第14話 波涛の魔王5
「なんぞあのポルノゴーレム! ウチ、アカバン記録更新じゃん! ご三方、もうちょい早く教えてよ!」
「ご、ごめんなさい! 言うタイミングを逸しましたっ!」
アカウントが凍結され、苛立ちながらスマホをしまうリオちゃんに平謝りするビキニトリオ。
視聴者さんにモンスター情報を届けられなくなったのは痛いけれど、私達にとっては好都合でもある。人目が少なければラブリナさんが本来の戦闘スタイルで動けるからだ。
ゴーレムの上半身に埋め込まれた女の人からは黒いオーラが出ていない。恐らく、前回のメイちゃんと同じで取り込まれている被害者だ。
安全に助けるためには、ラブリナさんの力に頼った方がいいだろう。
「この黒晶人形は実験の失敗作なのだがね、中々どうして性能がいい。君達を倒すまではいかないだろうが、一筋縄ではいかないことは保証しておくよ」
私が頭の中で救出プランを立てていると、ワイズが自慢げにそう言って、ゴーレムに攻撃指令を出す。
「それは楽しみさんでございましょう」
それを意気揚々と迎え撃とうとするねねちゃん。
「ねねちゃん待って! あのゴーレムの中の人、モンスターの黒いオーラが出てないから多分人間!」
ねねちゃん、中の人諸共みじん切りにするつもりだ!
私は咄嗟にねねちゃんのビキニの紐を引っ張って引き留める。既にアカウントは凍結されている、乳首がまろび出ようが関係ない。
「おっとと、本当でございますか!?」
「ん? ああ、君達の行動抑制にはそれも有効だったか。そうだとも、これは人間に対する黒晶石の侵食実験の失敗作だ。どうだね、破壊し難くなったかね?」
事も無げにそう言ってのけるワイズ。気に入らない、人の心が全くない。
「説明は以上だ。私はこれから用事があるので失礼するよ、精々この失敗作と戯れていてくれたまえ」
おまけに黒晶花を投げて半魚人モンスターを繰り出すと、ワイズはここから立ち去るべく踵を返そうとする。
でも、そんなこと私が許すはずがない。この手の輩は絶対に逃がしちゃいけないのだ、逃せば別の所で悪さをするに決まっている。
「ごめん、ちょっと武器貸して!」
私はビキニトリオの短刀を無理矢理二本借りて、ワイズに向かって矢継ぎ早に投擲する。
「ぐっ!」
見せ球である喉元を狙った短刀は防いだワイズだったけれど、本命である太ももへの投擲が見事に突き刺さり、そのライオン顔を苦痛に歪ませた。
「これで簡単には逃げられない。ねねちゃん、今だよ!」
「ほい来たでございましょうっ!」
突き刺さった短刀を引き抜いていたワイズに、二本の刀を構えたねねちゃんが飛び掛かるように斬りかかる。
「おのれぇっ!! 失敗作、私を守れ!」
引き抜いた短刀を投げ捨て、鱗の生えた腕で斬撃を止めながら、ワイズが苛立ち混じりに叫ぶ。
でも、足にダメージを負って機動力が削がれた今、ねねちゃんの素早い斬撃を捌いて逃げることは容易じゃない。
苛烈な斬撃の嵐にワイズは進退窮まり、その場での防戦を余儀なくされてしまう。
「ラブリナさん、ゴーレムの方はお願い! 中の人、助けられるよね!?」
「はい、任せてください!」
セレナちゃんの瞳が妖しく紫色に輝き、ラブリナさんへと切り替わる。
ゴーレムへと一気に跳ね駆けたラブリナさんは、杖剣でゴーレムの腕を弾き飛ばし、更にゴーレムの足に向けて突きを繰り出して無理矢理後退させていく。
これでゴーレムは足止めされた。ワイズを守る盾はない。
「私も加勢してくる! リオちゃんとミコトちゃんはビキニの子達を守ってあげて!」
「わかったのです!」
この騒ぎを聞きつけたのか、付近には半魚人モンスターも出現していた。
私はコンテナの蓋を投げつけて半魚人モンスターの目を眩ませると、死角からエラに斬り込むようにしてモンスターの首を撥ね飛ばす。
私はそのまま走る足を止めず、体勢を低くしながら滑るように駆けて、ねねちゃんとの小競り合いに夢中なワイズの死角へと入る。
「はいはーい、中々のお手前でございますねぇ。だからこそ、片足の踏ん張りが効かないのは致命傷でございましょ?」
「おのれおのれ! 家畜に過ぎない肉の体如きがァ!」
二本の刀で絶え間なく襲い掛かるねねちゃんの猛攻を、鱗のついた腕で辛うじて捌き続けるワイズ。
その姿に余裕はない。エセ紳士ぶったキャラのメッキも剥げている。このままでもねねちゃんの勝利はほぼ確実だろう。
でも、相手の可能性は全部刈り取る。悪党には万が一のチャンスすら与えない。
私は通りすがりのかまいたちみたいに攻防の後ろを素早く駆け通り、ワイズの無事な方の足を斬りつけた。
「グガッ!?」
通った。これで完全に勝負は決したけれど、ダメ押しにもう一本。素早く鉈を斬り上げてその左腕も貰っておく。
腕を失ってよろめくワイズ。これでおしまいだ。
「さあさあ、楽しかった戦いもこれでおひらきでございますよー。二刀八身十六法……」
その隙だらけの姿をねねちゃんが見逃すはずもなく、一気に決着をつけるべく必殺の構えを取る。
「ふ、ふざけるなよ! 私の野望は今ここからなんだぞ!? 私は鍵守達の幹部なんだぞ!? それを、それをこんなどうでもいい所で……!」
「落葉」
上下左右から目にも止まらぬ剣閃が走り、ワイズの首を飛ばし、断末魔をあげる暇さえ与えず腕、足、胴をまとめて十六分割してしまう。
首と体が揃って黒い煙を上げて消え去り、体のどこかについていたらしい黒晶石の柱が灰の上に転がった。
「これがあの変なライオネルフィッシュの本体、だね」
その黒晶石に見覚えがあった私は、これそこがワイズの正体であると看破し、往生際悪く残っていたそれを鉈で完全に砕く。
砕かれた黒晶石の柱は、バラバラになったワイズの体と同じように灰になって消え去った。
「こりす、ゴーレムに取り込まれていた方の救出、終わりましたよ」
ラブリナさんの方を確認すれば、既にゴーレムも灰になっていて、その中心に裸の女の人が倒れていた。
「中身の人の怪我はささっと治しておいたのです、えっへん!」
「ありがとう、ミコトちゃん」
他に敵の気配がないのを確認して、私はほっと胸を撫でおろす。これでようやく一安心だ。
「あ、三人にこれ返すね、曲がってたらごめん」
私は地面に転がっていた短刀を大急ぎで回収して、金ビキニの子達に返却する。
勝手に投擲アイテムとして使っておいて、そのまま返されても困るかもしれないけれど、緊急時だったから仕方ないと言うことにしておいていただきたい。
「え、ああ、いえいえ! むしろ助けて貰った側なんで! 湖畔エリアに続いてまたもや感謝ですよ!」
私の言葉をぽかんと聞いていたビキニの子が、ぐっとサムズアップして言う。
「ふぃー、ウチのアカウントは犠牲になったけど、救助者は助けられたから仕方ないとしときますか。んで、それちゃんとした防具なん?」
「勿論ですよー! 今の私達はおねねさんみたいな一流のビキニ冒険者ですよっ!」
誇らしげに胸を張るビキニトリオ。
誠に申し訳ないけれど、それはダメな方向へ進化してしまったのではなかろうか。
「ビキニトリオはどうして未整備エリア冒険なんてしてたん? どう見ても未踏配信する系の配信者には見えんけど」
「いやー、ビキニ配信直後は結構いい感じだったんですけど……最近は視聴者さんも金ビキニに慣れてきたっぽくて、テコ入れで未整備エリアでも配信してみようかなぁと」
なんて圧倒的危機感の欠如! この子達、学習していない。全く!
「おバカか」
呆れ顔で深々とため息をつくリオちゃん。
私も完全に同意するしかなかった。
「あ、今コイツ全く懲りてねぇなって顔しましたよね!? してますからね、反省! いっぱいしてますよ! 怪人に襲われるのが想定外だっただけです!」
リーダーっぽい子がそう反論して、そうだそうだと脇の二人が合いの手を入れる。
「いやいや、想定外が起こるのが未整備エリアなんだって。未発見のレイド級モンスターや、場違いモンスターが居る可能性もあるわけだしさ」
「う……すみません。今度から未整備エリア配信する時は、境界付近の安全圏で配信します……」
リオちゃんに軽々と論破され、ビキニトリオがしょんぼりと頭を下げて反省する。
でも微妙に反省が足りてない……!
「今の説明ではわからないんですが、皆さんが怪人に襲われていた理由はなんですか? 偶然出会ったにしては執拗に追いかけられていたように見えましたけれど」
コンテナに入っていたアルミポンチョを裸の女の人に着せ終え、セレナちゃんがやって来る。
「そうだ、窮地を切り抜けてすっかり忘れてました! 私達、見ちゃったんです!」
「何を見たんです?」
「大きなモンスターを引き連れた怪人達が建設中の拠点の方へと向かってる様子です! それでダンジョンホットラインに通報しようとしていたら……」
「その前に怪人に見つかっちゃったんだね」
私の言葉にリーダーの子が頷く。
「では、まだダンジョンホットラインに連絡は入れていないんですね?」
「はい、私達の配信もポルノゴーレムのせいで止められてましたし、命からがらリオちゃんの配信にレス1000できたぐらいですから……」
「これは困ったさんでございますよ。おねねさん建設中の拠点へと連絡入れてみたのでございますが、誰も出てくれないのでございます」
傍らに浮かべた魔石スマホをつついて、ねねちゃんが困った顔をする。
反応がないのは心配だ、既に拠点が襲撃されている可能性がある。急いだ方がよさそう。
「リオちゃん、後詰めのダン特パーティが近くに来てるんだよね? この子達に助けた人を連れて行って貰って、私達は先行した方がいいんじゃないかな」
「ちょっと心配だけど、おねねさんとラブさんがいる以上、それがベストか……悪いんだけどさ、そこの人担いで連れ帰って貰える? ちょっと後ろにダン特パーティがが居るんで、カバーして貰えるようウチ等が連絡入れとくからさ」
「わかりました! 見事やり遂げたら私達のチャンネルにゲスト出演お願いします! セブカラコラボしたいです!」
「おねねさんが引き受けてくれるよう、ウチから言っとく」
「やったあ! うおおおおーー! セブカラコラボのためにーーーっ!」
目の色が変わったビキニトリオが、騎馬戦みたいなフォーメーションで女の人を運んでいく。
なんて言うか、凄い。配信に賭ける執念が! バズりの亡者さんなの!?
「時にリオ、どうして自分ではなくおねねさんの出演を報酬にしたんでございます?」
「だってウチは"元"セブカラだし。いいじゃん、おねねさんも混ざってビキニカルテットしてきなって。ほれ、こりっちゃん急ぐよー」
怒涛の流れにぽけっとしていた私の背中を叩き、リオちゃんがコンテナの上にミコトちゃんを乗っけて走り出す。
ダンジョン配信者にはしたたかさも必要なんだなぁって、私はリオちゃんを追いかけながら思うのだった。