第4話 怪獣王8
転移室に入った私を、不敵な笑みを浮かべたテラーニアが出迎える。
その後ろには、両手首を黒晶石に絡めとられ磔にされたセレナちゃんの姿があった。息はまだある、本当に良かった。
「セレナちゃんを返してもらうよ」
「キシシ、ラブリナの奴も、テメーも、随分とその肉に愛着があるんだなぁ。返してほしければ、力ずくで来いよ」
テラーニアは蝙蝠のような翼を広げ、右手をクイッと動かして黒いオーラを爪状に変形させた。
モンスターや怪人と違って、テラーニアのオーラは武器としての力を持っている。私の纏う燐光と一緒と考えるべきかもしれない。
「なら、容赦はしないから」
「深き闇は闇の中から生まれない、眩い光の影にこそ真に深い闇は生まれる。さあ恐怖しろエリュシオン、お前の恐怖がオレの闇により一層の力を与えてくれる」
床に散らばる黒晶花がキラキラと黒く輝き出し、宙に浮かぶ無数の黒水晶へと変化する。
「残念だけどその願いは叶わない。私はそんなものに恐怖したことなんて一度もないから」
私は組んでいた腕をほどき、臨戦態勢を取る。
「ふっ、クハハハッ! そうだその目だ、オレに恐怖を植え付けた目はッ! 待ちわびたぜこの時を! オレこそは黒晶石の魔王が一人、怪獣王テラーニア! オレこそが恐怖! 恐怖がオレだ! オレはお前に奪われた恐怖を、オレ自身を取り戻す!」
「悪を断つ銀のシリウス、魔法少女エリュシオン。君が恐怖の闇だと言うのなら、私は目を逸らさない。恐怖は向き合って打ち破るものだから」
達人同士の立ち合いの如く、一足一刀の間合いで互いの首筋に死を突き付けあう二人。
睨みあうこと一刹那。
「さあ、ぶち壊してやる!」
「両断する銀の腕」
動こうとしたテラーニアの隙を見逃さず、私が後の先を取って踏み込む。
そして、銀の閃光が黒い閃光を両断した。
「決着だね」
私はセレナちゃんを助け出し、お姫様抱っこしながら振り返る。
正中線で真っ二つになったテラーニアは、その体を侵食する黒晶石で真っ黒に染めていた。
「クッ、クハハハハハッ! ふざけんな、ここで終わるかッ!! オレはッ! 恐怖を制し! 恐怖となって! 世界の底、楽園で眠るラブリナのヤローに並び立つんだよッ!」
テラーニアは両断された体を黒晶石で繋ぎ合わせ、その体を完全な黒晶石の黒としながらも私の方へと向き直る。
でも私は驚かない。同じだから、あの時倒した白い竜と。あれがテラーニアだったとすれば、この程度で終わりじゃないことぐらいわかっている。
「オレが恐怖で! 恐怖がオレだ!」
咆哮するようなテラーニアの叫びと共に、ガラスが崩れ落ちるような乾いた音がする。
さっきカレンが壁に開けた穴から外を見れば、学園を包むドームになっていた黒晶石が崩れ落ちているのがわかった。
そして、崩れ落ちたドームの黒晶石と平原中の黒晶花を吸い上げ、黒いオーラを纏ったテラーニアが巨大化していく。
このままじゃ学園が崩壊する。そう判断した私は、セレナちゃんを抱き上げたまま、テラーニアを穴から外へと蹴り飛ばす。
「黒晶石の魔王が一人、怪獣王テラーニアの名において! エリュシオンッ! テメーだけはッ! 絶対にぶっ壊す!」
蹴り飛ばされたテラーニアが砕けながら空中に飛び出し、私を睨みつけながら咆哮する。
同時、オーラによって漆黒に染まったテラーニアの体が、数百メートルはあろう黒晶石の大怪獣となった。
***
日の傾き始めた草原エリア、夕焼けよりも早く空に深い黒が帳を下ろす。
それは夜の闇より黒い、黒晶石の黒。数百メートルはあろう大怪獣。
"いやいやいやいやいや"
"あれ人類が勝てる相手じゃないだろ……"
"エリュシオンちゃんはどうなったの?"
エリュシオンを見送った後、ライブカメラで学園の様子を見守っていた人々が、黒晶石が集い作られた圧倒的な巨体の登場に慄く。
第一拠点の防壁を背もたれにして座り込んだリオも、借りたスマホで大怪獣の姿を見ていた。
「ようやく落ち着いたと思ったら、ここでクソデカモンスター様のご登場かよ」
リオはスマホから目の前に視線を移して直に大怪獣の姿を確認すると、その想像以上の迫力にひきつった笑いを浮かべる。
こうしてはいられないと、槍を杖代わりにしてよろよろと立ち上がるが、己の限界を超えた体は既に疲労困憊。膝もがくがくと笑っていた。
「おおおー、とんでもないことになっているのです!」
そこに、にゃん吉を抱っこしたミコトが、ぱたぱたと落ち着きのない足取りでやってくる。
「ミコっちゃん、いい子だから中で待っときな。見ての通りクソ危ないよ」
「大丈夫なのです。あの巨体になにかされたら、中だろうが外だろうが同じなのです!」
「いやさ、そうかもしんないけどさ……」
「それよりも、なによりも、エリュシオン様があんなモンスター倒してくれるのです!」
エリュシオンの勝利を微塵も疑わず、大怪獣を見上げて、ミコトは主役の登場を今か今かと待ち構える。
「はっ、流石ミコっちゃん、暗黒教団の狂信者メンタルには参ったね。ま、いいや、ウチは周囲の人達に避難促してくるから、余計なことはしないで大人しくしときなー」
リオはそんなミコトの姿を見て苦笑いすると、槍を杖にして道路を歩いて行こうとする。
「バカね、リオ。アンタ、そんな状態で行っても足引っ張るだけじゃない。モンスターだってまだ残ってるのよ」
そこに呆れ顔をしたセブンカラーズの面々がやって来る。
「ナナミ、無事に戻って来れたじゃん。ウチに構ってる暇があるんなら、さっさと避難勧告してきてやんなよ」
「ふんっ、避難勧告なんてもうしてあるわよ。それよりもアンタ、何変身解除してくつろいでんのよ。朝煽ったのは謝ってあげるわ、だからさっさと変身して戦力になんなさいよ」
「くつろいでるんじゃなくてさ……あー、いやさ、変身用ペンダント壊した」
「はぁ!?」
バツが悪そうにそう言うリオに、ナナミが思わず顔を歪める。
「ちょっと大物と戦ってさ、勝つためにはそれしかなかったんよ」
「はー、ホントにダメリオね。わかったわ、私達が大怪獣を足止めしてやるから、アンタは拠点の中で大人しくしてなさい」
ナナミは心底呆れた顔をしていたが、リオが激戦を繰り広げていたことを察してそっぽを向きながら言う。
「なにナナミにしては随分と殊勝じゃん」
「アンタと違って私はいつも殊勝よ。それに頼まれてるもの、エリュシオンに。大方、アンタも同じでしょ」
ナナミの言葉に、リオはミコトの腕の中に居るにゃん吉を一瞥する。
「ま、そうなるね。ナナミ、死なない程度にしときなよ」
「なによリオ、アンタが心配なんてホント珍しいわね。珍しく殊勝なのはアンタの方じゃない」
ナナミは照れくさそうにそう言うと、踵を返して大怪獣に向かおうとする。
「その必要はないのです。もう大丈夫なのです!」
だが、目を輝かせたミコトがそれを制止した。
その視線の先、学園の屋根には夕焼けも黒晶石も打ち払う銀の燐光が一つ。
それは、白いレオタードのような戦装束に燐光纏い、銀のツインテールなびかせて、黄金の瞳で大怪獣を見据える最強の魔法少女。
「ハッ。ったく、ウチもミコっちゃんのこと言えないや。エリュシオンが勝つことを微塵も疑ってないんだからさ。任せたよ、エリュシオン」
その雄姿を眺め、リオはそう呟いた。
***
『エリュシオオォォォオンッ!』
学園の屋根に立つ私の姿を見つけ、テラーニアだろう大怪獣が咆哮のような声で私の名前を叫ぶ。
「まるであの時と同じですね」
「ううん、全然違うよ。だってセレナちゃんは今ここに居るんだから」
抱きかかえたセレナちゃんを降ろしながら、私は首を横に振る。
あの時怖かったのは、私のせいで親友が死んでしまうこと。どんな強い敵が相手だって私は怯えたことなんてない。
「だから、もう終わらせてくるね」
「はい、信じています。エリュシオンは、こりすちゃんは、いつだって私にとってのヒーローなんですから。思う存分、駆け抜けてください」
「うん、行ってくる」
私は胸に挟んだままだったリオちゃんのスマホをセレナちゃんに預け、学園の屋根を飛び降り、大怪獣の右腕を駆け上る。
目指すは額、角のように黒く輝く巨大黒晶石。きっとあれが大怪獣の核だ。
『エリュシオン、エリュシオオォォォオンッッッ!』
「テラーニア、恐怖は向き合い乗り越えるべきもの。恐怖なんかになろうとした時点で、君は既に負けてるんだよ」
『ダマレ! ダマレェエエッッ!」
駆け上る私を振り落とそうと、テラーニアが暴れるように腕を振り回し、私が空中に投げ出される。
私は空中で身を捻り、テラーニアを見据えた。
対する大怪獣テラーニアも上を向いて私を見据え、そのまま大口を開けて黒い光線を打ち放つ。
夕焼け空を斬り裂いて、全てを消し去る黒い閃光が走る。
でも、私は既にそこにいない。
「穿つ銀の閃撃<エリュシオンダイブ>」
踏み荒らされた平原に着地する私の背後、額の黒晶石を貫かれ、更にその身を銀の閃光に穿ち両断され、大怪獣テラーニアが地響きと共に大地へ沈む。
テラーニアの黒い巨体が灰色に染まり、更に白い輝石へと染まっていく。そして、ついに全身白い輝石となったテラーニアが弾け飛び、平原エリアに盛大な白い輝石の雨を降らせた。




