二人の逃亡劇
「ひゃあっ!?」
風の刃がエドガーの背後を通過し、スカーレットが悲鳴を上げる。その直前、エドガーは部屋の中へ飛び込んで難を逃れ、素早く扉を閉めた。
「|概念強化《コンセプト・エンハンス 》!」
エドガーは咄嗟に扉へ向かって、鍵の「他者を侵入させない」という効果を強化する魔法を唱える。これにより、扉は簡単に破れないはずだ。
「アイアン、巻き込んですみません! このままでは危険なので、護衛の方を呼んでいただけないでしょうか!?」
廊下を挟んで向こう側に彼女の護衛が控えているはず。大声を出せばすぐに駆け付けてくれるだろう。しかし……。
「……アイアン??」
あの大きなアイアン・スカーレットがどこにもいない。決して広い部屋ではないはずなのに……。扉を強引に開こうとする気配を感じながら、エドガーは彼女を探して部屋を見回すが、彼は見てしまった。部屋の隅で頭を守るように抱えて、小さく縮こまるアイアン・スカーレットの姿を
「……あの、アイアン。何をしているのです??」
「わわわ、私! 殺されちゃう! さっそく来たんだわ、ヒスクリフ陣営の刺客が!!」
どうやら……自分を襲う敵と勘違いし、恐怖のあまり動けないらしい。その姿は、意外と言えな意外だが、メガネに三つ編み姿の彼女を見ると、至極当然の反応にも見えた。
「ヒスクリフ陣営の暗殺者ではありませんよ! スコットさんはそんな手段を使う人じゃないし、何よりも資金力がないので暗殺者なんて雇えません! それより、仲間を呼んでください!!」
「あ、あわ、あわわわわ!!」
どうやらパニック状態で声が出ないらしい。エドガーは思わず叱りつけつように言うのだった。
「さっきまで記者たちを相手に怒鳴っていたじゃないですか!!」
「あ、あ、あのときは……あくまでアイアン・スカーレットとしてスイッチが入っていたからで、い、い、今は、ただ、その……!!」
「はぁ??」
エドガーには理解できなかったが、スカーレットはオンとオフがはっきりしているタイプらしく、人前に出たときとそうでないときで使い分けているようだ。
「あ、まずい。|概念強化《コンセプト・エンハンス 》が解除されそうだ!!」
エドガーは気付く。扉にかけた彼の魔力に干渉する別の魔力を。
「誰かー!! スカーレットさんがピンチです!! 助けにきてくださいーーー!!」
自ら叫んでスカーレットの護衛を呼ぼうとするが、いまいち手応えがない。だとしたら、残された手段はたった一つだ。
「アイアン、僕は窓から逃げます!」
「お、お、置いて行かないでよぉぉぉ!!」
窓の方へ向かうエドガーにしがみつくスカーレット。ここに彼女を残したら、どうなるのだろうか。確かに、目撃者として始末される恐れもある。
「分かりました。じゃあ、窓から飛び降りますよ!!」
「えええ?? こ、ここ三階だよ!?」
「大丈夫。魔法で着地の衝撃を和らげますから。さぁ、一緒に!」
エドガーは自分よりはるかに大きいスカーレットの手を引き、ベランダに出る。そして、柵に足をかけたが、スカーレットに止められてしまった。
「だ、ダメだよ! 絶対危ないし、私には無理だよぉぉぉ!!」
「大丈夫ですって! 飛び降りないと、魔法で切り裂かれちゃいますよ!?」
「き、切り裂かれる……!?」
その痛みを想像したのだろうか。スカーレットの顔が青く染まる。だが、彼女に躊躇う時間も残されていなかった。
「よし、開くぞ!」
暗殺者たちが数名、部屋の中に侵入してきたのである。
「降りますよ!!」
「本当に飛び降りて大丈夫なの?? 痛くないよう何とかしてくれるのね!?」
「大丈夫ですから! ほら、グロリアス魂で飛びますよ!」
「い、いやあああぁぁぁーーー!!」
迫る暗殺者たちによって、飛び降りる恐怖を乗り越えたのか、スカーレットが柵に足をかける。そして、二人は宙に身を投げ出した。
「風の緩衝!」
地面に衝突する寸前、風が下方向から巻き起こり、ふわりと体が浮遊した。そのおかげで着地の衝撃はほとんどなかったようだが、スカーレットは全力疾走の後と言わんばかりに呼吸が荒い。
「し、し、死ぬかと思ったぁ……」
「大丈夫だって言ったのに……」
当然とは言え、信頼されなかったことが少しショックなエドガーだが、そこで立ち尽くしているわけにもいかず、すぐに走り出そうとスカーレットの手を取った。
「スコットさんたちと合流しなきゃ! さぁ、走って!」
公開練習が行われている方向へ走り出そうとするが、その道を遮るように黒服の男が近づいてくる。しかも、杖に魔力を込めていることから、確実に敵であった。
「まずい! アイアン、こっちに!!」
「ま、ま、待って!! 怖くて走れないよう!!」
強引にスカーレットの手を引きながら、エドガーは考える。このままでは、スコットたちの離れる一方だ。この頼りない英雄を守りながら、自分に何ができるのだろうか、と。




