エドガーの想い
空き家から出てきたエドガーを見て、アーサーはすぐに彼の方へ駆け寄った。
「エドガー、危険だから出てくるんじゃない!」
「うるさい!」
「ぬふあっ!」
エドガーに突き飛ばされ、軽々とひっくり返ってしまうアーサー。それを見て、イーリアは小声で「え、本当に弱すぎ……」と呟いたが、エドガーにとっては、そんなことはどうでもよかった。
「お前はアイアンのことを知らないだろう!」
ビシッと指を突き出すその先に立つのは、もちろんジュリアである。彼女は感情的なエドガーをただ真っ直ぐと見据える。
「アイアンは本当に強いんだぞ。いつだって、どんなに追いつめられたとしても、立ち上がって逆転してくれた。去年の冬、1.4のときもそうだった……。他団体のエースに何度も打ちのめされて、ぼろぼろだったのに、最後はアイアンバスターで逆転したんだ。でも、僕は知っている。あのとき、アイアンは足を怪我していたって……」
怪我、というワードに少しだけスカーレットが反応した。それに気付かず、エドガーは続ける。
「アイアンには出場しないって選択肢もあった。だけど、彼女はファンのためなら、痛む足を引きずってでも戦う熱い心がある。今だって、きっとそうだよ! 少し調子が悪くて動けないかもしれないけど……でも、アイアンは最後に立ち上がってファンの期待に応える。そして、グロリアスの強さを教えてくれるんだ。それが、アイアン・スカーレットなんだよ!!」
涙ながらに熱い想いをぶつけるエドガーだったが、その頭上に黒い影が。
「しまった! エドガー、よけろ!!」
アーサーが叫ぶ。しかし、遅かった。空き家の屋根から、ナイフを持った黒服が飛び降りる。敵が様子を見続け、なかなか動かったのは、このときのためだったらしい。エドガーも直前で気配を感じたのか、視線を上げるが、暗殺者の刃は血の味を確信している。
「な、なに!?」
驚愕の声を上げたのは……アーサーだった。彼が見たもの。それはエドガーの頭上に迫っていた暗殺者が落下中に思わぬ方向へ吹き飛ぶ姿だった。
迫る死の感触に頭を抱えて屈みこんだエドガーも、いつまでも痛みが訪れぬことを不可解に思ったのか、ゆっくりと顔を上げる。そんな彼を覆うのは巨大な英雄の影である。
「あのときの怪我……誰にも言ってなかったのに、まさかファンに気付かれていなんてね」
小さい弱気な女の声。しかし、その芯には確かな力強さを感じる。それこそが、少年の知る英雄の気配であった。そして、言うまでもない。彼女が暗殺者の刃からエドガーを守ったのである。
想いが届いたのだ。そう確信したエドガーは、涙を浮かべながら頷く。
「分かるよ……。だって、いつも見てたもん。いつも勇気をもらっていた。強くなりたくても強くなれない僕に……強さとは何か教えてくれたんだ。だから、アイアンの苦しさも分かっていたよ……!!」
ファンの想いをついに受け取ったスカーレット……いや、アイアン・スカーレットは笑顔を見せる。
「君、エドガーくん……だったかな」
「エドガー……。エドガー・カーライルだよ」
スカーレットは頷くと、様子を見ていた黒服たちの方へ振り返る。そして、三つ編みを束ねていたヘアゴムと黒縁のメガネを外して、豪快に放り投げていた。
「エドガーくん、見ていて。君が信じていてくれるなら、私が……」
一歩一歩と前へ出るスカーレットの体は、少しずつ筋肉が隆起し、大きくなっていくような錯覚すら感じさせる。そんな英雄の覇気をまとった彼女が叫んだ。
「グロリアスが! 最強だってぇぇぇーーー! 証明してやるあああぁぁぁーーー!!」
大地が揺れるような咆哮。それに誰もが気圧されるが、たった一人だけ心地のいい旋律を耳にしたように微笑む男がいた。
「アイアン・スカーレット。自らを信じるものの期待に応えるため、恐怖を乗り越えたか……。ふっ、良い女じゃないか」
音楽を嗜むように目を閉じていたアーサー。彼が開眼すると凄まじい剣気が波のように広がった。
「アーサー先輩……ということは?」
調子を確認するジュリアに、アーサーは頷く。
「うむ。アイアン・スカーレット!」
アーサーの呼びかけに振る返るスカーレット。
「俺に力を貸すよう声をかけてくれないか? できるだけ、期待を込めて」
「……いらねえよ! こんなカスども、私一人で十分だ」
「この状況だ、そう言うなよ。力を貸せと一言だけでいいのだ」
スカーレットは迷ったようだが、ただならぬアーサーの気配に、従うと決めたようだ。
「そこまで言うなら……剣士、力を貸せ!」
「……ああ、グリムウッドの剣、お見せしよう!!」
スカーレットの横を駆け抜ける突風。いや、アーサーは迫りくる敵の中へ飛び込む。そこからは、圧倒的な剣技が、敵を片っ端から屠っていった。
「つ、強い……!! さっきまでの弱さはなんだったんだ??」
その光景に目を疑うイーリアだったが、次第にアーサーの舞うような剣の美しさに言葉を失っていった。彼が討ち漏らした敵をジュリアとスカーレットが排除していく。スカーレットの豪快なパンチは、敵を砕くように力強く、エドガーの目を輝かせた。
しかし、アーサーの剣に翳りが。彼も人である。敵を斬れば斬るほど、手は痺れていったのだ。そう、敵は圧倒的な数で押しつぶそうとしているのである。
「くっ……情けない。日々の鍛錬が足りないのか」
口惜し気に顔を歪めるアーサーの表情は、疲弊の色が濃い。このままでは押し切られる。誰もがそう感じたときだった。
「いや、君は十分にやってくれたよ、アーサー! ここからは僕たちに任せてくれ!」
「……もしかして、スコット先輩!?」
声の方を見上げるジュリア。そこにはスコットとコハルだけでなく、柔らかな光に包まれるファリスの姿があった。
※1.4とは、現実のプロレスで一番お客さんが集まる1月4日に開催される大会、みたいな意味のようです。




