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第13話 さざ波の魔王7

 秘密結社黒薔薇の鍵守とは、西洋のとある大魔術結社をルーツとする黒薔薇会の分派である。

 それなりに歴史ある結社ではあるものの、彼等はこの世界において脅威度も存在感もない存在でしかなかった。

 何故ならば、魔法少女、魔法使い、異能者、怪人、妖怪、異世界人に宇宙人、数々の"本物"達が跋扈するこの世界のアンダーグラウンドにおいて、彼等が傾倒しているオカルティックな魔術活動など浅瀬のお遊戯に過ぎなかったからだ。


 だが次元融解現象が起こり始め、ダンジョン時代が幕を開けたことでその状況は一変する。

 ダンジョンで<レベル>と<クラス>を得ることによって魔法発現の可能性があると知り、他の魔術結社と同じように我先にとダンジョンへと繰り出し、彼等は不運にも"それ"と出会ってしまった。


 その後、ダンジョンで新たな知見を得た彼等は、マジックアイテムの開発に影ながら関わることでその存在感を増していく。

 その存在を知る一部の者達は密かに囁く、彼等の躍進の裏にはダンジョンで手に入れた古代魔法文明の遺産と技術があるのだろうと。

 しかし、その対価として彼等が"彼等自身"を対価として支払っている。その真実を知る者はいない……


  ***


 僅かな灯りしかない薄暗い部屋、拘束台に全裸の少女が拘束されている。

 猿ぐつわを噛まされた少女は目に涙を浮かべ、この場から逃れようと体をねじらせて必死にもがく。

 それを見下ろしているのは、モンスター化した一人の怪人。最近幾度も討伐されているライオン頭の半魚人怪人ライオネルフィッシュ。

 だが、その表情は他の半魚人怪人とは違う知性と邪な意志を醸し出していた。


 少女を見下ろすライオネルフィッシュは、モンスターを黒晶石個体化させるのに使う尖った黒晶石を手にすると、少女の肩口へと迷いなく振り下ろす。

 激痛で少女が体をのけ反らせ、その白い肌が鮮血で紅く染まる。体へと食い込んだ黒晶石は、少女の鮮血ごと体を覆い尽くし飲みこんでいく。


 ライオネルフィッシュは少女が黒晶石に飲みこまれていく姿を淡々と観察していたが、


「肉体への侵食なし、やはり失敗か」


 つまらなそうにそう言って、手にしていた研究レポートを床に放り投げた。


「くすくすくす。また失敗したのですね、ワイズ」


 黒晶石で洗脳されたメイドが床に散らばったレポートを集める中、ノックもなく部屋に入ってきたのは蝶のような女怪人"レギーナ"。


「レギーナか、モンスターならばこれで体を乗っ取れるのだがね。やはり肉の体と黒晶石の体では勝手が違うようだ」


 ライオネルフィッシュの体を使っている存在である"ワイズ"は、レギーナにそう答えると、ため息をついて椅子に腰かけた。


「わかっていることです。肉の体と黒晶石の融合はラブリナ様の一例だけ、肉の体への黒晶石侵食は未だ研究段階に過ぎないのですから」

「クロノス社が白鴎院セレナの拉致に成功していればよかったのだが……。いや、中にラブリナの欠片が宿っている以上、肉の体に縛られる人間如きがどうこうできるはずもないか」


 少女の体を覆った黒晶石がゴーレムの形に変化していく様子を眺めながら、ワイズが気だるげにライオン頭のタテガミを横に揺する。


「くすくすくす、それは当然のこと。人よりも黒晶石の方が優れている、それが私達の結論なのですから。私達鍵守が千年以上も意識を保存できているのも、体を捨てて楽園の大樹に記憶を写したからに他ならないでしょう」

「意識を大本の黒晶石に移し、必要に応じて仮初の体を得る方が便利であることは私も認めている。だが、次元の果てに隔離され続けるのはもうウンザリだ。我等がこの地上を支配するためにも、いい加減楽園の扉を手中に収めておきたい。レギーナ、鍵は手に入ったのだろうね」

「ようやく。これこそが探し求めていたエリュシウムの鍵、その複製品です。後はウィルが開門巫女か那由他会の秘蔵する宝珠を回収できれば、計画に必要な素材は揃うことでしょう」


 言って、蝶怪人レギーナが鍵の形をしたマジックアイテムを見せる。

 それは国立魔法具研究センターから奪われた、エリュシウムの鍵のレプリカだった。


「ふぅむ、計画は今の所順調……だが、あの厄介極まりない扉守がそれを許すまい。彼女から見れば我等は墓場から這い出した亡者に過ぎんらしい。裏界での企みを見過ごして貰えるとは到底思えんが……」

「アアアッ! 許されないの! 許されるわけないの! ふざけんななのォ!! ワイズ、体を! もっと強い体をよこすの!」


 良からぬ企みを画策する二人の前、黒い煙を出したピンクのゴリラ怪人"アンジェラ"が駆けこんで来る。


「くすくすくす、荒れていますこと。あの様子では黒晶門の防衛は失敗してしまったのでしょう」

「慢心が過ぎるな、アンジェラ。黒晶門付近での戦闘なら、本体を残して黒晶花で作った仮の体を使えばよかったものを」

「ちゃんと切り離して黒晶花を使ったの! なのにダメージの反動が本体にもきてるの! 理解不能なの! どういう仕組みなの!?」

「ほう、それは興味深い現象だ。肉の体は斬られたと強く信じ込むと、実際斬られていなくとも同じダメージを受けると言う話も聞く。つまり、我等の意識もそれと同じように……?」

「ワイズ、そんな考察は聞きたくないの! あのエリュシオンとか言う魔法少女、デタラメ過ぎて意味がわからないの! こんな弱っちい怪人の体じゃ戦いにもならないの! さっさと新しい体を、強い体をよこすの!」


 徐々に崩壊していく怪人の体を見せつけながら、アンジェラは怒りに任せ、ワイズの脇に控えるメイドを蹴りつけようとする。

 だが、それはワイズの吐き出した水弾によって遮られた。


「貴重な実験体を傷つけるのは止めたまえ、アンジェラ。"家畜"は紛れもない資産だ、今の我々にとって入手しにくい貴重なリソースでもある。彼等と言うリソースを繁栄の為に最大活用してやるのが、支配者としての器量であり義務と言うものだ」

「今地上で行っている計画を進めるのにも、まだまだ黒晶石で洗脳した家畜が必要。それを憂さ晴らしで消費するだなんてとんでもない損失ですよ」

「レギーナの言う通りだ」


 蝶怪人レギーナの言葉にワイズが同意する。


「御託はいいの! 体を、こんな脆弱じゃない体をよこすの! アンジーはエリュシオンをぶち殺さないといけないの! 絶対にぶち殺してやるの!」

「ふむ。エリュシオン、楽園と同じ名を持つ魔法少女か……。だが、それほどかね?」

「ソーニャが成り損ねた魔王を倒したのも彼女のはずです。他の魔法少女はともかく、魔法少女エリュシオンは侮れないでしょう」

「先日のアレは実に惜しかった。ソーニャがしくじらなければ、我等の地上支配計画は大きく進んでいたものを……。確かに我々の企みはかの魔法少女に幾度となく潰されている。円滑な計画遂行のためにもそろそろ排除すべきか」


 ワイズは天を仰いで大きく息を吐く。


「ワイズ! 偉ぶってないでさっさと次の体をよこすの! アンジーの体はもう崩壊寸前なの! このままじゃアンジーが本当に死ぬの!」


 企みばかりを語る二人の迂遠な会話に、アンジェラが苛立ちを隠さずに大声で主張する。


「アンジェラ、落ち着いてはいかがですか。普段から叡智を自称する方の態度にはとても見えません」

「叡智……叡智いいっっ!! がああああっ、エリュシオン~~~っっ!! 黙れ、黙るの! アンジーのっ! ボキャブラリーはッ! 貧相じゃないのおおおおっ!」 

「これはこれは、お労しい……。なんと無様なのでしょう、エリュシオンに余程酷いトラウマを植え付けられてしまったのですね」


 叡智と言う単語がトラウマを刺激したらしく、更にキレ散らかすアンジェラ。

 あまりに情けない姿を見せつけられ、レギーナとワイズがうんざりしながら顔を見合わせる。


「だが、アンジェラ。我等が同志として迎え入れた怪人達の体では、エリュシオンを倒すのにはスペックが不足しているのだろう? 我々はあの邪魔極まりない扉守の対策も早急に講じねばならん。特別製の体を用意するような労力は割けんよ」

「っ! レギーナ! それならお前が何とかしろなの!」

「くすくすくす、承知いたしました。それでは私の計画を手伝っていただきましょう。計画が上手くいった暁には、あの邪魔な扉守を退け、更に高性能な体を入手できることをお約束いたしますよ」


 黒い煙をあげながら詰め寄るアンジェラに、レギーナが翅を広げて邪悪な笑みを浮かべる。


「その話、乗ってやるの!」

「くすくすくす、ではこちらをお渡しします。首尾よく動いてくださることを期待していますよ」


 そう言って、レギーナは奪ったばかりのスペアキーをアンジェラに手渡すのだった。

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