第19話 【魔法少女の再起】4
激しく揺れる裏界の大地。
クライネの話によれば、ここは楽園の扉を封印するための隔離空間。地震なんて起こるはずがない場所、もう嫌な予感しかしない。
「ラブリナさん!」
「はい、これは由々しき状況です!」
震源地は間違いなく鍵の塔の下、つまり楽園の扉があるだろう場所。
私達が身構えて黒い塔から距離を取る中、塔の下から生えた一際大きい黒い手が黒い塔を掴んで下へ下へと押し込んでいく。
『させません、させません、許せるはずがないのです! 私達鍵守が長い年月をかけた計画を、このようにあっさり瓦解させるなど!』
そして、どこからともなく響く声。
間違いない、この声はレギーナだ。
「レギーナ、まだ生きてた……!? ううん、本体は別にあった?」
「恐らくは後者です。あの鍵の塔は楽園区域にある黒晶石の大樹と接続されているはず。レギーナの本体はそこにあるのだと思います」
「なるほど。扉の封印、余程綻んでるんだね」
レギーナが使っているのであろう大きな黒い手を一瞥し、宿り木達が壊都まで湧いてくるわけだと納得する。
その間にも、沈んでいく鍵の塔に引っ張られるように、私達の立っている場所は鍵の塔へと近づいていた。
「こりすー! 地面、飲み込まれているのです!」
「うん、気づいてる。ラブリナさん、あの塔壊せる? それで止まらないかな?」
「試してみます」
言いながら、ラブリナさんが刃状の黒晶石を打ち出して黒い塔を両断する。
真っ二つに両断された黒い塔は、両断されて宙に浮いたまま、さっきと変わらず地面へ飲み込まれ続けていくだけだった。
「これは……単純な破壊では意味を成さないようですね」
空中に浮かんだまま飲み込まれていく塔の上層を見上げながら、ラブリナさんはそう結論付ける。
「あの塔は周囲の空間ごと飲み込まれているのです! 恐らく裏界全体が収縮しているのです!」
「空間ごとかぁ。ひとまず走って逃げよう! 打開策を見つける前に私達も一緒に飲み込まれちゃうよ!」
「同感、どう見てもウチ等が飲み込まれたら無事で済まないでしょ!」
私達は沈む空間に巻き込まれて飲み込まれないよう、鍵の塔に背を向けて走り出す。
黒い大地が飲み込まれていく速度は、明らかにさっきより速くなっている。楽園区域に封じられた怪人や宿り木達が手を貸しているのかもしれない。
間違いなく急いで逃げるべきタイミングだけど、もう一度だけ状況確認をしておきたい。私は走る足を一瞬止め、鞄から保存食のシリアルバーを取り出すと、鍵の塔に向かって思いっきり放り投げてみる。
シリアルバーは塔の前でピタリと停止し、スパゲッティみたいにみょーんと引き延ばされていった。映画とかでブラックホールに吸い込まれた時みたいになってしまわれた。
「あっ、やっぱりダメっぽい。逃げた方がよさそう」
これ、飲み込まれたら即終了の奴だ。そう結論付けた私は、再度鍵の塔に背を向けて走り出す。
私達の横を裏界の建造物群が通り過ぎ、そのまま黒い塔と一緒に地面へと飲み込まれていく。気分は超巨大ルームランナーを使ったデスゲーム参加者だ。
「こりすー! 前、前から黒い手が迫っているのです!」
顔を真っ赤にしてパタパタと一生懸命走るミコトちゃんの前、黒い手が向かい側から猛スピードで迫ってきていた。
これ、周りの風景と一緒に迫って来てるから超加速してる!
私は斜めダッシュでミコトちゃんの前まで走り出ると、すれ違いざまに黒い手の手首を粉砕する。
「なにこれ、一体全体どういう状況でこうなってるのぉ!?」
「裏界が崩壊しているのですわ。裏界とは壊都から切り離された楽園区域を隔離しておくための緩衝空間、本来存在しない次元の狭間ですの」
そんな声が聞こえ、立ったままのクライネが私達の方へと勢いよく滑ってくる。
「そっか、信じたくはなかったけど、ミコトちゃんの予想通りの状況なんだぁ……」
「裏界の崩壊……つまり、楽園の扉の先にある楽園区域が壊都と再接続しそうなんですね?」
「そうなりますわね。黒い塔と一緒に黒晶門が飲み込まれているのが何よりの証拠ですわ」
合流したクライネが、私達と並走しながら言う。
後ろを振り返れば、確かに黒い塔と一緒に次元の揺らぎである縦筋も飲み込まれていた。
「んじゃ、崩壊する裏界から逃げ遅れたらどうなんの!?」
「今いる空間がなくなるのだから、体は当然滅茶苦茶になるのです! 次元に散逸した体を集めてサルベージする必要があるので、流石の私も治せるかはギリギリの勝負になると思うのです!」
「嫌過ぎる! 凄惨な想像しちゃった!」
そんな滅茶苦茶な状態なのに、ミコトちゃんならできるかもしれないのが更に嫌!
多分、私は死亡キャンセル変身でエリュシオンになって無事だろうけど、絶対に試したくない!
「クライネ、裏界の管理者である貴方でも打つ手はありませんか?」
「厳しいですわね。エリュシウムの鍵は核がないのでしょう? 鍵がなければ開いた扉は閉められない。空間が歪んでいるこの状況で止める術はありませんわね」
「ねえ、クライネ! 空間の歪みって言えば、黒晶門で繋がっている先は大丈夫なの!?」
「勿論、大丈夫……ではありませんわ」
眠たそうな顔のまま、クライネがサムズアップして即答する。
止めて、そこでサムズアップは止めて! この危機的状況でお茶目は要らない!
「やっぱりダメなのぉ!?」
「ええ。先程破壊され、次元の揺らぎに戻った深層の黒晶門は問題ないと思いますけれど、亀裂が残っている天空樹の黒晶門は衝撃で裂ける可能性が高いですわ」
言いながら、クライネは前から襲ってくる黒い手を斬り裂いていく。
後ろからも黒い手は迫ってきてるけれど、後ろの手は速度が足りなくて私達に一生追いつけない。あっちは無視だ。
「飲み込まれた亀裂は楽園区域に到達しているはずなのです。つまり、楽園区域が再接続される時、壊都に天空樹との次元の裂け目が出現するのです!」
「それ、最悪の展開じゃないの!?」
裏界が無くなり、壊都には封印されていた楽園区域が戻って来る。そして、壊都は地上とも繋がってしまう。
そうなれば、地上は敵の本拠地と目と鼻の先、深層以上の超危険地帯が今日からお隣さんだ。マズイ。
「こりす、まずは自分の安全を心配なさい。もう少しで裏界の扉に出ますわよ、ラフィール達も既に壊都へと脱出していますわ。逃げ遅れたら一巻の終わりであることをお忘れなきよう」
クライネが裏界の扉を指差し、私達はなだれ込むように扉へと駆けこんでいく。幸いなことにドームの扉は既に開いていて、力いっぱい走るだけでよかった。
壊都境界を越えた私達は走る足を緩めず、そのまま一目散にドームから脱出していく。
直後、背後のドームからゴゴゴと激しい音が聞こえ、ドームの壁を突き破った無数の黒晶石が、ハリネズミのトゲみたいに突き出した。




