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エピローグ[5章]1


  エピローグ


 かくして、怪人達の野望は潰え、街に平和が戻った。

 壊都と繋がる広い境界前には長い防壁が作られ、散々なスタートだったシンボルタワー"天空樹"には、ダン特の壊都監視施設が併設された。

 もっとも、最後に広がった白い輝石のおかげか、壊都は防壁がなくてもいいぐらい危険度の低い階層らしいけれど。


 現在の壊都はダン特によって管理され、資格を持った研究者さんとかだけが出入りできる状態だ。

 壊都の遺産は研究者さん達によって持ち帰られ、いずれ私達の手元に届くんだろう。クライネも忘れ去られるより繋がっていく方がいい、そう言っていた。

 まだほんの少しだけざわついているけれど、ようやく皆の日常は帰ってきた。


 そんな中、私は……。



「うああああっ!?」


 ベッドから跳ね起きた私は、大慌てで冒険用のバッグを探す。

 そこは閑静な住宅街の小さなお部屋、カーテンの隙間から入って来る日差しが朝を告げ、黒猫のにゃん吉さんが座布団の上で丸くなっている。いつも通りの私の部屋だ。


「ふわあぁ。おはよう、こりすちゃん。今日も朝っぱらからキミは元気だね。それで今度は何事なんだい?」


 私の叫び声で目を覚ましたらしいにゃん吉さんが、座布団の上で大あくびをしながら伸びをする。


「ノルマ! ダンジョン学園の探索ノルマ、終わってない!」


 わたわたと大慌てで冒険の準備をしながら私は答える。

 怪人達にかまけていて、すっかり忘れてた! 探索ノルマである拠点の魔力登録が終わってない!


「ああ、そういえばキミ、ダンジョン学園に通ってたんだよね。ボクもすっかり忘れてたよ、あっはっはっ!」

「笑いごとじゃないよぉ!?」


 愉快そうに笑うにゃん吉さんを後ろに引き連れ、私は冒険前の腹ごしらえをすべくリビングへと急ぐ。


「あらあら、こりすは朝から元気ですわね」


 リビングのソファでは、いつも通りゴスロリ姿のクライネがふあと大あくびをしていた。

 クライネはあの後も天狼家で居候をしている。時折、ラブリナさん達四人で冒険しているけれど、普段はにゃん吉さんと一緒にごろごろしている。どうやら、我が家は怠惰な猫どもの集会所らしい。


「クライネ、私は今日遅くなるかもしれないから! ご飯が必要ならにゃん吉さんに作ってもらって!」

「おやおや、ボクもファンヌにレクチャーする予定があるんだけどなぁ」

「にゃん吉さんはリモートワークでしょ!」


 猫用カツオフレークをラッパ飲みするにゃん吉さんにそう言い返し、私はバターロールにハムを挟んで急ぎ朝ご飯を済ませてしまう。


「まあいいや。こりすちゃん、急ぐのはいいけれどちゃんと身だしなみは整えていくんだよ」

「わ、わかってるよ!」


 にゃん吉さんに髪の辺りを指さされ、私は大急ぎで身だしなみを整えると、勢いよく家を飛び出していく。


「ふぅ、相も変わらず賑やかな方ですわ」

「そこがこりすちゃんのいい所さ。どんな苛烈な戦いをしても自分の居場所を忘れず、すぐに日常に帰ってこれる。立派だよ、彼女」

「にゃん吉……。だから貴方は彼女を選び、その対価として隣にいますの?」

「はっはっはっ、クライネは難しく考えすぎだね。ボクは単なるこりすちゃんの保護者で、楽隠居の猫さ。ま、こんな風に気楽でいられるのは、彼女のおかげだと言えなくもないけどね」


 私の後ろ、そんな話声が聞こえた気がするけれど、私はあえて気にしないことにした。

 あ、でも、やっぱり保護者って所だけは訂正したい。私の方がにゃん吉さんの飼い主だし!



 その後、ダンジョン学園へと向かう私は、天空樹前を通りかかる。

 裂け目のど真ん中かつ真ん前にある天空樹にはダン特の支部が併設され、壊都と繋がる次元の裂け目は、詰め所付きの高い壁で囲まれていた。

 あの壁は地上へのモンスター侵入防止目的もあるけれど、壊都の遺産を狙う侵入者を退けるのが主目的らしい。クライネがそう言っていた。


「ぬ。なんだ、こりすではないか」


 壊都との出入り口になっている詰め所前、壊都に入る冒険者のチェックをしていたクロノシアが、ミレイを引き連れてやって来る。


「クロノシア達はここに配属されたんだね」

「うむ。一連の流れでダンジョンとエリアの重要度が様変わりしたからな。ダンジョン庁としては紅葉林よりも壊都に重きを置きたいらしい」

「その出で立ち、そっちは今から冒険かにゃ?」

「うん、ちょっとダンジョン学園の課題が残ってるから。リオちゃんにお願いして引率をして貰うつもり」


 私がそう説明すると、クロノシアとミレイが顔を見合わせる。


「余はお前に引率など要らぬと思うが」

「学校の規則で引率の人が居ないと冒険しちゃいけなくて、一人で行っても課題達成にならないんだよ」

「なるほど、面倒で意味不明な規則だにゃ。けど、今日のリオに引率を頼むのは無理だと思うにゃあ」


 お前は引率側だろって顔をしたミレイは、そう言って天空樹前の特設ステージ脇を指さす。

 そこには赤い髪をした女の子……つまりリオちゃんが、可愛いステージ衣装を着て死んだ魚のような目をしていた。


「あれ、こりっちゃんじゃん」


 なんだろうって首を傾げていると、私に気付いたリオちゃんがやってくる。

 その手にはリボン付きのマイクを持っていた。


「あ、リオちゃんおはよう。どうしたのその恰好?」

「どうしたように見える?」


 やさぐれた顔で私に聞き返してくるリオちゃん。

 その様子を見て、ミレイとクロノシアはさっさと退散してしまった。ずるい!


「え、あ、アイドル活動……?」

「わかってんじゃん」


 心底嫌そうな顔で首肯するリオちゃん。

 私が聞きたいのはどうしてそんなことになっているかなんだけど、下手を打つと被害が私にまで広がりかねない。私の直感がそう告げている。むしろ手遅れ感すらある。


「こんこ、こんこ。リオの奴、変身用ペンダントを借りたそばから壊して来たであろ。壊したペンダント分の勤労奉仕と言う奴じゃ」


 けど、私の疑問は遅れてやってきたカレンが教えてくれた。


「しかも壊れたペンダントも人様にあげたとのたもうたのじゃぞ。くふふ、妾にしてみれば愉快な話ではあるが、ダンジョン庁長官としては、相応の働きはしてもらわねばのう」

「いや、だからってなんでアイドルなんですか? そりゃ、セブカラ時代はウチも似たことやらされてましたけど」

「決まっておる。お主は普通の冒険よりこちらの方が嫌がるであろ? せっかく握った弱み、面白おかしく使わねばの」


 カレンは心底愉快そうに笑うと、嫌がるリオちゃんの背中をバンバンと叩いた。


「心底クソでしょ、この変態マゾ狐……」


 かといって、変身用ペンダントの対価なんて容易に払えるはずもなく、リオちゃんは羞恥で顔を真っ赤にしてマイクを握りしめた。

 ご愁傷様……。絶対カレンに弱みは作れない。私は心の底から再確認した。


「……ねえ、こりっちゃん。冒険者パーティは一蓮托生だよね?」


 と、そこに思わぬ飛び火。あの顔、リオちゃん絶対私を巻き添えにしようとしてえる!

 今、私の周囲に爆炎が渦巻き始めた!


「この件に関してはそうではないと主張させていただきたい! 私、今日は課題の冒険があるから!」


 このままじゃ巻き添えでアイドル活動させられてしまう。そう判断した私は足早に逃げ去るのだった。

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