第3話 魔法少女の再起3
「リオだけど、乳……こりっちゃん、あの後首輪巫女ちゃん帰って来たか知ってる?」
慌てて口の中の物をのみこみ、スマホを取って通話画面を開くと、リオちゃんが開口一番そう聞いてくる。
「あ! うん、うちに来てお味噌汁飲んでる。連絡入れるの遅れちゃってごめんね」
言って、お行儀よくお味噌汁を飲んでいるミコトちゃんを画面に映す。
慌ただしくてすっかり忘れてたけど、私はリオちゃんにミコトちゃんの救出をお願いしてたんだ。
自分が引き継いで連れ帰っちゃったから終わった気になっていたけど、リオちゃんは私がエリュシオンだって知らない。どう考えても先に連絡しておくべきだった。リオちゃん、誠に申し訳ない。
「あー、めっちゃ幸せそうに味噌汁飲んでんじゃん。一緒に居るなら多分知ってると思うけど、ウチは途中でリタイアして、エリュシオンに首輪巫女ちゃんのことぶん投げちゃったから。ごめん」
そう言って、リオちゃんは自嘲する。
二日続けて不覚続きで、リオちゃんちょっと心が折れかけてる?
「そ、そんなことないよ! リオちゃんありがとう!」
だから、私は必死に感謝の言葉を告げる。
リオちゃんが引き際をミスしたのだって、私がミコトちゃんのことをお願いしていた影響は間違いなくある。
「はっ、ありがと。それとさ、藪から棒なこと聞くけど……こりっちゃん、あの後ウチ等のボスに会った?」
リオちゃんは少し照れたように笑うと、その表情を真剣なものに正して私に尋ねる。
ボスってダンジョン庁の鳳仙長官さんだよね? ミコトちゃんの那由他会に来てた狐怪人疑惑の人。
「ううん、会ってない」
「そっか……」
「何かあった?」
「……いやさ、鳳仙長官、首輪巫女ちゃんが帰って来たの既に知ってたぽくてさ。いつ知ったんだろ、流石にエリュシオンの正体って訳はないだろうし」
不思議そうな顔をするリオちゃん。
対する私は、疑念を裏付ける証拠の出現に言葉を失っていた。
「リオさん、今の話本当ですか?」
代わりに、私の後ろからセレナちゃんがスマホの画面を覗きこむ。
テーブルマナーガチ勢のセレナちゃんがこんなお行儀悪するなんて珍しい。
「学園長代理も一緒に朝ご飯? えー、こりっちゃん、これどういう交友関係なん?」
「どういうって……幼馴染で親友」
だと私は今も思ってる、セレナちゃんも思っていて欲しい。そんな情けない言葉を心の中で付け足す。
そんな私を見て、ミコトちゃんが何故かふむふむと頷いていた。
「あの白鴎院と幼馴染って……こりっちゃんいい所のお嬢さんなん? そりゃ栄養で胸も大きく育つわ」
と、そこでリオちゃんが慌てて口に手を当てて黙る。失敗していつものノリを出しちゃったことに気づいちゃったんだろう。
ちなみに、私のお家は一般家庭。変わっているのは、仕事で海外に行って留守がちな両親の代わりに、できる猫が家事を手伝ってくれるぐらい。……あれ、かなりの逸般家庭かも。
「いえいえ、リオさんお気になさらず。私もこりすちゃんに会う度、お胸が順調に育ってるなと思ってますから」
恐縮するリオちゃんに、セレナちゃんが笑顔で言う。
リオちゃんは恐縮して気づいてないけど、今の発言結構攻めてない? セレナちゃん、私恥ずかしいよ。
「あー、もう、調子狂うな。なんで学園長代理、一応それとなく確かめてみて貰えません? 今日長官と会う用事がありますよね?」
「え、ありませんよ?」
頭を掻きながらそう言うリオちゃんに、セレナちゃんがはてと小首を傾げた。
「あれ、おかしいな。朝長官に会った時、この後ダンジョン学園で用事があるって言ってたんで、てっきり……」
言いながら、リオちゃんの表情が渋くなる。
私も多分、今のリオちゃんと同じことを考えている。これは一刻を争う事態かもしれない。
「セレナちゃん、私学園に行って確かめてくる!」
居ても立っても居られず、立ち上がって玄関に向かおうとする私。
「待ってください、こりすちゃん! 一人で行ってどうするんですか、普通の生徒じゃ教員エリアにすら入れませんよ」
「う……。で、でも皆が危ないかもしれないから!」
そんな私をセレナちゃんが冷静に呼び止める。
私は一理あるって部屋の前の廊下で足を止めつつ、そわそわと玄関をチラ見する。我ながら完全に挙動不審だ、ここが自宅でよかった。
「んもう、こりすちゃんたら。リオさん、この件は学園長代理としてお預かりしておきますね」
「すみません。お願いします、学園長代理」
「はい、任せてください。こりすちゃんもそれでいいですね?」
「う、うん」
真剣な表情をしたまま通話を終了するセレナちゃん。
そのままセレナちゃんは自分のスマホで学園に連絡を入れていたけれど、誰も出ず連絡がつかない。
転移装置の大本が設置されているダンジョン学園には常に警備の人が居るはず、これはいよいよマズいかもしれない。
「こりす、セレナ! 私もついていくのです! 私は開門だけじゃなく、癒しの奇跡とかも使えるのです! ピンチになっても大丈夫なのです!」
そこでご飯を食べ終えたミコトちゃんが、はいっと大きく手を挙げた。
「だ、ダメだよ、ミコトちゃん! 流石にミコトちゃんまではダメだって! 鳳仙長官に狙われてるかもしれないんだよ!?」
私は慌てて廊下から部屋に戻ると、意気込むミコトちゃんを必死に制止する。流石にミコトちゃんを連れていくのは危険すぎる。
逃げ出した相手が目の前にのこのこ戻って来るなんて、鴨がネギを背負ってやって来るようなものだ。
「そうですね、流石に今回同行してもらうのは危険です。向こうの計画を後押しすることになりませんから」
「うー……」
「ミコトちゃんは私の家で隠れていてよ。ここならそれなりに安全だから。ね、にゃん吉さん」
私はにゃん吉さんにミコトちゃんの保護を依頼する。
にゃん吉さんはしっかり者だから、そつなくミコトちゃんの面倒を見てくれるだろう。
「おやおや、こりすちゃん。そこでボクに会話をふるのかい?」
「こりす! 猫が喋っているのです!」
残念そうに唸っていたミコトちゃんだったが、にゃん吉さんが喋ったのを見て、目をキラキラと輝かせた。
申し訳ないけれど、玩具を貰って機嫌が直った子供みたいだ。勿論、それを狙ってにゃん吉さんに声をかけたんだけど。
「はっはっはっ、ボクはダンジョンを歩いた歴戦の猫だからね。レベルの恩恵で人語スキルを持っているのさ。そのおかげでこりすちゃんのお家でいい暮らしができているって寸法だよ」
そんな私のパスを、にゃん吉さんが口から出まかせでアシストしてくれる。
堂々と口から出まかせを言えるにゃん吉さんの口八丁が凄い! 私が口喧嘩で勝てないわけだ。
「おおおー、凄いのです! しかも、エリュシオン様の相棒と同じ黒猫なのです!」
そんなにゃん吉さんを見て、より一層目を輝かせて感動するミコトちゃん。
「うーん、うちのメタボ猫はそんなにカッコいい猫じゃないかな……」
私はそんな様子に苦笑いしながらそう呟く。
本人なんだけど、もはや見る影ないよね。やっぱりダイエットが必要だよにゃん吉さん。
「お待たせしました、もうすぐ迎えの車が来ます。急ぎましょう、こりすちゃん」
そんなやり取りをしているうちに、セレナちゃんも準備を終えていた。セレナちゃん、行く気満々だ。
どう考えてもセレナちゃんに同行してもらうべきなんだろうけれど、またセレナちゃんを戦いに巻き込むことになってしまう。
心情的には承服したくない。でも、理性はこうするしかないってわかってる。
自分自身セレナちゃんと一緒に行く準備をしている癖に、この期に及んでこんなことを考えているなんて、我ながら本当に往生際が悪くて情けない。
「わかったのです。こりすの悩み」
そんな私を見て、膝ににゃん吉さんを乗せたミコトちゃんがそう言った。
「な、なにミコトちゃん、急にどうしたの?」
「悩みがあるのは初対面からわかっていたのです。お友達として力になってあげようと観察していたのです」
「そ、そう言えば初日に言ってたもんね」
あれ、宗教勧誘の口実じゃなかったんだ。ちょっとびっくり。
それに言われてみれば、昨日からミコトちゃんは事あるごとに私達を観察していた。あれ親切心からだったの?
「こりすとセレナはお互いに負い目があるのです。そして……まだ向き合っていないのですね?」
「む、向き合っていないって、なにと?」
「それは知らないのです。ただ、私は相談を受ける時に最初にこう諭しているのです。乗り越えるにしても、逃げてみなかったことにするにしても、まずは向き合わなければ始まらないと」
見透かしたような瞳で私とセレナちゃんを見て、ミコトちゃんがにこりと笑う。
美少女の体をしたちびっこみたいな普段と違い、その立ち振る舞いは心を見通す神秘的な姫巫女そのもの。
暗黒教団でもこうやって信仰を集めていたんだろうってわかるの、怖い。
「私もお友達が仲良しの方が嬉しいのです、さっさと仲直りしておくのです」
言い終えて満足したのか、ミコトちゃんはキッズアニメを見ながら食後のお茶を飲み始めてしまった。もう話すことはないらしい。
「ミコトちゃん、せめてもう少しわかりやすく言ってよぉ……」
「そうかい? 最初から至極明瞭な話だと思うけどなぁ。こりすちゃん、キミ本人以外には一目瞭然だよ。勿論、セレナちゃんもわかってるしね。だからいい加減、無駄な抵抗は止めて素直になった方がいいと思うんだよね、ボク」
ミコトちゃんのお膝からひょっこり顔を出して、にゃん吉さんがからりと笑う。
その姿は正に巫女の威を借るメタボ猫。
それがちょっと悔しくて、なんか言い返してやろうと思っていたけれど、その前にセレナちゃん家の車が到着してしまったから、私は一目散に車へ飛び乗った。




