コハルの過去
公開練習の前日。スコットは夜になると緊張で落ち着かなかった。ここ数日、何事もなく平穏な日々が続いただけに、その不安は余計に強い。
「……シラヌイ殿に改めてお願いしておこう」
自室から出て、ジュリアたちに貸し与えている部屋へ向かう。既に明日の話はコハルに相談して了承してもらっているわけだが、最も神経を使うのは彼女だ。改めて言葉をかけておきたかった。
「ジュリア、シラヌイ殿。失礼してもいいかな?」
女性二人が生活する部屋だ。しっかりと扉を叩いてから待つが、ジュリアの呑気な声が帰ってくる。
「どうぞー」
部屋の中に入ると、ジュリアは目のやり場に困るような薄着で妙なポーズを取っていた。
「な、何をしているんだ!? 何でもいいから羽織ってくれ!!」
しかし、ジュリアはポーズを変えながら、スコットに迫ってくる。
「先輩、ちょうどいいところにきてくださいました。どうですか、わたくしの筋肉。スカーレットに負けていないでしょう? むしろ、わたくしの方が美しいラインを――」
「分かった! 分かったからこれを!!」
スコットは近くにあった上着をジュリアの方へ放ってから、背を向けた。
「もう、真面目に聞いているのに。……で、何か御用ですか?」
「うむ、明日のことなのだが……って、上着を渡しただろう!!」
「あらあら」
上着を羽織る時間があったにも関わらず、そのままの格好だったため、スコットは無理やりそれをジュリアにかぶせるしかなかった。
「そんなことより、シラヌイ殿は!?」
「コハルならそこに」
上着で体を隠したジュリアが部屋の隅に視線を向ける。そこには低いテーブルの前に座るコハルの姿があった。足を折りたたんで座るスタイルは珍しく、どこか祈りを捧げているように見える。スコットは念のためジュリアに聞いた。
「彼女は何を……?」
「お亡くなりになったご両親に感謝を捧げているところです。なので、私も大人しくしなけばならず、マッスルポーズをコハルに褒めてもらえずにいたのですよ」
「それを早く言ってくれ。いや、君も静かにしていたとは言え、マッスルポーズは我慢しろよ」
ジュリアの行動を注意しようとしたが、背後から声があった。
「いえ、問題ありませんよ。もう終わるところでしたし、手を合わせている間にポーズの練習をするよう、お嬢様にお願いしたのは私自身なので」
いつの間にか立ち上がっていたコハルが「お待たせしました」と頭を下げる。
「変な時間にすみませんでした。どうしても、改めて明日のことをお願いしたく……」
「護衛のことですか? もちろん、全力を尽くしますのでご安心ください」
「不安はありませんが、毎度危険な役目を押し付けてしまい、申し訳ない」
「それが役目ですので」
またも深々と頭を下げるコハルだが、その背後にある低いテーブルに目が行ってしまう。どうやら、両親の写真に向かって祈りを捧げていたようだ。
「……無理に聞く気はありませんが、ご両親はもしかして、アッシア・ヤマト戦争でお亡くなりに?」
コハルは頷く。それは十五年前のこと。彼女の故郷であるヤマトは、そこから北西に位置する大国アッシアの侵攻を受けた。ヤマトは国を守るサムライたちによって、アッシアの占領は免れたものの、大きな被害を受けたというのは有名な話である。
「アッシアの部隊に家族も友人も皆殺しにされました。私だけは奇跡的に生き残りましたが……」
「すみません。変なことを思い出させてしまった……」
「いえ、家族を亡くし、ただの殺戮人形だった私をジュリア様は人間扱いしてくれました。それどこから、使用人として拾ってくれたので、私はここにいます。ジュリア様にはもちろん、ジュリア様の夢を叶えようとしてくれるスコット様にも感謝しております。なので、どうか私を使えるだけ使い潰してください」
「使い潰すなんてそんな……」
自分だってコハルを人間として見ている。だから、モノを扱うような表現に抵抗はあったが、実際のところは彼女に頼りっぱなしだ。何とも複雑な気持ちを抱くスコットだったが、ジュリアがパチンッと手を叩いた。
「はいはい。暗い話はここまでですよ。明日の公開練習に向けて、気持ちを切り替えましょう!」
「むっ、そうだな」
「先輩、ぜんぜん暗い顔のままではありませんか。そんな顔をされては、私も気合が入りません。こうなったら、先輩が明るくなるようなパフォーマンスを私が……!!」
そう言って、ジュリアが上着を放り捨てようとするが、スコットはいち早く察知し、彼女の肩を抑えた。
「マッスルポーズとやらは結構だからな!!」
「あらま……」
次の日の朝、ジュリアに聞いたところによると、スコットが部屋を去った後、コハルに何度もマッスルポーズを褒めてもらったそうだ。そのせいもあってか、ジュリアの表情は自信に溢れているように見える。
「わたくし、アイアン・スカーレットには負けませんわ。プロヴィデンスも、筋肉の美しさも!!」
スコットは「そうだな」とだけ返しておくのだった。




