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たった一人の宣戦布告

 スコットは訪ねてきたスカーレット陣営の男を生徒会室に入れる。彼の立ち振る舞いはアリストスらしく、幼い頃から学びを重ねているように思われた。


「僕はクレイン・ヴォルカと言います。アイアン・スカーレットの支持者です」


 トライアンフ学園の制服を見る限り、スコットたちと歳も変わらないであろう少年、クレインはたった一人でやってきたらしい。



「まさか、プロヴィデンスが決定した直後に、擁立者が自らやってくるとは……驚きです」



 スコットは正直に心情を吐露しつつ、クレインにソファへ座るよう促した。敵陣のど真ん中だ。さすがに何があっても即時に動けるよう座ることはないだろう、と思いきや、クレインは堂々と腰を下ろす。その胆力に驚きながらもスコットが自ら紅茶を入れて差し出すと、クレインは小さく頭を下げた。



「それで、どのようなご用件でしょうか」



 スコットの方から話を振ると、クレインは静かな、しかし鋭い視線を上げた。



「単刀直入にお願いしたい。今回のプロヴィデンス……勝ちを譲ってください」


「なに?」



 驚きはしない。こういったやり取りが行われる、と可能性の一つとして想定していたからだ。クレインも落ち着いた様子で、ずっと手にしていたスーツケースをローテブルの上に乗せ、中身を広げて見せた。



「これでいかがでしょうか?」


 そこには大量の紙幣が。要は勝ちを金で買いたい、ということらしい。クレインは続ける。


「できれば、血生臭い争いは避けたいのです。これを受け取ってくだされば、どちらも今夜はよく眠れるはず。違いますか?」



 全員の視線がスコットに集まったようだった。もちろん、スコットの答えは決まっている。



「申し訳ないですが、我々も譲れないものがあります。他に話がないのならば、それを持ってお引き取りください」



 真っ直ぐなスコットの視線を受け止めるクレインは、どこか深い沼のようだ。とても、外見からは想像できない、強い覚悟がそこに隠されている、とスコットには感じられた。そして、向こうも同じことを思ったのかもしれない。ふっと息を吐いてから、スーツケースをパタリと閉じた。



「……そうですか。できれば穏便に済ませたかったのですが」


「であれば、正々堂々とコノスフィアの中で決着を付けるだけでは?」



 質問はジュリアのものだ。これに対し、クレインはただ暗い笑みを浮かべるだけ。


「その前に、やれることはやらせていただきます。スカーレットは英雄。その名に傷を付けるわけにはいかないので」


 紅茶に口を付けることもなく、クレインは早々と生徒会室を出ようとした。



「英雄であれば尚のことではないですか」


 だが、スコットが声をかける。


「彼女は多くの人から支持を受けているグロリアスターなのでしょう? 正々堂々と戦った方が英雄の名を守れるのでは?」



 これにもクレインは暗い笑みを返すだけだ。



「そうはいきませんよ……彼女は弱い。僕たちが守らなければならないのです」


 弱い。自らのロゼスをはっきりそう言ってしまうクレインに、スコットは一瞬思考が停止してしまった。


「そう、どんな方法を使ってでも彼女の誇りを守る。なので……覚悟しておいてください」



 そして、クレインは今度こそ生徒会室を後にした。彼が去っても、しばらくは重たい空気が漂っていたが、最初にそれを打ち破ったのはアーサーだった。



「驚いたな。たった一人で、宣戦布告にやってくるとは」


「ああ。下手したら、あの瞬間に僕らが彼を消し去ってしまうことだって考えられたはずだ。その度胸には頭が下がるよ」


「でも、釈然としませんわ」



 ジュリアが言う。


「まさか、擁立者が自分のロゼスを弱いと言い切ってしまうのですよ。わたくし、スコット先輩からそんな風に言われたら、ショックでお昼も眠れませんわ」


 夜は眠れるんだろうな、普通に。スコットは心の中だけで指摘しつつも同意する。



「しかし、僕には……それが彼の覚悟だと感じたよ」



 スコットの発言の意図をくみ取ったアーサーが不敵とも言えるが、透き通った笑顔を見せた。



「そうだな。プロヴィデンスが始まる前に、徹底的にやってやる……という宣言でもあるからな」


「アイアン・スカーレット本人はこのことを知っているのだろうか」


「抽選会の調子では、そうは見えなかったな」


「……偶像として奉られた英雄、ということだろうか。本人が全力でプロヴィデンスに挑もうとしているとしたら、こっちまで虚しくなりそうだ」



 だからこそ、自分はジュリアを身も心も全力で戦える環境を整えなければ。スコットはそう思う一方で、一つだけ安心したことがあった。この話をエドガーに聞かせることなくて、本当によかった、ということである。

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