圧勝の貴族令嬢
ラウンドとラウンドの間、カームと呼ばれる一分の休憩時間があり、擁立者やサポーターがコノスフィアに入ることが許される。スコットは彼女の汗を拭ってやるため、タオルを持ってコノスフィアに入ったのだが、その役目を忘れて、ただ問うのだった。
「君は……何者なんだ??」
「えっと、先輩? それ、今聞きます??」
今はプロヴィデンスの最中だ。どうせなら、勇気づける言葉や相手の弱点などアドバイスが欲しいところなのだが、スコットはそれどころではなかった。
「あの動き、アリストスの令嬢が身に着けるものではないだろう! しかも、デイジーに一発当てたじゃないか!」
「ええ、まぁ。向こうはわたくしのことを舐め腐っていたので」
「だとしても、鍛え抜かれたロゼスでなければ、あんな芸当は――!!」
興奮するスコットだが、アーサーがその肩を叩いて制止する。
「スコット、後にしようじゃないか。まずは汗を拭いてやれ」
「む、むう。そうだな」
「ジュリア嬢、水だ。飲んでおけ」
カームはたったの一分。スコットの疑問に対し、丁寧に答えていては、あっという間に終わってしまうのだ。審判役に残り十秒を告げられ、スコットは焦りながらジュリアに言う。
「いいか、ジュリア嬢。ここまでよくやってくれた。だが、もう無理はしなくていい。あとは怪我がないよう逃げることに専念するんだ」
「しかし、それではプロヴィデンスに勝利できませんが……??」
「これ以上、君を巻き込むわけにはいかない。いいな、無理するなよ!」
カームが終わり、スコットたちはコノスフィアを出る。再び出入り口にロックがかけられ、ジュリアとデイジーが向き合った。
「セカンド・プロヴィデンス、エンゲージ!!」
第二ラウンドが開始される。デイジーはここで勝負を決するつもりだった。一気に間合いを詰め、今度こそパンチを当てる。そのためにも慎重に近づき、あと少しで自分の射程距離にジュリアを捉えられると思った、そのときだった――。
「行きますわよ」
「はぁ?」
ジュリアが呟いた瞬間、強烈な痛みと共に、デイジーのバランスが崩れる。思わず転倒しそうになったが、何が起こるまで、さほど時間は必要なかった。
「て、てめえ……デュアル・クラフトの使い手だったのか!!」
ジュリアの攻撃は、デイジーが半歩分前に出していた足を蹴り付ける、というものだった。しかも、脹脛を横から蹴り付ける一撃。これは、強烈な痛みを与え、立つ力を奪う蹴り技である。デイジーは姉であるメイシーから、その技を受けた経験があったため、どれだけ恐ろしい攻撃であるのか知っていたのだった。そんなデイジーにジュリアは笑顔を見せて言う。
「デュアル・クラフト……ああ、キックボクシングのことですね。そうですね、基本として練習に取り入れていますわ」
「く、くそおおお……!!」
デイジーは再び近付こうとするが、自分の距離に入る前に、再び足を蹴り付けられてしまう。
「いっ……!!」
しかも、先程と同じ箇所をピンポイントで蹴られ、痛みが倍増する。このままでは立てなくなってしまう。もっと距離を縮めて、パンチを当てなければ。しかし、焦って前に出た瞬間、閃光のような一撃を受けて、再び足に激痛が。
「いいいーーーっ!!」
思わず足が流れて、尻餅を付くと、見下ろすジュリアが微笑みを浮かべていた。痛みと焦りに汗が大量に放出され、デイジーは思わず振り返ってアルバートの方を見る。
彼は険しい顔でこちらを見つめているではないか。立て。立って戦え、と言っている。デイジーは痛む足を無視して、気持ちだけで立ち上がった。
「ま、負けるわけがねえ。この私が! お嬢様なんかに!!」
「ナイスガッツですわ! でも、その足で何発耐えられます??」
デイジーの左足は赤く染まっていた。既に痛みどころか感覚もない。この状態でもう一度あの衝撃を受けたら……。
「何発だって耐えてやるよ!!」
しかし、デイジーは負けられなかった。
アルバートの前で、アルバートのプライドに傷が付くようなマネは……!!
「ぜってえ負けねえーーー!!」
自らを鼓舞しつつ、蹴りを警戒しながら距離を詰める。大丈夫だ。あと一歩踏み込みさえすれば、自分の距離。残る力を全部使って、パンチを叩き込み、逆転してみせる。いや、例え蹴りを受けたとしても、根性で踏み込むまでだ。
「うおりゃあああーーー!!」
覚悟を決めて、全力で踏み込むデイジー。だが、ジュリアの足がピクリと動いた気がして、視線が引っ張られるように下を向いてしまった。
その瞬間、視界が真っ白になる。ただ、ギャラリーの騒がしい声がより増したように感じた。ふと気付くと、体育館の屋根を見上げている。
「え、あ……ウソだろ?」
意識を失っていたのだ。でも、たぶん一瞬だけだ。デイジーが体を起こすと、両手を上げながら、踊るように一回転するジュリアの姿が。勝ちを確信し、ギャラリーにアピールしているではないか。
「おや、まだやりますの?」
立ち上がるデイジーに首を傾げるジュリア。信じられないことだが、この女は自分にパンチを見舞ったのだ、と認めるしかなかった。
恐らく、蹴りのフェイントに再び足のダメージを警戒した瞬間、顎に一発もらったに違いない。視界が歪み、足も覚束ないのが証拠だが……まだやれる。自分なら、やれるはずだ。
気力を振り絞り、拳を構え直すデイジーだったが、そんな彼女に対し、ジュリアはスカートの裾を摘まみながら、小さくお辞儀を見せて言うのだった。
「では、真心を込めて、もう一発ぶちかまして差し上げましょう」
そして、デイジーと同じように拳を構え、一気に距離を詰める。まずい。もう一発顔にもらったら、今度こそ完全に意識を失ってしまう。ガードを固めて、反撃の瞬間を掴まなくては。必死に顔を守るデイジーだったが……。
「あ、れ……?」
その体が横に傾き、コノスフィアの真ん中に倒れた。何が起こったのかは分からない。でも、立たないと。
それなのに……足が動かない。そうだ。足をやられたんだ!!
「ま、まだだ……!!」
立ち上がろうとするデイジーに審判役が近付く。早く立ち上がらなければ止められる。それは分かっているが、足が動かなかった。
「続行は難しいみたいですね」
審判役の言葉に、血の気が引くようだった。
「いや、まだだ。まだやれる! そうだよな、アル兄!!」
何とかアルバートの方に向いて、同意を求めるが……彼は険しい顔のまま、何も言わなかった。
「あ、アル兄……。違うんだ、私はまだ……!!」
やれるはずなんだ。こんな痛みくらい無視して、アルバートのためなら戦える。そう主張するつもりだったが、彼女の傍らで審判役が宣言した。
「プロヴィデンス・エンド! 勝者、ジュリア・コウヅキ!!」
そして、相手の勝利を称えるように、高々とゴングが鳴らされるのだった。
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