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白球、飛んだ

作者: 沖津渉
掲載日:2010/05/29

 日が昇りしばらくした頃、俺は友人宅を後にした。一晩飲み明かした今はただ自宅のベッドが恋しい。朝の日差しが照りつける中、俺は地下鉄の駅を目指して重い足をひたすらに進める。

 すれ違う人々は新しい一日の始まりに、活気に満ち溢れた表情をしている。きっと俺のそれは対照的にひどいものなのだろう。酒気と睡魔に魅入られた今ではいくら髪が乱れていようが、まぶたが重く沈みかけていようが、どうでもよかった。

 きっと俺はまだ昨日に引きずられて今日を始められていないのだろう。家に帰って一眠りしてようやく今日と出会うことができるに違いない。そのころには半分以上が終わってしまっているだろうが、それは昨日の楽しみの代償だから仕方がない。実際、高校からの友人と飲む酒はうまかった。

 駅へと向かう道で、通っている大学内を通り抜ける。友人は大学のそばに一人暮らししており、それを羨ましく思って自分も一人暮らししたいと思うが、如何せん、経済的な理由で当分は実家から抜け出せそうにない。通えない距離ではない分余計にだ。

 構内を通っていると、ふいに鋭い金属音と、やや遅れて歓声が響いてきた。音の方を見ると土に汚れたユニフォームに身を包んだ連中が野球をする姿が目に飛び込んできた。

 顔つきから見るに、高校生だろう。俺の通う大学には附属高校があったことを思い出す。今まで意識したことはなかったがきっとここがそうなのだろう。朝っぱらから大声を上げて走り回り、汗にまみれた高校球児たちを見て、やや嘆息しつつご苦労なことだと心中で呟いた。

 だがどうだろう。高校生たちの顔は必死で、それでも輝いて見えた。それは汗のせいではないだろう。グラウンドに響く足音には力強さが、活力が溢れていた。

 それは今の俺が持ってはいないもの、どこかに置き忘れてしまったもののように思えた。思えば俺にも無我夢中で球を追いかけていた時期があった。手に持つのはバットではなくテニスラケット、追いかけるのは白球ではなくテニスボールという違いはあったが。

 高校を卒業し、部活からも卒業し、大学に入って新しい楽しみを覚えた。別に今の生活に不満があるわけでもないし、友人と馬鹿話をしながら飲む酒のうまさはかつては味わえなかったものだ。それでもつい考えてしまう。俺はなにかを得た代わりになにかを失ってしまったのではないか、と。

 それを成長と一言で言ってしまうのは簡単だ。だが、失ってしまったものはとても大切なもので、今の俺にはそれをフェンス越しに眺めることしかできずに手が届かなくなってしまったものなのではないか。そう思うと心にぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感に襲われる。

 きっとこんなことを考えるのも今の精神状態が少し平常ではないからだろう。寝て起きればもう忘れてしまうような感傷に過ぎないのだ。そう胸の内で区切りをつけたつもりでも、俺は眼前の光景から目を離せずにいた。

「あ――」

 思わず声が漏れる。再び耳に届いた鋭い金属音とともに白球が弧を描くようにして大空へと飛び上がった。一瞬遅れて球児たちがなにかをわめき、打った本人は懸命に地を蹴る。

 白球は重力に逆らうようにして遠く、遠くへと伸び上がる。俺はそこでようやく目を逸らし、いつの間にか止まっていた歩みを再開した。きっとそのうち白球は勢いを失い、地へと落ちてしまうのだろう。だが、俺には果てしなく天を駆け上っていくように感じられた。

 白球はどこへ向かうのだろうか。その先にはなにがあるのだろうか。それはもう、俺には見えないものなのかも知れない。白球が視界から消えていくのと同様に。それでも、見てみたいと思ったのだ。無理だとは知りつつ、あの頃に戻ってみたいと思ったのだ。

 駅のホームで電車を待つ。結局あの試合はどうなったのだろうか。そんなことを考えつつ、あくびが一つ漏れる。眠気が再び俺の身を包み込む。

 家に帰ったら寝る前に、ラケットを取り出してみよう――。なんとはなしに思いついた。それを手に取ることによってなにか変わるかも知れない。なにも変わらないかも知れない。でも、もう一度走ってみたいと思ったのだ。記憶の中の白球は、いつまでも空に伸びていた。

ツイッター上で即興で書き上げた作品。

実は半分は実話。ダジャレじゃないよ?w

ツイッターの性質上、修正無しで書き上げたけど、あえてそのままの形で投稿。

テーマは青春かな。

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