英雄の素顔
「申し訳ございません。私がお嬢様のお茶に気を取れているうちに」
深々と頭を下げるコハルだが、その責任はスコットにもある。
「いえ、僕が目を離したからいけなかったんです。とにかく……探しましょう!」
それから、スコットはアーサーと、ジュリアはコハルと、二つのチームに分かれてエドガーを探すが、彼の姿はどこにもなかった。
一方、エドガーは誘拐などされていなかった。
「アイアンに……会って、あのことを聞かないと!!」
彼は会場から立ち去るスカーレットに声をかけるため、走って彼女を追いかけていた。スカーレットは仲間たちと寮に入って行く。
「大丈夫だよね……?」
何度も背後を確認するが、誰かに追われている気配はない。スコットたちも追いかけてくる様子はないため、スカーレットと会話するなら今がチャンスだ。エドガーはごくりと唾を飲み込んでから、学生寮の中に忍び込んだ。
「じゃあ、スカーレット。少し休むといい。僕たちは向かいの部屋にいるから、何かあったらすぐ呼んでくれ」
「うん」
廊下の角から覗き込むと、スカーレットの赤と青に分かれた派手な頭が、部屋の中へ消えていくところが見えた。しばらくは、仲間と思われる男たちがスカーレットの部屋の前で立ち話をしていたため、エドガーは様子を見続けたが、彼らはやがて自分たちの部屋へ消えた。
「よし……チャンスだ!」
今ならスカーレットは部屋に一人のはず。彼女と二人きりで会話できるとしたら、この瞬間しかないだろう。エドガーは忍び足で彼女の部屋の前まで移動する。勇気を必要としたが、躊躇っている場合でもない。エドガーは覚悟を決めて、コンコンッと扉を叩いた。
「はーい」
どこか気の抜けた声が返ってくる。でも、確かにスカーレットの声だった。ついに、あの英雄が……アイアン・スカーレットが扉一枚向こうに。そんな期待が最高潮に達するとほぼ同時に、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「なんですかー? 休んでいいって言ってたじゃないですかー」
「……あれ?」
鋼の塊のような英雄が姿を現すとばかり思っていたのに、そこには三つ編みに黒縁メガネという冴えない女が……。混乱するエドガーだったが、女の方も戸惑っているらしい。
「……えっと、どこの子? 迷子、かな?」
喋り方もスコットやジュリアと同年代とは思えないほど、たどたどしい。むしろ、子どものエドガーに怯えているようにすら見える。もしかして、スカーレットのマネージャーだろうか。エドガーはそう思って、部屋の奥を覗き込むが、そこには誰もいない。黙って部屋の様子を窺うエドガーを不気味に思ったのか、女はさらに動揺したようだった。
「あ、あの……。何か用事かな? えっと、迷子なら……どうしたら、いいんだろう」
エドガーはもう一度目の前の女を見る。三つ編みにした髪は、半分が赤、もう半分が青。間違いない。この冴えない女が……アイアン・スカーレットなのだ。
「も、もしかして……運営委員会の方、ですか?」
明らかに場違いな質問を投げかけてくるスカーレットらしき女。どうやら、デュオフィラ選抜戦の運営スタッフと思っているらしい。ならば、これに乗じて質問の一つや二つ答えてもらえるかもしれない、とエドガーは曖昧に頷いてみせた。
「あの、アイアン・スカーレットさんでお間違いないでしょうか?」
「そう、ですけど……」
「えええ……」
エドガーは思わず衝撃の声を漏らしてしまう。しかし、それも仕方がない。憧れの英雄の正体が、おどおどした女だったのだから。これまで見てきた、自信に満ちたカリスマの姿とは、まるで反対の女だったのだから!
「な、な、なんですか??」
衝撃に言葉を失うエドガーを前にして、さらに怯え出すスカーレット。だが、そんな二人を冷たい風が撫でつけた。この風は普通ではない。魔力にるものだ、と気付いたエドガーは風が吹いてきた横手に目をやる。すると、そこには魔力を集中させた杖をこちらに向けた男の姿が。
「……風の斬撃」
そして、その男の杖から、うっすらと緑色に染まった三日月が現れる。魔力によって作り出された風の刃が、エドガーに向かって放たれようとしていたのだ。
(叔父上の手先……殺される!?)
エドガーは瞬時に逃げ場を探す。真っ直ぐな通路の奥へ走れば、風の刃に背を裂かれるだけ。彼にとって逃げ道は……今目の前で不安そうに眼を潤ませているスカーレットの自室だけだった。




