一つ――ただ大部分を占める――をただ口にしただけだったが、ジュリアは世界の秘密を耳にしたように、目を丸々とさせて首を傾げたのだった。



「いつも、ですか?」


「あ、いや……いつも、というのは! その、だな……」



 慌てるスコットに、ジュリアは少しだけ自然な笑顔を取り戻したようだった。



「嬉しいです。本当に……」


「……うむ」



 十秒ほど、スコットは赤く染まる太陽を眺める。だが、どうしても気になってジュリアの様子を窺うと、彼女は自らの爪先を見つめるようにして、黙っていた。



「素人の感覚で申し訳ないのだが……相手はグロリアスターだ。より実戦的なプロヴィデンスを得意とするロゼスの君が、不利に陥る場面があるとは思えない。ファースト・プロヴィデンスで君が勝利するんじゃないかな」



 少しでも気を楽にさせたい。そういった意味もあったが、スコットにとっては正直な予想でもあった。なぜなら、グロリアスはショーの要素が強く、一瞬を争うような戦いではない。それに対し、ロゼスはいかに相手を壊して意識を奪うか、一瞬の迷いすら許されない戦いに挑んでいる。


 もちろん、デュオフィラ選抜戦はロゼスの舞台であり、圧倒的にグロリアスターは不利と言えるのだ。それなのに、ジュリアの胸から不安が消えることはないらしい。



「確かに、グロリアスターはデュオフィラ選抜戦のスペシャリストではありません。でも、あのパワーは本物です。体感した限りでは……正面からぶつかって勝てるものではありませんでした」



 ジュリアは体育の授業でスカーレットと力比べをした、という話を思い出す。確かに、公開練習の日に見たスカーレットのパワーはとんでもないものだった。ジュリアは視線を落としたまま続ける。



「寝技に持ち込まれたら、延々に抑え込まれて、私は動けないままファイナル・プロヴィデンスが終わることもあるかもしれません。もちろん、打撃で戦うつもりではありますが……それは彼女に接近することを意味します」



「捕まったら危険……ということか」



 ジュリアは頷く。



「さらに、タイミングが合ってしまって、あのパワフルなパンチをもうらうことがあれば……」



 さすがのジュリアも一撃で失神することもあるだろう。



「僕が思っている以上に危険な相手ってことなんだな」



 スコットはゆっくりと立ち上がると、沈み始めた太陽に視線を向けたまま、自らのロゼスを鼓舞する。



「だけど、僕は知っている。君は……僕が思っている以上に強いロゼスだってことを」



 その言葉にジュリアが顔を上げると、スコットは手を差し出すのだった。



「だから、見せてくれよ。また僕が驚くような技で、薔薇(ロゼス)として美しく咲き誇る瞬間を」



 ジュリアはしばらく固まったようにスコットを見ていたが、彼女の中でゆっくりと明かりが灯ったように、力強い笑顔が浮かんだ。



「ええ、分かりました。先輩が驚くくらいの圧倒的な勝利を……必ず見せて差し上げますわ!」



 二人の手が結ばれ、ジュリアは立ち上がる。プロヴィデンスまで、あと三日となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ