エピローグ[5章]2
リオちゃんから逃げた私が平原エリアのゲート前に到着すると、ゲート脇に怪しげな宗教団体の一団が陣取っているのが見えた。
「うわあ……」
本来ならスルーしたい所だけれど、どう考えてもそれはできない。
なにしろ、あの一団の中心にいるのは白髪に赤と青のオッドアイの女の子、つまりミコトちゃんなのだ。
また無自覚で悪さをしていないかチェックをしておかないと、後で大変なことになりかねない。
「こりすー! おはようなのです!」
意を決して私が近づくと、ミコトちゃんが満面の笑みで手を振って出迎えてくれる。
「お、おはよう、ミコトちゃん。そこで何をしているの?」
「部外者は黙っているがいいんだよ。お前には関係のないことなんだよー」
恐る恐る私が尋ねると、傍にいたメイちゃんが洞のような目をして威圧してくる。
怖い! 相変わらずの敵愾心を感じる!
「ファンヌにこの前のお礼を貰っていたのです!」
「ファンヌ?」
小首をかしげて一団の中を見てみれば、確かにファンヌと白鳥さんの姿があった。
「君はセレナお嬢様と一緒に居た……にゃん吉君の所の子だね」
「はい。え、ええと、珍しい組み合わせですね。にゃん吉さんの予定的に、ファンヌはダンジョン冒険に行く予定だったよね?」
「そうだよぉ。パパったら私の練習についてくるって聞かないんだもん。お仕事まで他の人に任せちゃって、気合十分なんだー!」
「ファンヌの戦闘は危なっかしいと聞いているからね。このまま克服するか、それとも別の形を模索するか、二人で一緒に考えようと思うんだ。一口に魔法少女と言っても、色々な活動スタイルがあるみたいだからね」
言って、白鳥さんが清々しい顔で笑う。
白鳥さんにとって、ファンヌの為に使うこの時間は、他のどんなものよりも価値があるんだろう。白鳥さんもまた、零したものを拾い上げることができたのだ。
きっと、これからのファンヌと白鳥さんは、私とセレナちゃんみたいに二人三脚で魔法少女活動をしていくんだろう。
「それで、パパとダンジョンに行く前に、首輪巫女ちゃんにこの前のお礼をしてたんだよぉ」
「そっか……ファンヌ、白鳥さんと色々相談して決めるといいよ。一人で決めるより、二人で決めた方が絶対にいい意見が出るんだから」
「うん、わかってる。乳頭巾ちゃん、お家のにゃん吉さんによろしくね~☆」
私達に手を振って、ファンヌと白鳥さんは一足先に平原エリアへと入っていく。
「今のファンヌなら、私が教え導く必要もなさそうなのです」
その後ろ姿を、ミコトちゃんが満足そうな顔で見送った。
あ、ミコトちゃんも、ファンヌのこと気にしてたんだ。私とセレナちゃんがギクシャクしてた時も気にしてくれたし、善良で親切なのは確かなんだよね……。本当に厄介。
「それで、ミコトちゃん。お礼って何を貰っていたの?」
「手に入らないと諦めていたご神体なのです。那由他会の新たなる宝物なのです!」
大きな胸を大きく張って、ミコトちゃんが台車に乗せられた段ボール箱をどや顔で叩く。
「ご神体……」
「お前、今またろくでもないのをって思ったんだよ?」
私の心の内を見透かして、メイちゃんが無表情のまま威圧してくる。
「お、思ってないよ! どんなものなのか気になるよ!」
私は必死に声を上ずらせながら言う。
気になるのは嘘じゃない。どんな危険物かちゃんとチェックしておかないといけないし。
「むふー、見てみるといいのです!」
私の返答に気をよくしたミコトちゃんが、満面の笑みで段ボールを開く。
そこに入っていたのは白鳥邸で見たエリュシオンのフィギュア。服が脱げてお乳がまろびでる奴だ。
私の尊厳を凌辱する物体が、ご神体として取引されてる……。そっか、この組み合わせ、この共通点があったんだ……。
「うん……。ミコトちゃん、宝物庫に厳重封印して大切にしまっておいてね」
「そんな勿体ないことはしないのです! 祭壇に祀って毎日皆で礼拝するのです!」
い・や・す・ぎ・る! 思わず心の中で絶叫しちゃった!
「お前、そんな所で悶えている暇があるんだよ? 冒険、お前もするんじゃないのかよー」
「あ、そうだ! ミコトちゃん、ダンジョン学園の探索ノルマ、今週一杯だよ! 急いでこなさないと!」
「私はもう終わっているのです。リオとこの前行ってきたのです」
えっ、ええっ!?
「ど、どうして私も誘ってくれなかったのぉ!?」
「誘おうと思ったのです。でも、こりすは家族と一緒に出かけていると、セレナが教えてくれたのです」
私、最近家族に会ってないけどって、狼狽しながら最近の出来事を思い出す。
あれだ! エリュシオンに変身して、アビスナイツなんたらって組織を壊滅させてた! セレナちゃんが誤魔化してくれたんだ!
「お前、留年するんだよ?」
「しないよ! しないように今から頑張るよ! それじゃあね、ミコトちゃん。私今から探索課題こなしてくるから!」
「頑張るのです! 万が一冒険中に体の一部が取れたら持ってくるのです、首が千切れていようが私が繋げてあげるのです!」
「首が千切れたらその場で即死だよぉ!?」
応援になってない応援をしてくれるミコトちゃんにツッコみながら、私はダンジョン学園へと急ぐのだった。
「うふふ、こりすちゃんは朝から賑やかで楽しいですねぇ」
ダンジョン学園の学園長室、私から道中の出来事を聞いたセレナちゃんが楽しそうに笑う。
「笑いごとじゃないよ……。リオちゃんに頼める状態じゃないし、他に引率してくれる人に心当たりがないし、私の成績は今や風前の灯火だよ……」
「大丈夫ですよ、こりすちゃん。私が引率できますよ、学園長代理ですから。それとも学生証みたいに成績改竄で済ませておきます?」
「真顔でなんてこと言うの、セレナちゃん! 改竄はどう考えても卑怯だよ! 学生証の方はやむにやまれぬ理由だし!」
私の学生証がクラス詐称しているのは、銀の天狼星なんてトラブルの元みたいな酷いクラスのせいなのだ。
それとこれは全く話が別に決まってる。
「じゃあ、やっぱり私が同行しますね」
「う、うん。お仕事忙しい所申し訳ないけれど、お願い」
「大丈夫ですよ。こりすちゃんのためなら、お仕事ぐらい全部投げ捨てますから。ラブリナさん、後のことはお願いします」
セレナちゃんは、上品に微笑んでとんでもないことをのたまうと、机で書類を作っているラブリナさんに後を頼む。
現在、ラブリナさんはセレナちゃんの秘書みたいなことをしている。何しろ一時は同じ体に同居していて、お仕事も一緒にこなしていた間柄。これほどの適任者は他に居ないだろう。
……そして、ラブリナさんの胸元には、ひび割れ砕けた白い輝石が嵌め込まれたペンダント。あの輝石はセレナちゃんの中に入っていたラブリナさんの白い輝石だ。
きっと、セレナちゃんと一緒にいたラブリナさんは、零したものと一緒に今目の前に居るラブリナさんへと還ったのだ。私はそう思っている。
「はい、引き受けました。平和を守るために奔走するこりすが、そのせいで自分の人生を棒に振っては不憫ですから」
私が少し感傷的な気分になっていると、ラブリナさんは書類を作る手を止め、銀色の髪をかきあげながらにこりと笑ってそう言った。
「そ、それ、冗談にすらならないよぉ!?」
今、感情が直滑降! 将来の不安を煽るような発言はやめていただきたい!
「よぉ、テメー等は相変わらず楽しくやってんな」
「元気で大いに結構。今日と言う日が平和である証拠ではないかね」
そんなやり取りをしていると、テラーニアとラフィールがやってくる。
「あ、二人とも来たんだ」
「ラブリナを誘って物見遊山にでもでかけようと思ったのだがね。ふむ、だがどうやら今日は忙しいらしい」
私とセレナちゃんの姿を見て、ラフィールが言う。
黒晶石から解放されたラフィール達は、ラブリナさんに連れられてあちらこちらを見て回っているらしい。
異世界の魔法文明からこの世界に放り出された形の二人、現代社会に適応するのに中々悪戦苦闘しているみたい。でも、ラブリナさんが気をもんでいるからきっと大丈夫。
……我が家の新たな居候、お家の守護者みたいになってるけど大丈夫なのかな? なんだか少し心配になってきた。
「私はこりすちゃんと出かけてしまいますけれど、お二人はここでラブリナさんと話でもしていてください。急ぎの仕事はないはずですから」
「ま、オレ達だけで放り出されても、ダンジョンに潜るぐらいしかすることねーしな」
セレナちゃんに促され、応接用のソファに腰掛ける二人。
私達はそれを見届けると冒険へと向かう。
と、
「急ぎと言えば、セレナ。丁度、目的地付近に不審なモンスターの目撃情報があります。折角こりすと一緒に冒険するんです、ついでに確認してきてください」
出がけにラブリナさんがそう言葉を付け足す。
不穏過ぎる……。私、こういう時の引きは異常にいいのだ。
どうか何事もありませんように。そう心の中で念じながら、私とセレナちゃんは改めて冒険に向かうのだった。
その後、私とセレナちゃんは二層の竹林を歩いていた。引率者同伴の元、竹林拠点で魔力登録をするのが今回の課題なのだ。
「セレナちゃん、こうやって二人でダンジョンを歩くのは初めてだよね」
「はい。今まではラブリナさんが絶対にセットでしたから、新鮮です」
化け狸を真っ二つにしながら言う私に、セレナちゃんが唐笠お化けを燃やしながら同意する。
「そうだねぇ。ラブリナさんだけでなく、毎回リオちゃん達も一緒だったし」
「はい。リオさん達抜きで歩くのは紅葉林以来ですね」
「確かあの時は独断専行したルミカちゃんを追いかけたんだよね。それで、巨大な塊モンスターが……」
しみじみと語る私の目の前、竹林がガサガサと言う音と共にかき分けられ、見上げるほど巨大なヘカトンケイルみたいなお手々一杯モンスターが姿を現した。
「ああ、うん、そう、あんな感じ……。セレナちゃん、あれって竹林のレギュラーモンスターじゃないよね?」
「はい。あんなモンスターの居る場所、学生の課題に使いませんよ。ラブリナさんが言っていた、不審なモンスターではないでしょうか」
「そう……。そうじゃないかとは思ってたよ。でも、少しだけ認めたくなかったから……」
新たなトラブルの出現に、私がどうしようかなと思っていると、ねねちゃんとルミカちゃんが巨大モンスターへと突撃していった。
「ねね! こいつはボク様達で片づけるぞ!」
「承知したでございますよ。斬りごたえ抜群さんで楽しみでございましょ!」
魔法少女に変身しているルミカちゃんとねねちゃんは、素早い連携でモンスターを翻弄し、瞬く間にやっつけてしまう。
「よかった。これなら課題に戻れそう……」
なんて私が安堵していると、今度はナナミちゃんがやってくる。
「なによ。避難勧告しようと思ったら、こりすと学園長代理じゃない」
「ナナミちゃん、私達竹林第一拠点に向かう所なんだけど、あれが噂になってる不審なモンスターなの?」
「いいえ、あれを出現させているのは怪人よ。第一拠点に向かうなら急いで通り抜けなさい。第二拠点の周りで新手の怪人が暴れていて、冒険者達がこの先の第二拠点で防衛戦をしているから」
そう言って、ナナミちゃんは魔法少女に変身。第二拠点の援護に向かうべく駆け去っていく。
その後ろ姿を見て、私は絶望に打ちひしがれた。
「ああ……終わった。私の課題は無事失敗してしまった」
赤点。補習。落第。めくるめくネガティブワードが頭の中で渦を巻く。
なのに、体は迷いなくナナミちゃんを追いかけて走り出している。結局、私は自分の課題をこなすより、ピンチの誰かを助ける方が大事なのだ。
「こりすちゃん、行くつもりなんですね?」
「セレナちゃん、せっかく同行して貰ったのにごめんね。でも、あんな話を聞いて知らんぷりできるはずないよ」
「はい、知ってます。こりすちゃんは、エリュシオンは、そういう魔法少女ですから。うふふ、相変わらず損な性分ですね」
何故か嬉しそうな顔をしているセレナちゃんに謝って、私達は冒険者さん達が奮戦しているらしい第二拠点へと急ぐ。
目の前に困っている人達が居るのに、私がのんきに課題なんてしていられる訳がない。私は心のスイッチを切り替え、体に魔力を循環させる。
「シリウスチェンバー、イグニッション!」
掛け声と共に変身した私は、銀の閃光となって竹林を駆け抜け、そのまま拠点を襲っている怪人の司令官を一瞬で粉砕。
慄いている雑魚怪人達を見据え、悪党への死刑宣告代わりの決め台詞を告げた。
「人の助けを呼ぶ声あらば、燐光纏いて私は来よう。悪を断つ銀のシリウス、魔法少女エリュシオン」
こりす達の冒険と、エリュシオンの活躍はこの後も続いていきますが、ストーリーはここで完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




