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第14話 波涛の魔王6

 怪人が迫っている以上時間はない。ビキニトリオに女の人を任せた私達は拠点建設地点へと急行する。

 その視界の先、魔力の海全域に響くような咆哮が響き渡った。


「あっおおおーっ! こりすー! あれを見るのです!」


 コンテナの上でジタバタするミコトちゃんが、驚ながら前方を指差す。

 岩場の隙間から見える海色の青空、高層ビル程もありそうな海竜が鎌首をもたげて絶叫していた。


「なにあれ、大きい!」


 いきなりの巨大モンスター登場に、私は目を丸くする。

 海竜は前回の芋虫に負けず劣らず巨大で、見えている部分だけでもかば焼き千人前は作れそうな大きさをしていた。


「あんなの間違いなくレイド級モンスターじゃん!? このタイミングでクソみたいなデカ物のお出ましかよ!」

「拠点建設前の探索では、あんな大型モンスターの発見報告はありませんでした。……回遊しているんでしょうか」


 私達はその巨体に一瞬慄いたけれど、走る足は鈍らせない。

 浮かべたスマホの地図アプリに設定された目標地点は、まさにあの海竜が居るであろう場所。つまり、拠点が襲われている可能性が凄く高い。


「ねねちゃん、変身して先行しちゃダメだからね。怪人達も拠点を狙っているはずだから」


 エリュシオンに変身して先行することも一瞬考えたけれど、まずは状況を確かめてからにしないと。

 怪人達が近くをうろついている以上、迂闊な変身は後の詰みへと繋がりかねない。


「はいはい、了解でございましょ。さっきもそうだったでございますけれど、乳頭巾ちゃんさんは意外とクレバーでございますねぇ」


 ねねちゃんは帯刀ベルトを一度触って小さく笑うと、少し目つきを鋭くして走る速度をあげる。

 私も負けじとコンテナのハンドルを強く握って一生懸命引っ張る。今活かされる入学初日の経験、生涯役に立つことはないと信じたかった鉄骨運びの経験が活きている。くやしい。

 襲ってくるモンスターを退けながら岩場を抜け、拠点が建設されている地点へと辿り着く。


 そこに広がっていたのは衝撃の光景、細切れにされた海竜の残骸だった。


「ってマジか、普通に倒せてんじゃん!」

「これはちょっと想定外でございますねぇ。見掛け倒しだったんでございましょうか」

「地面の抉れ方を見るに見掛け倒しってことはないと思う。ミコトちゃん、怪我人が居たらよろしくね」

「任せるのです!」


 まだ消え去っていない海竜の残骸が視界を塞いでいて、拠点や戦っていたであろうダン特の人達の状態は把握できない。

 けれど、荒れた地面の様子から激戦だったのは間違いない。

 ダン特の人や拠点が無事だといいんだけどって思いつつ、海竜の躯を避けるように大回りしながらその残骸を観察する。


「倒した方、とんでもなくお強いでございますね。迷いなくずんばらりんでございますよ、これ」


 ねねちゃんの言う通り、細切れになっている海竜の切り口はどれも鋭利で、一刀のもとに斬り落とされている。武器に魔力を纏って刃渡りを拡張したんだろうか。

 倒したのどんな人なんだろうって首を傾げていると、


「あらあら、眩い煌めきが見えたかと思えば、寝坊助さんのように遅いお出ましですわぁ」


 不意に聞き覚えのある眠たげな声が聞こえ、私の心のスイッチが一瞬でエリュシオンモードに切り替わる。

 声のする方へと素早く向き直ると、傷だらけで膝をつくダン特の人達の前、予想通りの人物が立っていた。

 それは身の丈よりも大きい大鎌を手にした黒い喪服ゴスロリ猫耳娘──クライネが口に手を当ててふぁと大あくびをしていた。


「もう終わっていますわよ、寝坊助さん達。次からはもう少しお急ぎなさいまし」


 身構える私達を一瞥し、クライネはふぁとのん気にもう一度あくびをしてみせる。

 雰囲気、緩々だ。エリュシオンモードに切り替わってた心のスイッチが、通常モードに戻ってしまった。


「この子、何者なん? おねねさん達メッチャ警戒してるけど知り合い?」

「大海嘯クライネ……黒晶石の魔王さんでございますよ」

「マジか!」


 慌てて槍を構えようとするリオちゃん。

 それをクライネの後ろに居たダン特の人達が制止する。


「待ってくれ、桃園君! 君達の因縁は知らないが、彼女は俺達を助けてくれたんだ!」

「そうなんですか、クライネ?」


 私達の想定していなかった展開、ラブリナさんはじっとクライネを見つめながら尋ねる。

 その声音には僅かな期待が含まれていた。黒晶石の魔王でも人と共存できる、きっとラブリナさんはそんな期待をしているのだ。


「単なる利害の一致ですわ。それよりもラブリナ、後ろの方々を避難させた方がいいですわよ。折角拾った命、むざむざ散らすのも悪趣味でしょう?」


 クライネが持っていた得物の大鎌を上に投げ、空の一部が欠ける。


『あーあ、失敗しちゃったの。腐っても魔王の破片なの』


 欠けた空から降りて来たのはクライネ、そうとしか見えない少女だった。


「えっ、双子? そっくりさん?」


 思わずクライネの顔を見て、もうひとりのクライネの顔と見比べる。

 顔は全く同じ、衣装は違う。喪服のようなゴスロリのクライネと、網タイツがセクシーな黒魔法少女みたいな恰好のクライネだ。


「残念ながら、あの体は正真正銘わたくしのものですわ」

「……クライネ、乗っ取られたんですね」


 ラブリナさんの言葉で私も思い至る。つまり、さっき戦ったライオネルフィッシュと同じだ。


「ええ、ご察しの通りこの体は黒晶花で作った代用品ですの。迂闊でしたわ、エリュシウムの鍵は変化の魔道具、あの方々の研究成果を生かすにはうってつけだったようですわね」


 言いながら、クライネが偽クライネの胸元を指差す。

 そこには奪われたエリュシウムの鍵のレプリカが装着されていた。ただし、通常のコアパーツの代わりに黒々と黒晶石が煌めいている。


 その手があったか! 私は思い至らなかった自分の発想力に歯噛みする。

 黒晶石の魔王は名前の通り黒晶石の体を持っている。白い輝石に浄化されることはないし、自らが乗っ取れば制御不能になる心配も無い。普通に魔王を作る場合の問題点を見事に解決しているのだ。


『あはは、やっぱり魔王の体は最高なの。エリュシオンなんて奴に不覚を取ったのは、あんな弱っちい怪人の体を使っていたからなの。アンジーのせいじゃないの!』


 ……あれ、あの中身既視感がある。多分、黒晶門で戦ったゴリラ怪人の中身だ。


「どなたかと思えば、いつぞやのゴリラさんでございましたか」

「おねねさん、戦ったことあるん?」

「黒晶門でエリュシオンが瞬殺していた怪人の中身でございますねー」

『瞬殺ぅ!? 黙るの、水着女! アンジーは本来あんな奴に負けはしないの! あのゴリラの体が弱っちかったからなの! あのエリュシオンとか言うクソ雑魚魔法少女はぶち殺して豚小屋で繁殖係りをさせてやるの!』


 ねねちゃんの説明に、アンジェラと名乗っていたはずのそいつが烈火のように憤る。

 憤り方が凄く下品。私に対する圧倒的ヘイトを感じる!


「え、エリュシオン何故か凄く恨まれてるね……」

「はい。壊滅した組織の残党は大体いつもあんな感じですよね」


 さらっと言ってのけるセレナちゃん。

 待って!? 大体いつもあんな感じなの!? 怖い、怖い、怖い! 正体露呈が絶対許されないと再確認してしまった!


『はー、家畜種族の肉塊如きが本当にアンジーを不愉快にさせてくれるの! さっさと残りのクライネも奪い取って、エリュシオンをぶっ殺して、アンジーに舐めた態度を取れないようにするしかないの!』


 言って、クライネの体を乗っ取ったアンジェラの気配がより禍々しく変わる。

 どうやら、アンジェラはエリュシオンを倒す為にクライネの体を奪ったらしい。本当に嫌になる、凄く迷惑。


『アンジーこそは魔王! 魔王アンジェラなの! お前達肉塊共には被支配生物としての躾が必要なの! そこで大人しく躾の時間を待っていろなの!』


 名乗りを上げるアンジェラ。

 ……来る! 私は心のスイッチをエリュシオンモードに切り替えた。

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