第5話 怪人、逃亡する4
かくして私達は今日泊まる予定のダンジョンキャンプに到着した。
ダンジョンキャンプは拠点間の距離がある箇所に設営される簡易拠点みたいなもので、四角く黒い倉庫のような外観をしている。いかにも頑丈そうな造りだ。
周囲はすっかり暗くなっていて、湖畔と森を照らしてくれるのは月灯りと蛍の光だけ、懐中電灯頼りのダンジョン探索は正直かなり怖かった。目の前にあるキャンプの灯りが凄く頼もしい。
「んじゃ今日の探索はここまでだから、明日に響かないようちゃんと疲れを取ること。他の冒険者とかに迷惑かけないように」
「了解なのです!」
先生みたいなリオちゃんに頷き、ぞろぞろとキャンプに入っていく私達。
今日は一日湖畔エリアを歩き詰めだったのに、体力的には意外と余裕がある。それは私がレベル持ちになったからなのだろう。
レベルの恩恵をしみじみ実感しつつも、早く中に入って休憩したいなって思うのもまた事実だ。
「って、あれ? 珍しく誰も居ないや」
意気揚々とキャンプの中に入った私達は、貸し切り状態のエントランスを見て首を傾げる。
スマホを当ててチェックインを管理するパネルにも、本日の宿泊パーティ0組と掲示されていた。余計な物が置かれていない簡素な倉庫みたいなこのキャンプ、貸し切り状態はちょっと心細い。
「昨晩、十六層の紅葉林に場違いなモンスターが出たらしいのです」
奥の部屋に居る受付係っぽいメイドさんを眺める私の横、備え付けの端末で付近の情報を調べていたミコトちゃんが言う。
「ほーん、それで全員撤収しちゃってたわけね。あそこ抜けてくのに余計なリスクは取れんからなぁ。ごめん、ウチの選択裏目に出ちゃったみたいだわ」
それを聞いたリオちゃんは、バツが悪そうに自分の紅い髪をかいて私達に謝った。
「リオさんはできる限りリスクを勘案して計画してくれています。予期せぬ事態は仕方ありませんよ」
「うん、予期せぬ事態が起こるからこそのダンジョンなんだし」
セレナちゃんに同意する私。流石に場違いモンスターはリオちゃんのせいじゃない、運が悪いとしか言いようがないことだ。
ただ、クロノス社の社長が逃げ込んだのと、場違いモンスターが出たのがほぼ同時なのは少し気になる。ただの思い過ごしならいいんだけど。
「しっかし困ったね。ウチ、魔法少女に変身してない時のレベルは16だから、場違いモンスターに追われて紅葉林のモンスターがこっち来たら守り切れる自信ないよ」
「でも、別にこの中に居ればある程度は安全なんだよね? 係員さんも居るんだし」
「ある程度安全なのは確かだけどさ。ここは転移装置設置されてないから、係員なんて居ない完全に無人だよ?」
「あれ、でも奥に……」
そこまで言いかけた私は、セレナちゃんの手首を掴んで建物の外へと急いで引っ張る。
係員が居なくて、宿泊パーティはなし。なら、奥に居たメイドさんは何者? そんなの決まっている。
「こりすちゃん?」
「皆もここから出て、早く!」
私が促し、驚いた顔のリオちゃんとミコトちゃんが私達に続く。
背後から強烈な悪寒を感じた私は、扉から出たばかりのセレナちゃんを引き寄せ、ミコトちゃんをリオちゃんの方へ大きく突き飛ばす。
直後、建物の前に強烈な雷撃が走り、間髪入れず猫耳メイドの人が杖を地面に打ち付けた。
「あ、危なかったのです! 中から変な人が出てきたのです!」
深々と抉られた地面の横、リオちゃんに支えられたミコトちゃんが驚きに目を丸くする。
猫耳メイドの人はそんなミコトちゃんに一瞥もくれず、私の方へ、否、セレナちゃんの方へと視線を向けた。
その目は意思の感じられない虚ろな瞳、そして首に着けられた首輪には黒晶石。あの首輪はミコトちゃんの時と同じだ、つまりこの人は洗脳されてる。
「こんばんは、皆様。私は星界結社グランクロノス所属、ミレイと申します。ご主人様の命を受け、白鴎院セレナ様をお迎えにあがりました」
私達の来た道を塞ぐように、ミレイは小さく湖畔側に飛び退いて間合いを取ると、スカートの裾をつまんで優雅なカーテシーで私達に挨拶をした。
星界結社グランクロノス。まさか、この場面でその名前が出てくるなんて思わなかった。
「おっおおー! グランクロノスが出てきたのです! サンドバッグ総統一味のご登場なのです!」
そう、エリュシオン信者のミコトちゃんが興奮していることからもわかる通り、グランクロノスはかつてエリュシオンが壊滅させた組織だ。
かつて巨大円盤で海上に飛来したグランクロノスは、驚く人類に向けて世界征服宣言放送を開始した。
でも、その放送が終わるよりも早く私が駆けつけ、手下とグランクロノス絶対総統であるクロノシアをまとめてボコボコにして円盤を海に落としてしまった。
まだ電波ジャック以外の悪事をしていなかったし、いきなり問答無用で成敗するのは流石に無慈悲かなと思ったので、殺さないようお豆腐を扱うみたいに優しく手加減して戦って、なんとか穏便な解決に成功した。そう自負している。
その一部始終は皮肉なことに世界征服宣言放送によって生配信され、グランクロノスは組織壊滅RTA初代レコードホルダーの出落ち組織扱いされている。
更に、その親玉であった絶対総統クロノシアはサンドバッグ総統と揶揄され、ネット界隈では未だにネタキャラ兼オモチャとして人気を博しているらしい。
つまり、
「うああああ!」
私の仏心がこの事態を招いている。思わず私は情けない叫びをあげてしまう。
やってしまった! 押し寄せてくる因果応報の大津波! 特大アーチのブーメラン! エリュシオンの責任問題はもはや不可避!
「こりっちゃん! 気持ちはわかるけど怯えている暇はないって!」
「ご、ごめん! 大丈夫、怯えてるわけじゃないから!」
動揺する私の姿を見たリオちゃんは叱咤激励しつつ、襲い掛かって来たミレイの一挙手一投足を警戒する。
ミレイに攻撃してくる様子はなく、自らの傍らに大型の魔石タブレットを浮かべている所だった。
程なくして、企業ロゴがでかでかとタブレットに映った。
『私達はついていけるだろうか、このダンジョン時代のスピードに』
企業ロゴが消えると、次いでタブレットからクロノス社の紹介映像っぽいのが流れ始める。
続いてスーツ姿の知らないおじさん達のカットインが次々と挟まり、最後に再びクロノス社のマークがデカデカと映った。
『ヒューマンライフをイノベーションする、ダンジョン時代のリーディングカンパニー、クロノス。セレクト、ユアニューライフ』
なにこれ、この茶番劇見る必要ある感じの奴なの?
圧倒的な時間の無駄を感じる。
『ハーッハッハッ、ごきげんよう! 女子高生冒険者諸君! 我が社製品の使い心地はいかがかね』
私が不機嫌な顔でタブレットを睨みつけていると、今度はへんなおじさんが高笑いする画面に切り替わった。




