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第7話 怪人、反撃する1


 第三話 怪人、反撃する


 黒晶石とは願いを叶える願望の器、されどそれは歪んだ形で叶えられる。

 魔王たる同胞達に尋ねたことはなく、知性なきモンスター共と議論することなどできようもないが、吾輩はそう考えている。


 それ故にモンスターは願いの原料たる感情を求め人を襲い、黒晶石の魔王もまた己の願いを叶えるために人の負の感情を集める。

 人にとっては迷惑千万、有害極まる存在であるが、残念ながらそれは黒晶石を身に宿した者達の本能、或いは呪縛と呼べるかもしれない。


 だが、不可思議な同居人の影響か、それともあの銀の天狼星が見せた幻か、我が友ラブリナは黒晶石に縛られた我等とは違う答えを手にした。

 そのことに吾輩は少しの喜びと、大きな妬心を覚えた。


 吾輩、喜劇王ラフィールが求める願い、それは孤高に立つ我が友の隣に立ち、その孤独を癒すこと。

 それは記憶擦り切れる遥か昔、この身が魔王に至らぬ頃からの願い、おぼろげながらそう記憶している。

 なれば、それは恐らく歓迎すべきことなのだろう。だが、残念ながらそれは容易には成らないのだ。

 欠片となり記憶を零した彼女に知る由はなかろうが、楽園(エリュシウム)の深淵に沈む本来の彼女は、誰よりも孤高で、強く、高慢で、愚かなのだから。


「いや、どう御託を並べてみても、吾輩は単にあの楽園(エリュシウム)の名を冠する魔法少女に嫉妬しているだけなのかもしれない」


 クロノス社が作り上げた違法魔石採掘場、密かに作り上げた黒晶花の隠し花畑を見下ろしながら、ラフィールが自嘲するように独りごちて笑う。

 この花畑は、以前ここで開門能力者が作った次元の裂け目を再利用し、深層から運び込んだ黒晶花で大地を侵食したものだ。

 ラフィール達黒晶石の魔王は、黒晶石の侵食が進まない場所ではその力を十全に発揮できない。

 されどテラーニアが暴れて日も浅い現在、人々は黒晶石や黒晶花に対して多大な警戒をしている。それ故にこんな小細工を弄する必要があったのだ。


「あらあら、珍しいですわね。ラフィール、貴方が素顔も隠さず笑っているだなんて」


 夕暮れに紅い黒晶花が妖しく揺れる彼岸の向こう、朧げな次元の境界を渡って不吉を詰め合わせたような姿の少女が姿を現す。

 その姿は黒いドレスに黒いベール、黒髪猫耳、二股の尻尾。喪服と凶兆の黒猫を混ぜ合わせたような少女だった。


「珍しいのはキミの方ではないのかね、クライネ。楽園への扉を守り続ける墓守の大海嘯(だいかいしょう)殿が、扉のある【壊都】から出てくるとは実に珍しい。珍事と呼んでも差し支えないとも」

「わたくしとて好きで出て来たわけではありませんわ。近頃【裏界】が騒がしいと思ってみれば、次元の綻びが無数にできているのですもの。楽園に巣くう宿り木達も面倒なことをしてきますわぁ」


 クライネは口元を隠しながらふわと小さくあくびをしてみせる。

 普通の人間やモンスターでは渡ることも、認識することすらも難しい僅かな次元の綻び。彼女はそれを難なく安定させ、越えてしまう。

 それが彼女、大海嘯クライネ。壊都の果てにある楽園の扉を封じる扉守の権能だった。


「ならばその扉はもう好きにしてくれて結構、吾輩の用事は済んでいるからね」

「ええ、言われずとも閉じましょう。鍵が失われた楽園の扉を封じ続ける、それがわたくし扉守の役目。そのためにわたくしは魔王となったのですもの」

「さて、本当にそれがキミの望みだったのかね?」


 ラフィールの言葉に、クライネが眠たげだった瞳を僅かに見開いた。


「まあ、本当に珍しい。貴方からそんな言葉がでるなんて、喜劇王から哲学者にでもなるおつもりですの?」

「先程、ラブリナにこっぴどく振られた所でね。吾輩、少々センチメンタルなのだよ。どうやら、彼女は人と共に在りたいようだ」

「あらあら、それこそ本当に驚きですの。如何なる星の巡りですかしら」


 クライネが僅かに見開いた瞳を更に見開く。


「黒晶石の魔王へと至った時、吾輩達は多かれ少なかれ歪んでしまっている」

「……されど、そうしてまで叶えたい想いの力あればこそ、わたくし達は魔王たる権能を持つのですわ」

「如何にも。だからこそ、歪みの極致とも呼べるラブリナがそう言うとは思わなかったとも。ただし、それはラブリナから零れたほんの一欠片の意志に過ぎないのだがね」


 ラフィールは地面に咲いた一輪の黒晶花を摘み取り、ウサギ人形へと変化させる。


「故に吾輩、別の一欠片である彼女にも問おうと思っている。人と在る彼女が知る由もなかろうが、その答えの先にはキミが立ち塞がり、楽園の果てに座するラブリナ本人が立ち塞がる。早々に手折るのも……また友情だろうとも」

「友を想うからこそ、友を害する。それが貴方の歪み、ですかしら」

「さてはて、そこが実に難問なのだよ。吾輩も最初はそう思ったのだがね、残念ながら単なる対抗心である線も捨てきれない」


 ラフィールは自嘲するように笑うと、黒晶石の仮面を着けて表情を隠す。

 ラフィールは元々魔法少女が気に入らない。綺麗ごとを吐いておきながら、自らを不倒の剣の如く語っておきながら。すぐに心折れて投げ捨てる。

 その極致とも呼べる輩が、大切な友であるラブリナを誑かしたのだ。真摯に彼女を想うと自負するラフィールが、真に彼女を正しく導けるのは自分だと嫉妬し、対抗意識を燃やすのも無理なからぬ話だろう。


 ……だが、だがしかし、それが本当に理由であろうか?

 魔王たるラフィールに臆さず立ち塞がったあの姿に、記憶擦り切れる前に自らが失ったものを、かつての自分の姿を見てしまったからではないと何故言い切れる?

 あるいはその両方なのかもしれない。


「あらあら、いつにも増して表情豊かですわね。余程面白い方に出会ったとみえますわ」

「面白いだけでは無意味だよ。それでは何も成し得ない」

「あらま、喜劇の名を冠する魔王らしからぬお言葉ですこと」


 ラフィールの言葉に、クライネがくすりと笑う。 


「クライネ、喜劇とは風刺と皮肉で現在に刃を突き付けるものなのだよ。刃無き喜劇には吾輩が代わりに刃を突き立てて差し上げようとも」


 芝居かがった口調でラフィールがそう言い、脇のウサギ人形が出刃包丁を突き刺す真似をして見せる。


「そこまで言うのならば、今宵はわたくしも観劇していきましょう。貴方が対抗心を燃やすお相手に少し興味が湧きましたわ」

「ほほう、それはいい提案だ。特等席は用意できないが、ご招待するから見て行ってくれたまえよ。それでは吾輩は一足お先に失礼する、開演時間が迫っているのでね」


 ラフィールはクライネに向かって優雅に一礼すると、その姿を巻き上がる黒晶花の花びらに溶かして消えていく。

 魔法少女に自らの願いは託さない、渡さない。己が願いは己で叶える。その決意と共に。

 例え歪んでいようが、その原初が擦り切れた記憶の彼方にあろうが、胸に抱く友への願いと感情、それこそがラフィールが魔王たる所以であり根源なのだから。


「ああ、そう言えば……悲劇を俯瞰すると喜劇になると、遠い昔に誰かが言っていた気もしますわね。なれば、この喜劇を打ち砕くことは、悲劇を打ち砕くことにも繋がるのですかしら?」


 一人黒晶石の花畑に残ったクライネは、眠たげな瞳に戻って小首を傾げると、ウサギ人形の頭に腰かけてふぁとあくびをするのだった。

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