第4話 怪獣王4
「にゃん吉っさん?」
「まずは槍を強化してみようか。変身する時と同じ要領で槍に魔力を流してごらん、そうすればあの虎の攻撃を避けずに受け止められるはずさ」
「は?」
どうしてにゃん吉がそんなことを言えるのか、思わぬ言葉に目を丸くするリオ。
その隙を衝いて、一匹のジオタイガーがリオに飛びかかった。
「くそっ、こう!?」
にゃん吉に言われた通り、槍に魔力を通して爪撃を受け止めるリオ。鋭いジオタイガーの爪が、魔力の通った槍によって逆に欠けた。
「そして、そのまま薙ぎ払う。ついでに炎の魔法を使うイメージで槍に炎をつけてごらんよ」
にゃん吉に言われるがまま、槍を薙いで反撃するリオ。
炎を纏った槍がジオタイガーをバターのように切り裂き、両断されたジオタイガーが火だるまになった。
「マジか、こんなに簡単に?」
「魔法少女だもの、これぐらいはできるさ。魔法少女が増えたのはいいけど、ボクに言わせて貰えば我流じゃ宝の持ち腐れだね」
「にゃん吉っさん……何者よ」
「ふっふっふっ、何を隠そうボクこそがエリュシオンの相棒猫、にゃん吉さ。おっと、こりすちゃんにはボクの正体は内緒だよ。ばれたらダイエットしろってうるさいからね」
シシシと笑うにゃん吉。
「……いや、そこは素直にダイエットさせられときなって、笑う時に肉と肉せめぎあってんじゃん」
横から飛び掛かって来るジオタイガーの爪を受け止め、先程と同じように火だるまにしながらリオが呆れ顔をする。
「ダイエットの話は後にしよう。石突を後ろに突き出すんだ」
リオはにゃん吉の指示に従い槍の石突を後ろに突き出し、背後から襲い掛かる鬼の体勢を崩す。
その隙を見逃さず、リオが身を捻りながら槍を薙いで鬼の胴体を斬り飛ばした。
「さあ、今のうちに残りの虎を倒しちゃおうか」
「いわれなくても!」
正面から真っすぐに飛び掛かって来るジオタイガーを薙ぎ払いで迎撃し、そのままジオタイガーを弾き飛ばす。
「にゃん吉っさん、マジ凄いね。これなら楽勝じゃん!」
ジオタイガーが黒い煙を上げて消えていく前、上機嫌で肩に槍を担ぐリオ。
「危ない!」
だが、油断するにはまだ早いと、そこに無数の火球が撃ち込まれた。
「っ!」
リオは槍を振り回して火球の幾つかを払いつつ、残る火球を転がって回避する。
駐車場のアスファルトが溶ける嫌な臭いの中、姿を見せたのは十二単を着た金髪の妖狐。鳳仙華恋だった。
「よき戦じゃったぞ、リオよ。やはり魔法少女たる者、それ位の気概がなくてはの」
「はっ。その姿、やっぱ長官は怪人共のお仲間だったってワケっすか」
リオは槍を構え、余裕綽々のカレンを睨みつける。
「こんここんこ、愉快や愉快。実に良き眼じゃ、早朝とはまるで別人よ。なんじゃ、妾が育てた魔法少女も満更ではないではないか」
手で口元を隠し、カレンは九本の尻尾をぼっふぼっふと振って喜びを表現してみせる。
「大怪獣連合とやらの一味の癖に、魔法少女育てて何を目論んでるんすか」
「くふふ、よくぞ聞いてくれた。妾にとって魔法少女とは……愛じゃ」
「は?」
「あれは妾の所属していた組織がエリュシオンによって討滅された時のことじゃ。数多の大幹部が一瞬にして敗れ、隠れ家が崩れ落ちる中、恐怖で怯え逃げる妾は一瞬だけエリュシオンと目が合った。絶対な死であるあの美しい黄金の瞳、妾は生涯忘れられぬ」
警戒感を露わにするリオとは対照的に、カレンは談笑でもするかのように、楽しそうに語っていく。
「で、逃げ出して復讐を誓うと」
「否、否、そんな興趣に欠ける無粋人と思われては困る。無我夢中で必死に逃げ、落ち延び、ようやく安堵した時じゃ。人心地ついた妾は黄金の瞳を思い出し、再度恐怖した」
カレンは自らの体を抱きかかえるようにすると、はふと熱い吐息を吐く。
「その瞬間。恐怖に満たされたこの腹から、全身を打つような悦楽の雷が全身を駆け巡った!」
「は、は、はぁ?」
会話が思わぬ方向に転がりだし、リオが意味不明だと眉根を寄せる。
「それ以来じゃ、エリュシオンの黄金の瞳を思い出す度、痺れるような恐怖と快楽が全身をのたうつようになったのは! これを愛と呼ばずしてなんと呼ぼうか!」
体を抱きかかえるようにし、紅潮した顔で息遣い荒く叫ぶ長官。
「うわぁ、参ったなぁ。彼女、セレナちゃん系の危険人物だね、まあセレナちゃんはあれの比じゃないんだけどさ」
「うわー、マジか。学園長代理、あれ以上なん? 激ヤバじゃん、矢印どこに向いてんのよ」
「そこは本人のプライバシーにしておくよ」
「そして、あの衝撃を今一度と恋焦がれ、ダンジョン庁に紛れ込み自ら魔法少女を育ててもみたが、エリュシオンのような悦楽をくれるまで育った者はおらぬ。怪人の方を見ても、大怪獣連合共は興趣を解さぬ愚物の集い。つまらぬ、げにつまらぬ、いい加減飽いてしもうたわ」
カレンは胸元から扇子を取り出すと、軽い溜息混じりにぱたぱた扇ぐ。
「はぁ、気分サイアク。ウチ、割と長官に感謝してたんすけど。ドマゾ狐が変態プレイするための道具かよ」
「リオちゃん、そう言う怒りは禁物さ。彼女、キミより格上だよ。熱くなってちゃ僅かな勝機すら引き寄せられないよ」
「わかってる」
「そうとも、安心するがよい。妾は趣味に手抜きは許さぬ性分じゃ。お主達を育てたのは本気も本気、今お主が妾に向けている見事な眼差しがその証拠よ」
「そりゃどーも、ついでボコっていいですか」
リオが槍の切っ先をカレンに向けて言い放つ。
「無論、よいぞ。むしろ、そう来なければ縊り殺しておったとも。縁切りついでに開門の姫巫女を回収しておこうと来てみたが、焦がれたものが在るとは嬉しい誤算よ」
それを見たカレンが愉快そうに笑い、狐の形にした両手を動かす。
たちまち、カレンの周囲に無数の青い鬼火が漂い始めた。




