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最強の悪役令嬢、優雅なティータイムの裏でプロ格闘技の技術を温める  作者: 葛西渚
序章:世界チャンピオンの夢を目前に乙女ゲーの世界に転生しました
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プロローグ

女性格闘家が乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生し、無双しまくる格闘ファンタジーです。まずは最初の10話だけでも読み進めてもらえたら嬉しいです。

 真っ白なリングの中央。スポットライトを浴びながら、私は自らの勝利を祈った。



「判定の結果をお伝えします。……ジャッジ、橋本。30対29。赤、橘!」



 大歓声の中、一人目の審判が私の名前を呼ぶ。ここは総合格闘技団体「クラトス」のリング上。世界中の格闘家が集まり、最強のファイターを決める場だ。


 そういう私も選手の一人で、たった今、次期タイトル挑戦者決定戦で激闘を繰り広げ、勝敗を三人の審判に委ねているところである。



「ジャッジ、片岡。30対29。青、霜月」



 二人目の審判が相手選手の名前を呼ぶと、全身に寒気が広がる。ここまで、死ぬ気で練習してきたのに、すべてが無駄となって、私の夢が届かぬ所へ行ってしまう。そう思うと、恐怖に震えが止まらなかった。


 お願い、次は私の名前を……。



「ジャッジ、松宮。30対29……」



 ついに運命の判定結果が。会場も緊張感で静まり返るが、永遠のようで一瞬だった沈黙が破られ、高々と勝者の名が告げられた。



「赤、橘! よって、勝者! 橘明里ーーー!!」



 決着の瞬間に大歓声が巻き起こるが、喜びと脱力感に私は言葉もなく、その場に崩れる。


 勝った。勝ったんだ。


 対戦相手である、霜月綾音は本当に強かった。試合が決まってから数か月、ずっと彼女のことを考え、その強さに恐れ、つらい練習に何度も挫けそうになったが……本当に私が勝ったのだ。



「よくやったぞ、橘! 次はタイトルマッチだ。お前が世界チャンピオンになる日がくるぞ!!」



 控室に戻ると、二人三脚で一緒にやってきた、コーチの泉先輩が汗まみれの私の頭をワシワシと撫でてくれた。先輩は五つも年上なのに、子どもみたいな笑顔で私を褒めてくれる。



「先輩が鍛えてくれたおかげです!」



 私が笑顔で応えると、笑顔だった泉先輩の目元に涙らしき光が。それを隠すように泉先輩は目を逸らすと、震える声で言うのだった。



「俺の夢を……後輩の橘が叶えてくれるって思うと、ちょっと泣けてくるな」


「先輩! まだ一試合ありますよ。泣くのはそのあとにしてください!」


「ああ、そうだな……!!」



 泉先輩が最高の笑顔を見せる。次に勝てば、もっと喜んでもらえると思うと、私の胸はさらに高鳴った。そこから、仲間たちと談笑し、勝利の余韻を味わっていたのだが、急に控室の扉が叩かれる。



「すみません、失礼します」



 入ってきたのは、格闘技団体クラトスの運営、その首脳陣である篠原さんだった。たぶん、次のタイトルマッチについて何か話があるのだろう。篠原さんは私の前で頭を下げる。



「橘選手、今日はおめでとうございます」


「ありがとうございます! これで、次はタイトルマッチですよね!? 王座戦にチャレンジできるんですよね!?」



 興奮気味の私だが、篠原さんの顔はどこか暗い。むしろ、引きつったような表情に見えるけど……


 もしかして、私のタイトルマッチなしになった?


 もう一試合勝たないと挑戦できないとか??



「あの、篠原さん。何か……あったんですか?」


「……ごめん!!」



 再び頭を下げる篠原さん。

 や、やっぱり。私のタイトルマッチがなくなったんだ。



 でも、大丈夫。チャンピオン以外の相手を当てられたとしても、また勝って、勝って勝って勝ったら、クラトスのチャンピオンになれる。そう、絶対に先輩と私の夢を叶えるんだ。


 篠原さんが告げるだろう言葉を予測して、先に覚悟を決める私だったが、彼は想像をはるかに超える最悪の事態を告げるのだった。



「……クラトス、なくなるんだ」


「へっ??」


「実は何年も前から赤字だったんだけど、ついに……首が回らなくなって。だから、今日でクラトスは解散。明日、記者会見を開くことになったんだ」


「じゃあ、私のタイトルマッチは??」


「なし……っていうか、どうやっても実現不可能になっちゃった」



 私は言葉を失う。何度も謝る篠原さんだが、私の耳は音を失い、彼が何を言っているのが分からなかった。ショック。凄いショックだ。


 ずっと頑張ってきたのに……もう夢は叶えられないってこと??



「と言うわけで」


 固まる私に、篠原さんは改めて告げる。


「世界チャンピオンの夢は一度諦めてください」



 ……誰が言ったか、日本は空前の格闘技ブーム。十年前から少しずつ盛り上がりを見せ、さまざまな格闘技団体が立ち上がり、ムーブメントを作り出したクラトスがその頂点に君臨していた。そのため、すべての格闘家がクラトスのチャンピオンを目指していたのに……。


 クラトスがなくなる。

 最強を証明する場所が。

 信じられないことだけれど、それが現実らしかった。



 私たちは追い出されるようにして会場を後にする。試合に勝った日は、いつも賑やかな食事会が待っているのに、この日はすぐに解散となった。


「泉先輩……私、明日からどうすれば?」


 別れ際、前を歩く泉先輩に私は聞いた。ずっと私を導いてくれた彼なら、既に答えを見つけているかもしれない。しかし、振り返った先輩は……。



「ごめん、橘。俺、今なにも考えられない」



 泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。それはもう見ていられないほど、悲壮感が漂う姿だった。五年前、タイトルマッチを目前にして、後遺症の残るような大きな怪我で引退を決めた先輩。あのときも泣いていたが、そのとき以上にショックを受けているように見えた。


 私が彼の夢を叶える。もう二度とあんな顔をさせないと決めていたのに……!!



「ごめん! 今は一人にして!!」


「あ、先輩!! 一人にしないで!!」



 私の声が聞こえなかったのか、先輩は逃げるようにダッシュで立ち去ってしまう。……まぁ、仕方ないよな。私よりも格闘技に思い入れがあって、強い気持ちで夢を追いかけていたのに、それが急になくなっちゃったんだから。



「はぁ……。取り敢えず、帰って薔薇エリュでもやるか」



 薔薇エリュとは、格闘技以外で唯一の私の趣味、乙女ゲームの略称だ。正式なタイトルは「薔薇と誓いのエリュシオン」と言って、貴族の子どもたちばかりが在籍する学園に通うことになった女の子、アンナが超金持ちのイケメンたちにチヤホヤされるって感じなんだけど……。



「どこまで進んだっけなぁ。確か、コウヅキ家の令嬢、ジュリアがまた邪魔してきて、スコット様とデートするはずが、ぶち壊しに……。何度やっても、スコット様のグッドエンドに辿り着けないんだよなぁ」



 ぼんやりと歩いていると、何やら周りが騒がしい気がした。でも、関係ない。何が起こっているか知らないけど、クラトスの消滅ほどの事件はない。私はただ現実逃避して、薔薇エリュのことだけ考えてればいいんだ……。



「そこの人! 危ない!!」



 その声は、明らかに私へ向けられているような気がして、振り返った。すると、ヘッドライトらしき二つの光が目の前に。それは、まるで巨大生物の瞳みたいだった。あ、食われる。そう思った瞬間、私の視界は暗転した。



 こうして、私、橘明里は二十九歳でこの世を去る。



 いや、ただこの世を去っただけじゃない。大好きな人と夢を叶える直前で、その夢が壊れる瞬間を見て、絶望した挙句、好きなゲームの押しキャラと幸せになるエンディングすら見えずに死んだのだ。



 これって、普通に死ぬより悔いが残るんじゃないの?


  ……ただ、そんな風に考えられたのは、私は異世界に転生したからだ。



 そう、私は異世界に転生した。しかも、普通の異世界ではない。


 私が熱中していた乙女ゲーム「薔薇と誓いのエリュシオン」の世界に転生したのだった……。

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