第4話 怪獣王6
にゃん吉さんにメッセージを送信した私は、ミコトちゃんが開門するのを待つ間に周囲の様子を探る。
周囲の様子は静かそのもの。それはいいことでも、悪いことでもある。
黒晶花がこの深層から消えていく様子はなく、平原に送り込まれていた黒晶花の供給は止まった。それがいいこと。
悪い方は私に襲い掛かって来る敵も止まってしまったこと。親玉であるテラーニアはもう深層には居ない。恐らく、平原エリアに居るはずだ。
「セレナちゃん、無事だよね……?」
私は逸る気持ちを抑え込み、静かにミコトちゃんを信じて待つ。
戦いに赴く私をいつも送り出してくれていたセレナちゃん。まさかこんな形でその気持ちを体験するなんて思わなかった。
それでも、セレナちゃんは今も昔も私の背中を押して送り出してくれた。私にはきっとできないことで、だから私はその気持ちに応えなければならない。
静かな深層にポコンと聞き慣れたスマホの音が鳴り、にゃん吉さんからサムズアップする猫のスタンプが返ってくる。向こうの準備も整ったみたいだ。
私は黄金の瞳で前を向き、その時が来るのを今か今かと待ちわびる。
どこからかしゃらんと鈴のような音が鳴り、目の前で小さい光がきらりとひらめく。
そして一気に光が広がって、ダンジョンの境界のように別の風景が差し込まれる。
出来上がった次元の裂け目から見えたのは、キラッキラに目を輝かせて大興奮しているミコトちゃんの顔だった。
「お、おおおおおっ! エリュシオン様なのです、エリュシオン様なのですっ! 少々お待ちください、少々お待ちくださいなのですっ!」
向こう側に居るミコトちゃんが、妙なテンションでジタバタと体を動かす。
それに呼応して裂け目が大きくなり、正座しているミコトちゃんの全身が見え、第一拠点の転移ホールが見えた。
「今のうちに早くこちらへ! 開門は制約が多くて長時間できないのです。万が一、渡っている途中で閉じたらちょん切れるのです!」
え、怖い。空間系能力者の必殺技みたいになっちゃうの?
変身中の私はその手の能力を無効化するけれど、今回みたいな場合はどうなるんだろう。
私がつっかえて穴が閉じなくなるのかな? その拍子に抜けなくなったら、変身解除まで挟まって、解除と同時にちょん切れるんだろうか。その位なら空間破壊できると思うけど、流石に我が身で人体実験したくない、さっさと次元の裂け目を越えちゃおう。
私は恐る恐る境界を触り、通り抜けられることを確認すると、手招きするミコトちゃんの所へと境界をくぐった。
「ありがとう、君のおかげで深層から手早く戻ってこれたよ」
「お任せくださいなのです! 私は貴方の巫女ですので!」
招き猫みたいに手招きしていたミコトちゃんにお礼を言うと、顔を紅潮させたミコトちゃんがいそいそと次元の裂け目を閉じていく。
私の巫女なんだ。本人非公認だけど、そういう設定なんだ。
「そうだ。これ、黒い髪の赤頭巾みたいな子からの預かりもの。もしよければ返してあげておいてくれないかな」
言いながら、私は手にしたスマホをミコトちゃんに手渡す。
「承知したのです!」
ミコトちゃんは褒美を受け取る臣下のように、恭しく頭を下げながら両手でスマホを受け取った。
いや、賜った感じだけど、後でちゃんと私に返してくれるんだよね? そうだよね?
「エリュシオンだ!」
「嘘、本物……?」
「いや、でもセブンカラーズの配信で深層に行くって言ってたぜ」
転移ホールのど真ん中に陣取って、悪目立ちするやり取りをしている私達、当然周囲の視線は独り占めだ。
「深層から送り込まれていた黒晶花は止めました。後は平原エリアに残っている敵を倒すだけです」
私がそう説明すると、転移ホールが一気にざわつく。
普段、変身した状態で他人と話すことがないから、挙動不審になっていないか凄く心配。キャラ崩れる。はやくこの場から逃げたい。
「この騒動、幕引きは私がします」
そう言って、私が逃げるように外へ駆け出すと、第一拠点前には大の字になって倒れているリオちゃんと、うつ伏せになって倒れている鳳仙長官こと妖狐華恋が居た。
「君!」
「悪い、滅茶苦茶キツイ勝負した後でさ、話すのも辛いんだわ」
私がリオちゃんに声を掛けると、リオちゃんは大の字になったまま視線だけをカレンに向ける。カレンは気を失っているけれど息はあるようだった。
「やあやあ、お久しぶりだねエリュシオン。そこの怪人、彼女の上司だったらしいからね。生け捕りにするために無茶したんだよ、彼女」
代わりに、とっても見慣れたメタボ猫がここで起こったことを説明してくれる。
なるほど。そりゃあリオちゃんにとって、鳳仙長官は今日の朝まで上司だった人だもんね。上手く殺さずに加減できてよかったね。
私はカレンの首根っこを掴むと、ひょいと拠点に投げこんでおく。
「キミが来るとカレンを一撃必殺されちゃうと思われたみたいだね」
そう言って、にゃん吉さんが愉快そうに笑う。
ねえ、にゃん吉さん。さりげなくエリュシオンの友人ですアピールしちゃってるけど大丈夫? そこら辺の設定、ちゃんと齟齬がないようになってるんだよね?
ちょっぴり心配なものの、私もにゃん吉さんには無茶振りしているので、何かあったら私の方でアドリブを利かせるしかないと割り切った。
「さて、それでこっちの様子なんだけどさ、闊歩してるモンスターがやけに強そうなのになってるんだ。ボクの見立てだと、キミがやってくれないと人死にが山ほど出ると思うんだよ」
周囲を見回すにゃん吉さんにつられて、私も周囲を確認する。平原エリアを我が物顔で闊歩するモンスター達は、普段見かけるモンスターより数段強そうだ。もしかすると深層モンスターも混ざっているかもしれない。
黒晶石の侵食を抑制するセレナちゃんが居るのに、平原エリアの敵が強くなっている。
それは、テラーニアもここに居て、セレナちゃんと戦っていると言うこと。できることなら一刻も早く駆けつけたい。
「時間がないんだけど、やるしかないね」
それでも私は引き受けざるを得ない。
天狼こりすは、魔法少女エリュシオンは、目の前で困っている人達を見捨てない、見捨てられない。だから、私はセレナちゃんを信じて皆を助けることを優先する。
皆が皆、深層モンスターに対抗できる訳がないことはわかりきっているし、何よりセレナちゃん自身がそんなことを望まないはずだから。
「ならさ、これ持ってきなよ。時間、これで短縮できると思うから」
そこでリオちゃんが私に声を掛け、寝転んだまま自らのスマホを私の傍らに浮かべてくれる。
「これは……どういう意味?」
「配信、使いな。このエリアにはライブカメラが沢山設置されてるから、視聴者にそれを確認してもらって、敵を探せば効率いいっしょ」
「なるほど」
言いながら、手順を教えてくれるリオちゃん。
私にとってのダンジョン配信は、正体露呈の確率が上がる恐怖のイベントでしかない。こう使うなんて私にはなかった発想だ。
「今ウチができるのはこれぐらい。やっぱ、ウチはエリュシオンみたいにはなれないや」
「でも君はここに居る。私も魔法少女のはしくれだから、それがどれだけ勇気が要ることか知っているつもりだよ」
寂しそうに言うリオちゃんに、私は嘘偽りない気持ちでそう答える。
すると、リオちゃんは少し頬を赤らめて私を見た。リオちゃん、そんな顔できるんだ。
「だから、魔法少女として君が恥すべき所はひとつもないよ」
私はそう付け足してリオちゃんに背を向けて走り出す。
「はぁ、クソっ、こんな時になに感動してんの、ウチ。ヒーローショーで握手して貰ったちびっ子かよ」
後ろで、両頬に手を当てたリオちゃんが何か言っていた気がするけれど、平原を音より疾く走る私にはその言葉は聞き取れなかった。
2025/7/8
誤字修正しました
誤字報告ありがとうございます




