表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

要するに敵はボクシング

 二十分後、スコットは胃の痛みに顔を歪めながら、体育館の前に立っていた。


「スコット、そんな顔をするな。こうなってしまったら、プロヴィデンス(試合)を楽しもうじゃないか」


 横にいるアーサーは気楽に笑っているが、もちろんスコットにそんな余裕はない。



「君は他人事だからそんなことを言えるんだ。僕は自らの使命をあんな変わり者に託すことになったんだぞ? 自らの運命を呪うばかりだ」


「いいじゃないか。使命とやらは捨てて、共に青春を謳歌しよう。きっと、その方が楽しいぞ」


「そうは行くか。僕だってアリストスなんだぞ? 自らの領土を守るために全力を尽くさねば」


「全力の結果があの令嬢かい? それにしても、なかなか現れないな。もしかして、逃げ出したのでは?」



 プロヴィデンスの衣装に着替える、と一度姿を消したジュリアを待っていたわけだが、開始十分前になっても現れない。相手のアルバート一派とギャラリー(野次馬)が集まっているにも関わらず、だ。



「……やっぱり、諦めた方がいいかな?」


 スコットが弱音を零した瞬間だった。


「いえ! 諦めるのはまだ早くてよ、スコット先輩!!」



 黒いドレスのような衣装に身を包んだジュリアが現れるのだった。



「お待たせしました。いつも着替えはコハルに手伝ってもらっているので、少し時間がかかってしまいましたが……準備万全ですわ」



 そう言って、ジュリアがくるりと回転して見せると、スカートが膨らんで円を描いた。その姿が造形として美しいがあまり、一瞬だけ言葉を失うスコットだったが、彼にしてみるとジュリアは厄介ごとを招く悪女である。決して見惚れるようなことはなかった。



「あのな、僕は君のプロヴィデンスを見守るためにやってきたんじゃない。このままだと、君の負けが僕の負けであるように思われてしまう。君からアルバートに話して、正式な立候補ではないと説明するんだ」



 詰め寄るスコットに、ジュリアは衝撃を受けたように目を見開く。



「私は先輩のロゼスではないと仰るのです?」


「当然だろ」


「では、あのときの口付けは偽りだったと??」


「人を詐欺師みたいに言うな。先に偽っていたのは君の方だ」


「まぁ、細かいことを気にされるのですね。そんなことより、相手を待たせています。さっさと入場しましょう」


「あ、こら! 待て!」



 制止するスコットをひらりと躱し、ジュリアは体育館の中へ入る。すると、ギャラリー(野次馬)からの歓声が沸き上がり、スコットは頭を抱えるしかなかった。



「ああ……!! もう後戻りできないじゃないか!! アーサー、なんで止めてくれなかった??」



 剣士であるアーサーならば、ジュリアを止められたはず。それを問い詰めたが、アーサーは神妙な顔つきで何も答えなかった。



「スコット先輩、何をしているのです?? 会場の熱気も最高潮ですわよ!」


「くそ! こうなったら僕からアルバートに……!!」



 プロヴィデンスが始まる直前、恥を忍んでアルバートへ直談判するしかない、と覚悟を決めてスコットも体育館の中へ踏み込む。


 そこはジュリアが言う通り凄まじい熱気に満ちていた。これから行われる戦いの儀式を一目見ようと、期待と興奮が混じり、そのすべてが中央へ向かって歩くジュリアへ向けられている。



「こ、この空気でやめると言ったら、僕が殺されてしまいそうだ」



 不安を覚えながら、体育館の中央を見ると、八角形のマットを金網で囲んだ異様なセットが設置されていた。あれが戦いの場、コノスフィアである。デイジーは既にコノスフィアの中に入り、その拳を振るって調子を確かめているようだった。スコットはコノスフィアの傍らに立つアルバートを見つけ、駆け寄ろうとしたのだが……。



「……アーサー??」



 肩を掴んで制止したのは、アーサーだった。振り返って、その真意を確かめようとするが、彼は爽やかな笑みを浮かべる。



「まぁ、ここはジュリア嬢に任せてみようぜ」


「そ、そういうわけには……!!」



 より大きな歓声が体育館に響き渡る。どうやら、ジュリアがコノスフィアの中へ入ったようだ。続いて、アルバートも中に入り、審判役の生徒が「始めますよ!」とスコットたちを促す。仕方なくスコットもコノスフィアに入るが、そこはデイジーの殺気に満ち溢れていた。



「それでは、ロゼスと擁立者は中央に!」



 審判役の生徒の指示に、コノスフィアの中にいる全員が中央へ集まる。ジュリアとデイジーが向き合い、その間に審判役が立つと、視線をアルバートに、そしてスコットの方に向けた。



「我はプロヴィデンスの裁定人として、民を導くアリストスに問う。この戦いを、グロワールの平和を守るためのものとして、自らのロゼスを捧げることを承認するか? アリストス・ウェストブルック!」



 名を呼ばれたアルバートが小さく頷く。


「承認する」


 次に審判役がスコットに問う。



「アリストス・ヒスクリフ!」


「……しょ、承認する!」



 アリストスの承認に、ギャラリーの興奮が一段階上がると、審判役は小さく頷いてから、ロゼスの二人に説明する。



「五分三ターン制のプロヴィデンス公式戦と同じルールでお願いします。噛み付きや後頭部に対する打撃はなし。それ以外は何でもありです。いいですね?」



 ジュリアは頷きながら、拳を保護するフィストガードの調子を確かめていた。指の露出部分が気になるのか、何度も指を動かしているが、対するデイジーは今にも飛びかかりそうな勢いで、彼女を睨み付けている。デイジーのただならぬ殺気は、ギャラリーの興奮を後押しするが、ジュリアは涼し気だ。



「それでは、擁立者は外へ!」


 審判役に促され、スコットもアルバートも外へ出る。


「ああ、始まってしまう。僕の運命は変わり者の令嬢に託されたのか!」



 頭を抱えるスコットだが、審判役がコノスフィアの中央に立ち、ジュリアとデイジーは向き合ったまま金網際まで下がった。スコットは金網越しにジュリアへ声をかける。



「ジュリア嬢、分かっているのか? デイジーはフィスト・クラフトの使い手。その拳は岩を砕くがごとくと言われるほど、本当に危険な相手なんだぞ!?」



 最後にできる、彼なりの警告であったが、振り返ったジュリアは不敵な笑みを浮かべた。



「なるほど。つまりはボクシングが得意ということですね」


「ぼ、ぼくしんぐ??」


「ええ。ボクシングは確かに素晴らしい競技です。しかし、このプロヴィデンスは拳だけの競技ではなく、何でもありの戦いであることは、このフィストガードが証明しています」



 ジュリアは指を開いて見せるが、スコットはその意味を理解できずにいると、彼女は小さく頷いた。



「まぁ、見ていてください、スコット先輩。貴方の夢、この私が叶えて差し上げますわ!」



 ジュリアが前を向くと同時に、コノスフィアの出入り口にロックがかかる音が聞こえた。そして、それを確認した審判役が声を上げる。



「それでは開始します……。ファースト・プロヴィデンス、エンゲージ(試合開始)!!」



 戦いの開始を意味するゴングが歓声に溢れる体育館に響いた。

「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、

ぜひブックマークと下にある★★★★★から応援をお願いします。


好評だったら続きます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
八角形のリングに金網、そして指先の開いたグローブ…!! 来るぞ来るぞ……とそわそわしています。 ゴージャス金髪美女令嬢なのに、茶目っ気たっぷりなジュリアちゃん。そしてアーサーとスコットの掛け合い…うー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ