第14話 波涛の魔王9
『おお、よいぞ。さっさと起動し、横槍が入る前に目論見を砕いてやるがよい。おお痛快痛快、リオ達を差し向けた甲斐があったと言うものよ」
出来立てほやほやの管理室に移動し、リオちゃんが転移装置を起動する旨をカレンに伝えると、カレンは思いの他あっさりと許可してくれた。
愉快そうに笑うカレンの画面にはふさふさの尻尾も見える。ここ、他に沢山人がいるんだけど正体露呈のリスクはいいの? わざとやってスリルを愉しんでるよね、絶対。
「そんな簡単に決定してもいいんですか、長官。ウチ等がわざわざ魔石運んできたのって、迂闊に転移装置を起動できないからですよね」
『頼んだ時とは些か事情が変わった。お主等が黒晶石から助けた女子じゃが、あれは黒薔薇の鍵守のメンバーらしい』
「それはおかしいね。スペアキーを奪って逃げたのは怪人だけなのに、どこから連れてこられたんだろう」
生身の人間は黒晶門を通れない。
あのポルノゴーレムが壊都から来ていたとして、取り込まれていた人はどういう経路でここまで連れ去られたんだろうか。
『そこじゃ。先程街で怪人の出没報告があっての、ルミカの奴めが対応にあたっておる』
「ルミカさん達の深層突入で黒晶門は破壊されているはず。単なる残党だったらいいんですが……」
「問題になってくるのは別の経路があるか、だよね」
私の言葉に画面の向こうのカレンが頷く。
懸念通り、そう言う話になってくるらしい。
「保護した女子の話では、別のダンジョン内に鍵守連中の隠れ家があり、怪人達はいずこかからそこへと来ていたようじゃ」
それはまるで怪人達が建設したダンジョン拠点。
そんなものがあったのなら由々しき事態だ。至急確かめておかないと後で大変なことになりかねない。
「転移装置を用いた別の経路があるのなら、ここの守りを固めるだけでは不十分ですね」
『うむ、そこが経路の一つであるのは間違いなかろうが、別の道があるならば片手落ちよ。ただし、突入は後一日待て』
「うん。ねねちゃんは変身使っちゃったし、一日あればダン特の人も増援で来れるもんね」
カレンの意見は正しい。守りと攻めのバランス的にそのぐらいが丁度いい。
クライネの残り時間が心配ではあるけれど、私達はダン特の人達含めて消耗している。一度態勢を立て直す時間はどうしても必要になってくる。
『それもあるがの、黒薔薇の鍵守の女に案内させ、ルミカ等に奴等の拠点を家宅捜索させる。また要らぬ横槍が入る恐れがある以上、足並みは揃えた方が良かろ?』
「このタイミングでの横槍は、流石に遠慮したいですからね」
「カレン、家宅捜索するなら頼みがあるのです。メイが開門で鍵守達の作った色々なものを収容していたそうなのです! 那由他の姫巫女として処分を検討しているので、内容を調べておいて欲しいのです!」
はいっと手をあげて、ミコトちゃんが主張する。
『うむ、言われずともわかっておる。前回のアレがあったとしたら大事じゃての』
カレンが言っているのは次元融解現象を誘発するマジックアイテムのことだろう。
確かにあんなもので未知階層と繋げられたら最悪だ。絶対に使わせちゃいけない。
「クライネ、次元融解現象を誘発させるマジックアイテムって複数あるものなの?」
私はコンテナの蓋をノックして、中に詰まっているクライネに尋ねる。
答えてくれるかは未知数だけど、尋ねなきゃ教えてくれる訳もない。
「境界渡りの魔道具ですわね。大型ならばいざ知らず、小型のあれは容易には作れませんわよ。ただ一品物でもありませんけれど」
コンテナの蓋を少しだけ上げて、クライネがそう教えてくれる。
『こんこ、なんじゃ見慣れぬ顔が居るの。リオ、あれはいつぞやの珍妙な黒猫かえ?』
「いやいや、全く別人でしょ。にゃん吉っさんとは黒い猫耳しか共通点ないんすけど」
『何を言う、物の怪の類が姿を変えるのは定番であろ?』
くふふと愉快そうに笑うカレン。
本職の妖怪視点だと、にゃん吉さんも物の怪扱いなんだ……。
「私と同じ魔王です。利害の一致で協力体制にあります」
『ほう……』
ラブリナさんが心なしか嬉しそうに説明し、カレンの視線が鋭くなる。
カレンの視線に気づいたクライネが、さっと素早くコンテナの蓋を閉めた。クライネ、なんかミミックみたいになってる……。
「お話の続きをいたしますけれど、越境侵攻を危惧しているのならば予断許さぬ状況ですわよ。わたくしならば黒晶花を持って次元の狭間を渡れますもの」
「……つまり、体を奪ったアンジェラが力を使いこなす前に倒さないといけないんだね」
私の言葉にクライネが頷く。
次元の揺らぎを好き放題に移動されてしまったら、ちっとやそっとじゃ捕まえられない。
目には見えない次元の揺らぎから突然現れ、辺りに黒晶花をばら撒いては逃げていく相手なんて最悪だ。絶対に阻止しないと。
「クライネ、一日の猶予を与えても大丈夫ですか?」
「ええ。さっきの様子から推察するに、まだアンジェラは本体から長時間離れられないはず。わたくしの体も一日程度なら維持できると思いますわ」
「なら、予定通り明日まで待ってから壊都に向かおう」
『うむ、話はまとまったようじゃの。ダン特との連携はルミカ辺りに仲介させる。リオ、ねね達と協力して見事怪人を打倒してこい。妾の遊び場を荒らす連中を生かしておいてはならぬぞ』
カレンは邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、私達との通信を切る。
言ってる内容といい、カレンの悪そうな顔といい、まるで悪の組織が首領からの指令を受けたみたい。普段それを壊す側として、ちょっと複雑な気分になった。
「君達、鳳仙長官と連絡はついたのかい?」
私達が管理室から出てきたのを見計らって、エプロン姿のダン特隊員さんが恐る恐る声をかけてくる。
「はい、転移装置を起動してもいいそうです」
「そうか、よかった。非戦闘員である作業員達に留まってもらうのは心苦しくてね。肩の荷が下りた気分だよ」
ダン特の人は転移装置を起動できることに安堵すると、大皿に乗った茶色いパイ料理を見せてくれる。
なにあれ、美味しそう。チョコの溶けた匂いが疲れた体を誘惑してくる。
「お、ダン特パイじゃん。最近はこりっちゃん達と冒険してばっかで、ウチ久しく食べてないや」
「リオちゃん、その謎料理はなんなの?」
「冒険用携帯食を組み合わせて、拠点備え付けの調理施設で作れる料理なんよ、あれ。流石に本物のパイには劣るけど、偶に食べたくなる駄菓子的なポジションでウチも割と好きだよ」
「へぇー、美味しいものを食べたい冒険者さんの執念だねぇ」
私はカロリースティックとかシリアルバーとか、冒険者用携帯食も好きだけれど、あのパイは見た目にご馳走感がある。
お家でも夕ご飯の後に出てきたら少しウキウキするレベルだ。ホカホカのうちに是非とも味見してみたい。
「助けてもらったお礼と言うにはささやか過ぎるけれど、皆で食べて欲しいんだ。特に危ない所を助けてくれた猫耳の黒い女の子にお礼を言いたいんだけど……」
言いながら、ダン特の人はきょろきょろと周囲を見回す。
でもクライネはコンテナにセルフ収納されているから見つからない。ちなみにここまで運んだのは私だ。
「クライネ、クライネ、ダン特の人が呼んでるよ」
「わたくし、現在留守にしておりますわ。お気になさらずとお伝えくださいまし」
私がコンテナの蓋をノックすると、コンテナの中からクライネがそう返答してくる。
「もしかして、チョコはダメなのかい? 猫はチョコがダメだって聞くけど、猫怪人なら大丈夫かなって思ったんだけど……」
「それは……どうなんでしょうね?」
「とりあえず食べさせて、ダメそうなら治せばいいのです! チョコ中毒だろうと私なら治せるのです!」
「ミコトちゃん! それ、お礼どころか嫌がらせだよぉ!?」
中毒になる物体を強制的に摂取させるのは全くお礼にならないから!
そもそも、クライネの体は黒晶石だし!
「残念ながら彼女は一般的な飲食物は摂取しないんです。ただ、感謝の気持ち自体はありがたく受け取っておきます。そうですね、クライネ?」
少し申し訳なさそうな顔をしていたダン特の人に、セレナちゃんから切り替わったラブリナさんが微笑んで言う。
そして、そのままコンテナのフタを開けると、クライネの脇の下を持ち上げて上半身を無理矢理引っ張り出した。持ち方が完璧に猫!
「ラブリナ、やり口が強引ですわぁ」
ラブリナさんの方に視線を向けて、眉をひそめるクライネ。
「黒晶石は感情を糧にします。気持ちぐらいは受け取っておいてもいいかと思いますが」
そんなクライネにラブリナさんが言う。
クライネの言う通り、今日のラブリナさんはなんだかちょっと強引だ。多分、自分以外の黒晶石と人間が一緒に居る姿を見れて嬉しいんだと思う。
私が横で見てきた以上に、ラブリナさんは黒晶石である我が身の在り方を悩んでいたのかもしれない。
「そこまで言うのなら仕方ありませんわ。あられもない姿で失礼いたしますわ、ダン特なる方。ですがお気になさらず、本当に単なる利害の一致でしてよ」
「それでも助かったよ、ありがとう。君が来てくれなかったら、僕達はあの海竜に嚙み殺されていたからね」
ダン特の人がクライネにダン特パイを手渡し、ラブリナさんに持ち上げられているクライネがダン特パイを持ち上げる。なんだかコミカルな光景だ。
「それじゃあ、僕はこれで。ねね君の分は別に作ってあるから、パイは君達で食べてしまっていいからね」
ダン特の人はそう言って、嬉しそうに去っていく。
「クライネ、黒晶石の身とて脅かす以外の在り方もある。なら、こちらの方が有意義だとは思いませんか?」
「さあ、どうですかしら。ただ、悪い気分ではないですわね」
クライネはラブリナさんにパイを手渡すと、そう言って再びコンテナの中に引きこもっていくのだった。




