最終話 楽園のエリュシオン4
降ってきた黒い塊。その正体は色々なモンスターや怪人を混ぜ込んだモンスターの塊、宿り木お得意の奴だ。
「ライオネルフィッシュにラウドコング、最近暴れてた怪人達の詰め合わせだね」
「はっ。苦し紛れの定番、再生怪人って奴ね!」
力ずくで突破しようと武器を構えて走る私達の前、黒いモンスター塊が大きく手を広げるように膨張していく。
「おやおやおや、最後の最後に手抜きとはいただけない。元喜劇王として、そんな三文芝居は当然見過ごせないとも!」
でも、モンスター塊の後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、
「ったく、くっだらねぇ。喋くってる暇があるんなら手を動かせってんだよ」
「これは手厳しい。されど吾輩、キミよりも働いているのだがね」
モンスター塊が後ろから引き裂かれ、黒い煙の中からテラーニアとラフィールが姿を現した。
「よう、ラブリナ。行くんだろ? 周囲の露払いはしておいてやったぜ」
砕けたドームの残骸の上に立ち、腕組みをしたテラーニアがニヤリと笑う。
「今この瞬間こそ、魔王に堕ちてなお求めたわたくし達の悲願。宿り木や怪人如きに邪魔などさせませんわ」
その下にはクライネが立つ。その言葉通り、周囲のモンスターや怪人は粗方倒されていた。
流石は元黒晶石の魔王、しっかり強い。
「さあ行きたまえ、我が友よ! 君が拾い集めた全て、他ならぬ君自身に届けるために!」
「今更恐れるものは何もないだろ、全部ぶっ壊してこいよ!」
「嘆きの海は今渇く。わたくし達と貴方の因縁、今日終止符が打たれると信じていますわよ、ラブリナ」
三人に背中を押され、セレナちゃんから切り替わったラブリナさんが、真剣な顔で楽園の扉へと通じているであろう黒晶石の前に立つ。
「……ラブリナから零れ落ちた私と言う欠片の最期、セレナの体を蝕んでいる以上、別れと言う結末は避けられないものです。ですが、こりす達が居て、古い友人達との後悔も取り戻せた。私は思ったよりも幸せなのかもしれません」
楽園区域と繋がっているだろう黒晶石の前で佇んだまま、胸に手を当てたラブリナさんが感傷的な顔をする。
「あら、気が早いですわね。感傷的な台詞は、本当に上手くいった時まで取っておくべきですわよ」
そんなラブリナさんを見て、クライネがくすりと笑う。
「はい、その通りでした。ミコト、宝珠を貸してくれませんか」
「わかったのです。でも貸すだけなのです、後でちゃんと返しに来るのです!」
ミコトちゃんがラブリナさんに宝珠を手渡し、胸の前で拳を握ってむっふと意気込む。
「ありがとうございます、ミコト。……こりす、エリュシウムの鍵を」
「うん……ラブリナさん、セレナちゃんをよろしくね」
私はラブリナさんにエリュシウムの鍵を手渡す。
本当は手渡したくない気持ちもあるけれど、それは単なる高慢だ。私達の隣や後ろで戦っている皆が、そう教えてくれた。
……黒晶石の大樹に飲み込まれてしまったかつてのラブリナさんは、きっとそのことを忘れてしまったんだろう。
そして、それを良しとしてしまった壊都の人達も。一人一人が全力で頑張ってこそ最高の結果を得られるのだ。
「はい、任せてください。白い輝石は黒晶石の侵食を抑制する、私の在るセレナには迂闊に手出しできないはずです。なにより、私がセレナに手出しさせません。セレナのことを想う気持ちは、貴方にも負けていませんから。……それは少し高慢でしょうか」
なんて言って、悪戯っぽい顔をするラブリナさん。
「同じ体にいる、文字通りの運命共同体だもんね」
そして、その気持ちはセレナちゃんも同じはず。
だからこそ、今の私ができることは二人を快く送り出すことだけだ。
「はい。ですから私"達"を信じて待っていてください」
「……平原エリアが襲われた時も思ったけれど、送り出すのってこんなにも辛いんだね」
「うふふ。わかってくれましたか、こりすちゃん。んもう、こんな時なのに思わずぎゅーっとしたくなっちゃいます」
セレナちゃんは一度うふふと上品に笑った後、その表情を真剣な物に戻す。
「こりすちゃん、楽園の扉は私達で必ず開きます。ですから、後はお願いします」
だから決着はエリュシオンがつけてくださいね。セレナちゃんは言外にそう含ませて言う。
「わかってる。絶対に駆けつける」
「はい、全く心配していませんよ。私はこりすちゃんを信じていますから」
核のないエリュシウムの鍵を手にしたセレナちゃんが、そう言って黒晶石へと触れる。その体が徐々に黒晶石の中へと飲み込まれ、そして消え去った。
私と黒晶石の因縁は、セレナちゃんが黒晶石の竜に飲み込まれた時に始まった。その始まりを彷彿とさせる光景だ。
でも……ううん、だからこそ大丈夫。この因縁は私が最高の決着にしてみせる。
「こりす、呆けている暇はありませんわよ。ラブリナが向こう側から扉を開くその時まで、わたくし達はこの場を守り切らなければならないのですもの」
「わかってる!」
空を見上げるクライネが言う通り、空に映った蜃気楼の大樹からは、今も無数の黒晶花が降ってきている。
私達はその猛攻を凌ぎきり、ラブリナさんが扉を開けてくれるのを待たなければならないのだ。
「その意気やよし! 吾輩達も今一度獅子奮迅の活躍を約束しようではないかね!」
「ケッ、邪魔する奴は全員まとめてぶっ潰してやるよ!」
ラフィールとテラーニアが敵を迎え撃つために駆け回り、私達はラブリナさんの進入した黒晶石の前で守りを固める。
皆の想いは今、セレナちゃんとラブリナさんに託された。そして、最後にその想いを受け取るのは……私だ。ううん、私じゃないといけない。
私は決意を新たにして迫り来るモンスターと怪人の群れと戦うのだった。




