幻想崩壊
エドガーはアーサーと合流しても戦力の増加にはならなかった、利点がなかったわけではない。
「このまま街中を逃げ回っていても仕方がない。ヒスクリフの屋敷で保護してもらおう」
安全を確保するため、何をすべきか。彼はそれを提案してくれたし、土地勘もあったのだ。
「スコットさんの屋敷ですか? でも、そこに逃げ込んだだけで、敵が押し寄せてきたら……」
「大丈夫だ。屋敷のセキュリティは最強だし、何よりもセシリア様がいるからな」
「どういうことですか??」
アーサーの説明を聞いて、エドガーは今まで自分がどれだけ安全な場所で保護されていたのか、知ることになった。
「闇雲に逃げるより、どう考えてもマシだ。行こう、こっちだ」
この辺りに詳しいアーサーが案内してくれるだけでも、安心感が違う。今度こそ、一息吐ける。そのためにも、屋敷にたどり着くまで気を引き締めなおそうと思うエドガーだったが、そう上手く行くものではなかった。
「アーサー先輩!?」
「イーリアじゃないか!」
市街地を出てる直前だったが、アーサーが引き止められてしまう。それはヒスクリフ学園の制服を来た女子で、エドガーがグレイヴンヒース領にきた初日に助けてくれた人物でもあった。追っ手がやってくる前に、すぐにでもこの場を離れたいエドガーだったが、アーサーは嬉しそうにイーリアと会話を始めてしまう。
「こんなところで何をしているんだ? 授業が始まる時間はとうに過ぎているだろう?」
「恥ずかしながら少し寝坊してしまって……。でも、そのおかげでアーサー先輩に会えたので幸せです!」
「ふっ、俺も最悪な状況と言えなくもなかったが、君に会えたと思うとそうでもないようだ」
二人の間にキラキラと光るロマンスの気配を見たエドガーは不満でいっぱいだったが、その先にもっと見たくないものを見てしまった。
「アーサーさん! 追っ手が!!」
「なに!? イーリア、ここは一緒に!!」
「ど、どうしたのですか!?」
アーサーはイーリアの手を取って走り出す。市街地を出るつもりだったが、敵に回り込まれてしまい、結局は別方向へ逃げなければならなかった。
「参ったな……。ヒスクリフの屋敷から離れてしまった」
何とか追っ手から逃れ、たまたま見つけた空き家に身を隠す。次に見つかってしまえば、逃げ場はないが、エドガーの体力も限界が近かったのである。
「まさか、こんなことになっているとは。私が声をかけなければ……」
自分がいなければ、アーサーたちは市街地から脱出できたかもしれない、と肩を落とすイーリア。しかし、アーサーは彼女を責めたりはしなかった。
「いや、君が傍にいれば何も問題はない。さっきは咄嗟に逃げ出してしまったが、いざとなれば、この俺が死力を尽くして君を守ってみせるから」
「先輩……」
再び二人の間にロマンスの光が現れ、エドガーは気付かれないよう溜め息を吐いた。何とかならないだろうか。しかし、不満は彼が思いもしないところから発現するのだった。
「も、問題ばかりじゃないですか!!」
ずっと黙っていたスカーレットが、叫ぶように主張したのである。
「どうして……どうして、私がこんな怖い目に合わなければいけないんですか?? てっきり、ヒスクリフ陣営の刺客に襲われたいるとばかり思っていましたけど……私は貴方たちのトラブルに巻き込まれているだけじゃないですか! もう帰してくださいよ!!」
不満を爆発させるスカーレットに、アーサーは戸惑いながらも指摘する。
「俺も帰してやりたいところだが、君は既に我々の仲間と認識されているだろう。一人になった途端、やつらに襲われる恐れもある。だから――」
「ふざけないで!!」
スカーレットはヒステリックに遮ると、抱えた膝の上に額を乗せ、感情のままに叫ぶ。
「もう怖いのは嫌! 戦いたいなら勝手に戦ってよ! 私を巻き込まないで……!!」
悲痛ともいえる訴えに、アーサーも黙ってしまうが……エドガーは違った。
「やめてよ、アイアン」
震える少年の声に、スカーレットは怯えるように口を閉ざす。エドガーはそんな彼女に言った。
「貴方を巻き込んだのは僕だ。それは謝る。本当に申し訳なかった。だけど……」
エドガーは今にも泣きだしそうだった。それでも、彼は伝えなければならない。
「だけど、貴方はアイアン・スカーレットだ! どんなに強い敵が現れても、鋼の心で打ち砕く。ファンのためなら何度だって立ち上がる最強のグロリアスターなんだろ!? それが、隠れて泣いてわめくだけなんて……こんな情けない姿を見るくらいなら、会いに来なければよかった……!」
今度はエドガーが涙を流し始める。困ったアーサーとイーリアは顔を見合わせるが、誰にどんな声をかけるべきなのか、少しも分からなかった。二人が少し落ち着いてから、アーサーはスカーレットに語りかける。
「エドガーは少し訳ありで、危険な状況だったが……それでも君に会いたくてここまでやってきたんだ。そんなファンを前にしたら、弱い姿は見せられないんじゃないか?」
しかし、スカーレットは黙り込んだまま、顔を背けてしまった。エドガーも決して彼女の方を見ようとしない。不穏な空気が流れる中、さらに状況は悪化する。窓から外の様子を窺っていたイーリアが言った。
「先輩……もしかしたら、見つかってしまったかもしれません!」
「なんだって?」
彼女と同じように窓の外を見てみると、確かに敵と思われる男たちが空き家の方へ近付いてきていた。




