ジュリアの不安
その日、スコットは平和な学園生活を送った。その次の日も、平和な一日を送ると思われたが……。
「遅い!」
放課後になっても、集合場所である門の前にジュリアが姿を現すことがなく、スコットは落ち着かなかった。
「まさか、学園内でクレインのやつが仕掛けてきたのだろうか?」
まさかの事態を想定するアーサーに、スコットも「大丈夫だろう」とも言い切れなかった。
「二年の教室まで見に行こう!」
二人は頷き合い、ジュリアの教室まで走る。特にスコットはかなり慌てているのか、息を切らせる勢いで駆けて行く。
「ジュリア!」
彼女の教室に辿り着くなり、大声を出しながら中をのぞくスコット。しかし、そこにはジュリアの姿はなく、数名の生徒が残っているだけだった。顔色を変えたスコットを見て、女子生徒たちが囁き合う。
「やだ、ジュリアだって……」
「やっぱり生徒会長と交際しているのかしら?」
「既に同じ屋根の下で暮らしている、という噂らしいわ」
疑うような生徒たちの眼差しに、スコットは取り繕うように咳払いをする。
「誰か、ジュリア嬢を知らないか?」
生徒たちは顔を見合わせて、心当たりがないようだったが、一人が手を上げて発言した。
「さっき、屋上の方へ向かうのを見ました」
「そうか。ありがとう」
スコットの笑顔に、教室内にいた女子生徒たちの頭上にピンク色の空気が流れる。普段、ジュリアたちに振り回されてばかりのスコットだが、学園の生徒たちにとっては憧れの生徒会長なのである。
屋上に向かう二人だが、階段の前でアーサーは足を止めた。
「どうした、アーサー?」
「いや……スコット、俺はここで待っている。一人で行くと良い」
「どうして?」
「ふっ、野暮なことを言わせるな」
スコットは首を傾げながら、一人で屋上へ向かった。外は既に日が落ち始めているらしく、オレンジの光にスコットは目を細める。手の平で光を遮りながら進むと、柵の前に膝を抱えるようにして座るジュリアの姿があった。その背中には想像を絶するような、深い孤独があるように見える。スコットは少しだけ彼女の気持ちが理解できた気がした。
「こんなところでどうしたんだ? シラヌイ殿が迎えに来る時間だぞ」
そう言いながらも、彼女を引っ張って連れて行くわけでもなく、スコットは隣に腰を下ろした。
「スコット先輩……。わざわざ迎えに来てくれたのですか?」
いつもハイテンションのジュリアが小声である。どれだけの時間、ここで一人だったのだろうか。
「当たり前だ。君に何かあったらどうする」
「心配いただけるだけで、嬉しいですわ」
弱々しい笑顔にスコットは言う。
「心配だけじゃない」
「え?」
「少しでも君に……勇気を与えられないかと、いつも考えている」
スコットにしてみれば、日常的な思考の一つ――ただ大部分を占める――をただ口にしただけだったが、ジュリアは世界の秘密を耳にしたように、目を丸々とさせて首を傾げたのだった。
「いつも、ですか?」
「あ、いや……いつも、というのは! その、だな……」
慌てるスコットに、ジュリアは少しだけ自然な笑顔を取り戻したようだった。
「嬉しいです。本当に……」
「……うむ」
十秒ほど、スコットは赤く染まる太陽を眺める。だが、どうしても気になってジュリアの様子を窺うと、彼女は自らの爪先を見つめるようにして、黙っていた。
「素人の感覚で申し訳ないのだが……相手はグロリアスターだ。より実戦的なプロヴィデンスを得意とするロゼスの君が、不利に陥る場面があるとは思えない。ファースト・プロヴィデンスで君が勝利するんじゃないかな」
少しでも気を楽にさせたい。そういった意味もあったが、スコットにとっては正直な予想でもあった。なぜなら、グロリアスはショーの要素が強く、一瞬を争うような戦いではない。それに対し、ロゼスはいかに相手を壊して意識を奪うか、一瞬の迷いすら許されない戦いに挑んでいる。
もちろん、デュオフィラ選抜戦はロゼスの舞台であり、圧倒的にグロリアスターは不利と言えるのだ。それなのに、ジュリアの胸から不安が消えることはないらしい。
「確かに、グロリアスターはデュオフィラ選抜戦のスペシャリストではありません。でも、あのパワーは本物です。体感した限りでは……正面からぶつかって勝てるものではありませんでした」
ジュリアは体育の授業でスカーレットと力比べをした、という話を思い出す。確かに、公開練習の日に見たスカーレットのパワーはとんでもないものだった。ジュリアは視線を落としたまま続ける。
「寝技に持ち込まれたら、延々に抑え込まれて、私は動けないままファイナル・プロヴィデンスが終わることもあるかもしれません。もちろん、打撃で戦うつもりではありますが……それは彼女に接近することを意味します」
「捕まったら危険……ということか」
ジュリアは頷く。
「さらに、タイミングが合ってしまって、あのパワフルなパンチをもうらうことがあれば……」
さすがのジュリアも一撃で失神することもあるだろう。
「僕が思っている以上に危険な相手ってことなんだな」
スコットはゆっくりと立ち上がると、沈み始めた太陽に視線を向けたまま、自らのロゼスを鼓舞する。
「だけど、僕は知っている。君は……僕が思っている以上に強いロゼスだってことを」
その言葉にジュリアが顔を上げると、スコットは手を差し出すのだった。
「だから、見せてくれよ。また僕が驚くような技で、薔薇として美しく咲き誇る瞬間を」
ジュリアはしばらく固まったようにスコットを見ていたが、彼女の中でゆっくりと明かりが灯ったように、力強い笑顔が浮かんだ。
「ええ、分かりました。先輩が驚くくらいの圧倒的な勝利を……必ず見せて差し上げますわ!」
二人の手が結ばれ、ジュリアは立ち上がる。プロヴィデンスまで、あと三日となった。




