お腹は空いたけれど
抽選会の熱も冷めると、普段通りの学園生活に戻る。エドガーに関しては、コハルに預けて屋敷に向かわせたので、本当に何もない日常の時間が流れた。
「ふう、やっとお昼か」
午前中、最後の授業を終えてスコットが体を伸ばしていると、いつも通りアーサーが声をかけてきた。
「スコット、学食へ行くだろう?」
「そうだな、行こう」
のんびりと学食へ向かう二人だったが、その背中に接近する気配が。
「お兄様ー! お昼、ご一緒しましょう!!」
「ファリス!?」
妹のファリスだった。笑顔で腕に絡みついてくる彼女に、スコットは周囲を気にせずにはいられなかった。
「こ、こら。離れるんだ。それに高等部の校舎に来られたら変に目立ってしまうだろう!?」
スコットたちの高等部とファリスたちの中等部では制服のデザインがやや異なる。そのため、ファリスがいたら、ただでさえ注目されるスコットが、余計に目立ってしまうのだ。しかし、ファリスは兄の主張に頬を膨らませる。
「別に私は気にしません。それに、今日は朝食もご一緒できなかったではないですか。ですから、昼食だけでも!!」
いつもなら、朝食は一緒にとって学園に向かうのも一緒だ。それが、エドガーの迎えがあったため、妹をジュリアに預けることになった。それが不満だったのだろう。ファリスは何としてでも兄に甘えようとしていた。
「わ、分かったよ。だから、大きな声は出さないでくれ」
「本当!? やったー! お兄様ったら優しい!!」
「俺もファリスと昼食を共にできて嬉しいぞ」
アーサーが微笑みながら喜びを分かち合おうとしたが、彼女の耳には入らなかったらしい。
「そうと決まればお兄様、早く早くー!!」
「だから、大きい声は出すなと……!!」
仲睦まじい兄妹の姿を見て、無視されたとしても微笑ましいと爽やかな表情を浮かべるアーサーだったが、視界の奥に何やらただならぬ気配を感じた。
「……むっ、あれは??」
生徒たちをかき分けるように、何かがこちらに向かって超突進してくる。
「ファリス、離れた方が良い」
「ちょ、アーサー! 私とお兄様が仲良くしているのに、何するの??」
愛する兄から引き離され、アーサーを睨むファリスだったが、彼の判断は正しかった。
「せんぱーい!! スコットせんぱーい!!」
廊下の向こうから突進してくる何者か。それは……。
「ジュリア!?」
スコットが気付いたときは既に遅い。彼女は真夏の海に飛び込むがごとく、スコットの胸に向かったダイブしていた。
「せんぱーい!!」
「う、うわぁ!?」
ジュリアの突進を受け止め切れず、廊下に押し倒される。頭を打って、目玉が飛び出しそうになったが、急なジュリアの登場による驚きと怒りで、痛みはすぐに吹っ飛んだ。
「な、何をするんだ!? ここは学園だぞ!? ……って、どうしたんだ??」
今度は別の意味でスコットは驚くことになる。なぜならジュリアは……。
「な、泣いているのか??」
「わたくし、悔しいです!! お屋敷に戻るまでの我慢と思い、堪えていましたが……。耐えられず、先輩の教室までやってきてしまったのです!!」
何があったのだろう。めそめそと泣いているではないか。これには周りの生徒たちも釘付けで、スコットはどのような振る舞いが正しいのかわからず、ただあたふたするばかりだ。そんな状況のままジュリアは続ける。
「だから、慰めてくださいまし! いつものようにジュリアの頭をよしよしと撫でて慰めてくださいーーー!!」
いつものように、って。一度たりともそんなことはしていない。しかし、周りの生徒たちは激しく反応し、ひそひそと囁き合うが、何よりも背後から向けられた殺気が刃物のように鋭く刺さってくる。
「お兄様……私に隠れてそのようなことを??」
ファリスが呪いの塊のように、視線以外は黒く染まっていたため、スコットは全力で否定しなければならなかった。
「していない! 断じてしていない!!」
誤解は解かなければならないが、目の前のジュリアもどうにかしなければならない。
「ジュリア! 話を聞くから、まずは退いてくれないか??」
「聞いてくださるだけでは困ります。必ず! 必ずよしよしと頭を撫でて慰めてくださらないと、わたくし悔しくて死にでしまいそうです!!」
退くどころか、スコットを抱きしめては胸で涙を拭ってくるではないか。
「わ、分かった!! 善処するからまずは退いてくれ!!」
「お兄様、ダメです!! よしよしはダメです!!」
スコットはジュリアとファリスに揉みくちゃにされなかがら思った。取り敢えず、昼食は諦めよう、と。




