第3話 魔法少女の再起4
私、白鴎院セレナの幼い頃は、きっと可愛げのない子供だったと思う。
世界経済の黒幕とさえ称される白鴎院の本家に産まれた私は、白鴎院家の本家に相応しい才覚、容姿、環境、全てに恵まれている。
そして、それと引き換えに私の一生は白鴎院と言う巨大な箱庭の中で完結し、終わる。そんなことを子供ながらに思っていた。
今思えば、高慢で子供じみた自己評価だと苦笑いしてしまうけれど、あの頃は本気でそう思っていたのだから仕方がない。
だから、あの頃の私はいつも醒めた眼で、鈍色にくすんだ世界を遠巻きに眺めるだけだった。
物わかりがいい顔をして、箱庭から出ようともせず最初から諦めていたくせに。本当に可愛げのない子供だったと思う。
でも皮肉なことに、そんな諦念の箱庭は怪人と言う異物が現れたことによって壊れ、私の醒めた心は子供が抱く根拠のない万能感の産物でしかないと思い知らされる。
圧倒的で不条理な暴力によって崩れる日常、自分は単なる力ない子供に過ぎなかったと気づき、震えることしかできない中、私は彼女と出会った。
銀のツインテールを靡かせ、颯爽と舞い降りる魔法少女エリュシオン。年頃も同じはずの魔法少女は瞬く間に怪人達を両断し、さも当然のように私へと手を差し伸べる。
その眩しさに私は心を焼き焦がされ、その正体が可愛い同い年の女の子だと知って、更にもう一度入念に心が焼き焦がされてしまった。
それが魔法少女エリュシオンであり親友でもあるこりすちゃんが、私の心に消せないほど焼き付いてしまった瞬間。鈍色にくすんだ世界が色を取り戻した瞬間でもあった。
差し出されたこりすちゃんの手を取って、私はその輝きを追いかけて箱庭を飛び出した。
エリュシオンの正体を知る共犯者となり、親友となり、真っすぐに駆け抜けるこりすちゃんに想い焦がれるまま、置いて行かれないよう必死にその背中を追いかけた。
……そして、私の不注意でエリュシオンは舞台から降りることを選んだ。
当の彼女は自らの罪のように語るけれど、私にとってそれは私の罪に他ならない。
でももしかしたら、こりすちゃんは魔法少女を止める口実を探していたのかもしれない。己の罪悪感を希釈する為、そんな言い訳じみた弱い考えがよぎることもあった。
けれど、彼女は再びエリュシオンに変身し、魔法少女として誰かを助けるため奔走した。そして今も誰かの窮地に居ても立っても居られずうずうずしている。
結局、彼女は根っからの魔法少女であり、私の為にそれを抑圧していただけだったのだ。
それを確信してしまった以上、私は向き合わないといけない。私が地に落としてしまったあの輝きを、私が取り戻さなければならない。
親友だから? 贖罪だから? どちらも正しく、どちらもきっと間違っている。
私にとっての天狼こりすは夜空に一番眩しく輝く天狼星。いつだってその輝きを愛し、恋焦がれ、追いかけ続けたいのだ。
その為には胸を張ってこりすちゃんと向き合えるようにならなければならない。
だから、私は愛するこりすちゃんの輝きを取り戻す。私が奪ってしまったエリュシオンと言う名の輝きを。
***
その後、私とセレナちゃんは、セレナちゃん家の車に乗ってダンジョン学園へと急いでいた。
車の中、早く学園に着かないかなってそわそわしつつ、私はさっきミコトちゃんに言われた言葉を思い出していた。
まだ向き合っていないってどういう意味だろうか、私は二度とセレナちゃんを危険な目に遭わせないために魔法少女を辞め、セレナちゃんの怪我を治す為に行動している。
違う、欺瞞だ。私はその欠落に気付いている。私はミコトちゃんに言われた通り、向き合わないまま目を逸らし続けているのだ。
「あ、あのさ、セレナちゃん……」
だから、私は恐る恐るセレナちゃんへと声を掛ける。
多分、このわだかまりに決着をつけるなら、ミコトちゃんの言葉に背中押されている今しかない。
「はい、こりすちゃん」
私と同じように考え事をしていたセレナちゃんが、真剣な表情のまま私の方を向く。
うっと逃げ出しそうになるけれど、ありがたいことにここは逃げ場のない車の中。私は勇気を出して口を開く。
「あのね、私はセレナちゃんを二度と危険な目に遭わせたくなくて、魔法少女を辞めたんだ」
「はい、知ってます。……こりすちゃん、貴方は自分がエリュシオンであることを止めて、私が喜ぶと思いますか?」
心の中を映した鏡のように返って来る言葉。それは私の急所を的確に抉る、実にセレナちゃんらしい質問だった。
そして私がそう思うってことは、私がエリュシオンであることを止めてもセレナちゃんは喜ばない。そう心の中で思っていたと自白するようなものだった。
「……思わないよ。でも、親友であるセレナちゃんに傷ついて欲しくないから。私は自分が戦って傷つくよりも、誰かが傷つく方が痛いんだよ」
セレナちゃんにまでここまで見透かされているのなら、もう隠さず曝け出すしかない。
いつも通りに接してくれているセレナちゃんに甘え続け、気づかぬふりをしていた本音をようやく私は口に出す。
「だから誰かが窮地に陥っていれば、迷わずエリュシオンになるんですよね。昨日のように」
「うっ……」
そして、セレナちゃんのたった一刺しで私は反論に詰まる。それは大いなる自己矛盾だった。
私が自分自身に言い聞かせて来た口実は、こんなにも容易く瓦解するほど薄っぺらだったんだ。瞬殺過ぎて涙出そう。
「こりすちゃん、もう意地を張るのは止めにしませんか? にゃん吉さんが言っていた通り、私だって気づいています。貴方は魔法少女に戻る必要すらないんです。見て見ぬふりをしていただけで、最初からずっと魔法少女のままなんですから」
止めのように突き付けられたその言葉は、セレナちゃんの気持ちと同じぐらい目を背けていた、私自身の本当の気持ち。
そう結局の所、私はエリュシオンであることを捨てていなかった。
入学初日、今まで引退できていたのは奇跡だってにゃん吉さんに笑われたけれど、本当にその通りだ。奇跡的に運よく、変身しないといけない場面に出会わなかっただけの話だ。
「そ、それでも割り切れないよ。私はセレナちゃんに負い目があるから……」
「それは……私も同じです。私は自分がエリュシオンの弱点となり、親友が魔法少女にならない理由になってしまった罪の意識があるんです。私もこりすちゃんのようにそれが自分で許せません。それは自分の体に黒晶石が入った苦しさよりも、苦しいんです」
「そんなことセレナちゃんが気にする必要なんてないんだよ! それは私が決めたことなんだから!」
慌てて私は大きく首を横に振る。
「その言葉はそのままお返しします。魔法少女は傍目に大変ですから、辞めるための丁度いい口実なのかもしれない。そう思って、今までは強く言えませんでした。でも、昨日の事でそうじゃないって確信しました。だからはっきりと言います、私は貴方が魔法少女を止めることなんて望んでいません」
じっと私の目を見てそう告げるセレナちゃん。返せる言葉はなかった。
私だって本当はわかっていた。私が魔法少女を辞めてもセレナちゃんは喜ばないって。
なら、どうして私は魔法少女を辞めてしまったんだろう。多分、私はセレナちゃんを怪我させてしまったことに恐怖し、ちゃんと向き合うのが怖くて逃げていたのだ。
失敗した事実に怯え、傷ついたセレナちゃんと向き合うことが怖かった。だから魔法少女を辞めると言う罰を自分に科して、それを逃げ口実にしてしまったんだろう。
それでも、私は今ようやく直視して認めてしまった。セレナちゃんから逃げていたことに、自分がいまだに魔法少女で在り続けていたことに。
気付いてしまった以上、私はもう逃げられない。逃げない。
こうやって真っすぐに向き合ってくれている親友に、これ以上卑劣な真似をする訳にはいかないから。
「あのね、セレナちゃん……」
覚悟を決めた私がそう口を開こうとしたその時、車が大きく揺れた。
2025/1/11
誤字を修正しました
ご指摘ありがとうございます




