第15話 海底の魔王7
そこは壊都深界域にほど近い場所、木々に覆われた廃ビルの合間に古い社があった。
半分朽ちた社の周囲だけは木々の枝が払われ、社の中へと入れるようになっている。無論、信心深い誰かが祈りを捧げるためにそうしたのではない。
「魔法少女共はいたか?」
「いや、まだ見つからん。だがアンジェラ様が壊都を闊歩している以上、連中が炙り出されるのは時間の問題だろう」
社の入り口を守るように立つのはモンスター化した二人の怪人。
そう、この社こそが開門するための魔力集結点。黒薔薇の鍵守が地上侵略のための足掛かりとしていた場所なのだ。
「しかし、せっかくの通路が通り抜けられんのは不便でならんな。開門の巫女だけは殺さず生け捕りにするよう厳重に通達しておけ」
ビルを押しのけるように暴れまわるアンジェラを見上げてぼやく怪人、だが相方が返事をしない。
「おい、聞いているのか」
そのことに苛立ち怪人が横を向く。
さっきまで隣で話していたはずの怪人に頭はなく、首から盛大に黒い煙を吹き出していた。
「なっ、バカな!? 一体なにが……」
狼狽する怪人の首筋に向けて鉈がひらめき、音もなく通り過ぎた鉈がいとも容易く怪人の首を刎ねていく。
黒晶石が灰色に染まっていく怪人が最期に見たものは、首から黒い煙を吹きだす自らの体と、3480円の値札シールが着いたままの鉈を手にし、背中に紅いフードをひっかけた黒髪の巨乳少女だった。
***
「見張りの怪人はやっつけた! セレナちゃん、社内部の確認お願い!」
往来の邪魔になっている怪人の体を横に蹴飛ばしつつ、私はセレナちゃんに指示を出す。
重要拠点の前なのに警備はかなり緩かった。多分、こんな早期に壊都側から攻められることを想定をしていなかったんだろう。
「大丈夫です、内部の怪人怪人は全員倒しました!」
「ミコトちゃん、出番だよ。開門をお願い!」
「任せるのです! 那由他会を食い物にした連中に天誅をくだしてやるのです!」
ミコトちゃんがぽんふと胸を叩き、いそいそと社へと入っていく。
「リオちゃんはそのままミコトちゃんを警護して! 向こうの拠点だから、今は大丈夫でも何があるかわからないよ!」
「うぃうぃ、任せなー!」
リオちゃんがミコトちゃんに同行し、セレナちゃんと私が社の前で戻ってくる怪人が居ないか警戒する。
怪人達の増援は今の所来ていない。クライネに同行しているねねちゃんが、目につく怪人を手あたり次第に斬って回っているからだ。
アンジェラスライムも今はクライネ達に夢中、ここまでは概ね順調と言えるはずだ。
「今の所は順調、ですよね?」
「うん。今の所は、ね。ウィルとか言う奴がくっついた竜が登場してからが本番だよ」
現状は理想的な均衡状態。けれど、あの竜が登場してくればどこかの均衡が大きく崩れてしまう。問題はどこが、どのタイミングで崩れるかになってくる。
当然、私がエリュシオンに変身すればあんな竜ぐらい倒せるけれど、変身はクライネを深層相当である深海域へと連れていく時まで温存しておきたい。
「あ……! こりすちゃん、件の竜が出ましたよ!」
そんなことを考えていると、ウィルの出現に気付いたセレナちゃんが声をあげる。
『ようやく見つけたぜっ!』
大きく口を開いて咆哮をあげるウィルが、ビルの屋上を飛び跳ねてアンジェラを引き付けているクライネへと猛突進する。
「このタイミングでクライネの所にだけは来て欲しくなかった!」
クライネが一番目立っているんだから仕方ないけれど、一番来て欲しくないタイミングで、一番来て欲しくない所に来てしまった!
私は素早く周囲の様子を再確認する。ねねちゃんはビルの下で大挙している怪人をクライネに近づけないため奮戦中。
ミコトちゃんは開門の真っ最中、今更停止して仕切り直すことはできないだろうし、変身してないリオちゃんじゃ加勢も単独防衛も力不足で、ラブリナさんをあちらに回せない。
でも、誰かが横槍を入れないとクライネがアンジェラに捕まる。
どうしようって、思わず悩んだ"ふり"をしてしまうけれど、私の答えは最初から決まっている。私がやるしかない。
どの道、あのスライムの勢いを止めるには、クライネ本体のある裏界の扉から切り離す必要があるのだ。
ルミカちゃん到着後に皆でする予定だったものを、エリュシオンが先んじて引き受ける、それだけの話だ。
「セレナちゃん、ラブリナさんに代わって、こっちに竜を引き付けて一人で堪えて! 私は多分、そのまま戦場から離脱するから!」
返答を聞かずに廃ビルの中へと走っていく私。あまりに酷い無茶振りだと思う。
でも、そうしないとクライネはアンジェラスライムに捕食されてしまう。私は仲間を犠牲にして勝つ手段なんて絶対に選ばない。それが余命僅かの黒晶石であるクライネだとしても、だ。
それに怪人が絶え間なく出現しているのは、アンジェラスライムが裏界の扉にくっついているから。
なら、早期にクライネが本体を奪い返せれば、それだけ早く怪人の増援は打ち止めになる。少し言い訳がましいけど、この独断専行はデメリットだけじゃない。
「はい。任せてください、こりす。セレナには負担を掛けてしまいますが、仲間を助けるための無茶、私にもさせてください」
私の後でラブリナさんの力強い声が聞こえ、猛スピードで空を飛ぶウィルの目へ向け、巨大黒晶石がミサイルのように放たれた。
ついに両目を破壊されたウィルが、うめき声をあげてクライネと勢いよく衝突、衝撃で弾かれたクライネが宙を舞う。両目を潰され視界を失っているウィルは、勢いそのまま廃ビルへと激突してめり込んだ。
そこにラブリナさんが間髪入れずに黒晶石の弾丸を連打。ビルに激突したウィルを黒晶石で磔にしてしまう。
『ウィル! アンジェラの邪魔をするななの! アンジェラが同胞の仇を、ワイズの仇を取ってやるの!』
クライネの捕食を邪魔される形なったアンジェラが、逃がすものかと憤慨しながらビルをよじ登っていく。
『グアアアアッ! アンジェラ、やめろ! やめてくれ! アンジェラ!』
途中、ウィルがビルにめり込んでいたのにお構いなし、アンジェラはそれを助けるどころかスライムの体で取り込んでしまう。
怒り狂ったアンジェラの目には、自分の強化パーツであるクライネの姿しか映っていない。
なんなのあいつ、直情的過ぎる! 言ってることと行動がまるで逆! 短絡的過ぎて視界ミリの常時五里霧中!
「愚かしい方、貴方の生き様はまさに宿り木の体現ですわね」
ウィルに弾き飛ばされて深界域へと落下していくクライネが、蔑んだ視線をアンジェラに向けて言う。
『黙るの! お前には口も意志も要らないの! さっさとアンジェラに取り込まれて力にだけなればいいの!』
それに余計苛立ったアンジェラが、その前に捕食してやるとスライム状の黒晶石を蜘蛛の巣のように広げ、クライネを落下先で待ち受ける。
でも、それはできない。私が間に合うからだ。
「シリウスチェンバー、イグニッション!」
私は廃ビルの階段を駆け上りながら変身、屋上へと飛び出すと同時に跳ね駆ける。
銀色の閃光となった私は、クライネの体を乗っ取っているアンジェラ部分と、黒晶石のスライム部分をキックで切断してしまう。
『エリュシオンッ!? なんでここにっ!? 何度も、何度もっ! おまええええええええっ!!』
スライム体から切り離されたアンジェラが憎しみに満ちた眼差しを私に向け、怨嗟の叫びをあげながら深界域へと落ちていく。
「ルミナスクラフト・コンバージョン」
でも、今はアンジェラに構っている暇はない。相手は後だ。
私は燐光を組み替えて幾本もの剣を作り上げると、社の方へと蠢き迫っていたスライムの一部を消し飛ばす。
本当なら一気に全壊させておきたい所だけれど、あのスライムは広くのたくっていて、この単時間で全部消すには壊都ごと更地にするしかない。流石にそれは最終手段、後のことはラブリナさん達に任せる。
私は空中を蹴って勢いをつけて急降下すると、空中でクライネを抱きかかえ、なし崩し的に壊都深層域へと突入するのだった。




