英雄の帰還
民家の屋根に立ち、戦場を見下ろすスコットたちを見て、ジュリアもアーサーもほっと息を吐く。が、仲間であるはずのコハルから放たれる異様な気迫に、ジュリアは顔をこわばらせるのだった。
「お嬢様、お待たせしました。ここからはすべてコハルにお任せください」
ふわり、と屋根から飛び降り、ジュリアの傍らに着地するコハルだったが、ドンッと地を蹴って敵陣へ一気に突っ込む。そこからは、悲鳴が響き、血の赤が撒き散らされた。もちろん、コハルの活躍だけではない。
「お兄様、左斜め前方に敵が隠れています」
「よくやった、ファリス。風の斬撃!」
路地に隠れていた敵にスコットが魔法を放つ。二人の援護によって、コハルの強さがさらに際立ち、しまいには敵は一人残らず逃げ出すのであった。
「助かりましたわ、スコット先輩」
一段落ついてジュリアはスコットに頭を下げる。
「いや、遅くなってすまなかった。だが、シラヌイ殿と合流できたおかげで、優位に戦えたからよかったよ」
「ええ、そうですね。コハル、よくやってくれました」
「……とんでもございません、お嬢様」
上品なお辞儀を見せるコハルだったが、ジュリアは彼女の振る舞いに違和感を覚えたのか、少しだけ眉を寄せて訊ねた。
「コハル……何かありましたの? 珍しく怪我もあるようですが」
「……いえ、何も。怪我も護衛に影響するものではありませんから」
二人のやり取りに心の中で首を傾げるスコットだったが、隣に立つアーサーは別のところに関心を向けていたようだった。
「さて、君たちはどうするつもりだ?」
アーサーの問いかけは、スカーレットとイーリアに向けられたものだった。スコットはイーリアがいることに驚いたようだったが、手にしたナイフとスカーレットを守るような立ち位置にすべてを悟ったらしい。アーサーは言う。
「俺たちはここでやり合うつもりはないが……この通り、君たちに勝ち目はないと思うぞ?」
「スーカーレット殿、クレイン様のところへ戻りましょう」
「……そうだね。でも、その前に」
スカーレットは敵であるスコットたちを前にしても、襲われる恐怖など少しも感じていないのか、堂々とエドガーの前に立った。
「エドガーくん。私はプロヴィデンスで最高の戦いを見せる。だから、応援してくれるかい?」
「……当然だよ! アイアンが最強だって、世界中に分からせてやってよ!」
「うん。君が……君たちが応援してくれるから、私は頑張れる。最強を証明できる」
スカーレットは、エドガーの頭に置いて微笑みを見せる。
「そして、絶対に勝つ! 私のグロリアスを……見ていろよ!!」
「うん!」
二人が頷き合った後、スカーレットはゆっくりとジュリアの方に向いた。その目は闘志に満ちている。誰であろうが、前に立つ者は叩き潰す、というロゼスの目だ。
「おい、お嬢様」
「なんでしょうか?」
それを受けるジュリアも同様に不敵な笑みを浮かべていた。
「てめえ、さっき……私を。いや、グロリアスのことを本当の戦いを知らないショーだけの腰抜けと言ったな?」
「ええ、言いましたわ。震えている貴方があまりに情けなかったので、仕方ないでしょう?」
「確かに、あのときの私は情けなかった。だが今は違う。分かるな?」
頷くジュリアにスカーレットは宣言する。
「プロヴィデンスでは、グロリアスが最強であることをお前に分からせてやる。腰抜けと言ったことを後悔させてやるから……楽しみにしておけよ」
「ええ。ええ、ええ。とても楽しみですわ。誇り高きグロリアスターの魂を打ち砕いてこそ、ロゼスとしての格が上がるというもの。私も最高のコンディションを整えて挑ませていただきます」
二人が詰め寄るように向き合う。この場で、戦いが始まるのではないか、という距離にイーリアは引き止めようと一歩前に出たが、アーサーが遮る。
実際、二人は殴り出すわけではなく、ただお互いの拳をコツンッと合わせて離れるのだった。
「アイアン!」
立ち去ろうとするスカーレットをエドガーが止めた。
「これ、忘れているよ」
それは、彼女が放り投げたメガネだった。彼女が放り投げたときの衝撃のせいか、亀裂が走っている。それを目にしたスカーレットは、再び微笑んでエドガーに言うのだった。
「やるよ。私にはもう……必要のないものだからな」
「……うん! 一生の宝物にするよ!」
スカーレットは力強く頷くと、今度こそイーリアと共に立ち去って行く。その後、カーライル家が放つ刺客は現れなかった。どうやら、多くの戦力を失ったため、グレイヴンヒース領でエドガーの命を奪うのは不可能と判断したらしい。
プロヴィデンスまで、残すは五日。残す敵は、トライアンフ学園の面々のみとなった。




