第12話 高慢王1
第四話 高慢王
日の傾き始めた海岸丘陵、黒い芋虫の奇声がこだまする。
アンカーによる拘束を振り払おうと芋虫が暴れまわり、それを阻止すべくレイドパーティが芋虫の体を攻撃する。その隙に後方支援の冒険者達が更に拘束アンカーを発射、芋虫を厳重にアンカーで縛り付けていく。
現状、レイドパーティは芋虫に一切の反撃を許さず攻撃し続け、周囲のモンスターは一般参加者の手によって討伐されている。
"黒晶石個体三体目撃破! 我がパーティ強くない?"
"拘束アンカーの魔力消費きっつい。魔法職の魔力を根こそぎ搾る機械かよ"
公式配信に書き込まれていくコメントからも特に慌ただしい様子は感じられない。突発的に始まってしまったものの、今の所レイドは順調だった。
「……いや、でもこれホントに順調なんかな?」
丘の上からレイドパーティの奮戦を見下ろすリオは、配信には聞こえぬようスマホを離して小さく呟く。
一見すれば順調なのは間違いない。討伐対象である芋虫は尋常ではないタフさを誇っているが、相手は深層モンスターを越える難敵であの巨体、そこは織り込み済みだ。
だが、それでもリオは一抹の不安を感じざるを得なかった。
「リオ、私はこれから後方支援に回るわ」
丘を跳ね飛んで来たナナミがリオに向かって一方的にそう言うと、横に置かれたコンテナから魔力回復用のポーションを取り出し、そのままコンテナの縁に腰かけて飲み始める。
「いやいや! ナナミ、レイドパーティ置き去りにして何勝手に休んでんの。まだ変身時間残ってるじゃん」
「許可は取ってあるわ。私の役割はヒーラー、変身解除後もちゃんと回復できるよう、魔力は残しておく必要があるでしょ」
その言葉を聞いたリオは、視聴者とレイド参加者に挨拶して公式配信を中断し、レイド用ライブカメラに配信先を切り替えた。
「あー、やっぱナナミもレイド長引くと踏んでんだ。……おねねさん達も同意見?」
「いいえ、私個人の意見よ。皆も想定より強いとは思ってるみたいだけど、レイドボスなんて想定通りに倒せないものだから、誤差の範疇だと思ってるでしょうね」
「ナナミ達は間近で戦ってるから気づかないと思うけどさ。あの芋虫、まだ全体が見えてないんよ。後ろ部分がずっと隠れっぱなし」
リオはレイドパーティが戦っている芋虫前方ではなく、こりす達が居るであろうアジト付近を槍で差す。
想像以上の大きさなのか、あの黒い巨体は可変なのか、理由は定かではないが、あの巨大芋虫は未だその全貌を隠している。
いくら強力なレイドモンスターと言えど、これは明らかに異常だ。
「ラブリナさん達が那由他会アジトに居るのは不幸中の幸いかもしれないわね。あの芋虫が黒晶石の魔王級だとしたら、流石にねね達でも荷が重いわ」
「は、そこもウチと同意見ってわけね。突発レイドになって言う暇なかったんだけど、那由他会に巣くってる変な奴の目的、黒晶石の魔王になることだとさ。ダン特の設楽さんが言ってた」
リオは自らが抱く不安の正体を理解する。リオとナナミは黒晶石の魔王であるラフィールの強大さを直に見ている。故にこの状況を楽観視していないのだ。
あの芋虫が前回の円盤に相当する物であるのなら、この後に本命の魔王が降臨しても不思議はない。万が一そうなれば容易には止められないだろう。
「はぁ!? なれるものなの、魔王って!?」
「いやいや、そんなんウチが知る訳ないし」
「こほん、それはそうでしょうね。ただ、設楽さんがそう言っていたのなら多分本当よ。あの人は憶測でものを言う人じゃないから」
「同じダン特のナナミがそう言うなら、ウチも頑張らないといかんぽいね。わかった、ナナミは変身解除してウチと公式配信変わって。ウチは変身してレイドの戦力になってくる」
「任せたわ。レイド参加者への指示はちゃんと出すけれど、公式配信のクオリティは期待しないでおきなさいよ。私はアンタみたいに四六時中配信してないんだから」
ナナミはそう言いながら変身を解除すると、リオへ変身用ペンダントを投げ渡す。
ペンダントを受け取ったリオは、代わりに自分の傍に浮かんだスマホを操作して、ナナミに公式配信権限を渡そうとする
『リオちゃん! 今配信してる!?』
途中、スマホが空中で大きく揺れて、緊急連絡が入った。
「大丈夫、聞かれてマズイ相手は近くに居ないから。こりっちゃん、そっちはどうなったん?」
緊急連絡してきた相手がよく知る黒髪の少女であるとわかり、リオは素早く現状を尋ねる。
『あの芋虫、ルミカちゃんや那由他会の人達を飲み込んで、隠し持ってたラブリナさんの欠片まで取り込んでる!』
「なんじゃそりゃ、危惧してた事態の詰め合わせじゃん!?」
想像していた最悪の展開に、リオの頬に一筋の冷や汗が流れる。
戦闘面ではずぶの素人だったクロノス社社長でさえ、ラブリナの欠片があれば深層モンスター以上の戦闘力を持つことができる。
元々強い力を持つレイドモンスター。それがラブリナの欠片を取り込んだ場合の強さなど、正直想像したくもない。
「こりす、後ろは海岸丘陵拠点みたいだけど、ミコトの開門で一度撤退したのね!? 賢明な判断だわ!」
リオを押しのけるようにして、隣で話を聞いていたナナミが言う。
『あ、ナナミちゃんも居るんだ。ううん、ミコトちゃんは自分の開門くぐれないし、拠点に居るのは私だけだよ。あの芋虫、魔法文明の遺物で街と繋がるダンジョン入り口を作って侵略しようとしてたから、私が遺物を奪って開門で拠点と繋げて次元融解現象を引き起こした』
「こりす……貴方正気で言ってるの? 洗脳とかされてないでしょうね!?」
ナナミは不機嫌な顔でそう言うと、拠点がある方へと視線を移す。
青々とした夏空しかなかったはずの拠点の上、見事な次元の裂け目が出来上がっていた。そして、その繋がる先はナナミ達もよく知る街の風景だ。
「マジかぁ、本当にダンジョン入り口できてんじゃん……」
苦虫を噛み潰したような顔で地上と海岸丘陵の境界を眺めるリオ。
あんなものを見せられては、こりすの言葉が事実だと認めざるを得なかった。
『リオちゃん、ナナミちゃん、これは私の見立てなんだけど、あの芋虫は地上侵略を諦めきれなくて今から猛攻を仕掛けてくると思う。そっちでできる限り食い止めて、ラブリナさん達もすぐに駆けつけてくれるはずだから』
「拠点を壊して、今度こそ地上との境界を越えるつもりなのね」
ナナミの言葉に、画面の向こうのこりすが重々しく頷く。
「わかった。どの道、ウチは変身してレイドの救援に駆けつける予定だったし」
『うん、お願い。私もここからできる限りのことはするか……』
そう言いかけた画面の向こう、拠点の係員が大勢でこりすを取り囲んでいく。
『君、これは一体何事なんだ! 説明してくれるね!?』
『え、ええと、あの……』
『学生証は? 身分を保証してくれる人は居る?』
『り、り、り、リオちゃん!? 事情説明、お願い! 助けて!?』
大挙してきた係員に詰め寄られ、涙目のこりすが画面越しに助けを求めてくる。
「いや、だってウチ等詳しい事情わからんし。それはこりっちゃんが言ってたできる限りすることに入ってるって。こっちはちゃんと引き受けたから、安心して事情聴取されときなー」
『ご、ごもっともな意見だけど、私凄く困るよぉ!?』
半べそのこりすに苦笑いしつつ、リオはコンテナに立てかけてあった槍を手に取る。
「ってなわけで、ナナミ。ウチは急ぎでレイドパーティに駆けつけるから、公式配信よろしく。最悪、危なくなったら一般冒険者は撤退させといて」
「言うまでもないでしょ。ダン特にも大至急で応援要請を入れておくわ……後、こりすの方もフォローしておいた方がいいわよね」
「一応頼んだ。ま、こりっちゃんは自分のこと弱者側だと思ってる強者だし、あたふたしてる間は大丈夫でしょ」
「あの子、本気になると静かになるタイプだものね。いいわ、とにかくアンタは目の前の敵に集中しなさい、今から飛び込むのは正真正銘の修羅場よ」
「わかってる、ウチも一応魔法少女だしさ。ルミカじゃないけど、相応の責任って奴ぐらいは果たすよ」
言いながら、リオは椅子代わりにしていたアイテムコンテナから、役に立ちそうなものを取り出していく。
「リオ、回復薬はもう少し多めに持って行きなさい、レイドパーティ回復役不在になってるから。それとアンタは携帯食を食べてから行くのよ、この後どれだけ戦闘時間が必要かわからないでしょ。それから……」
「ちょい待ち、大丈夫、もういいから! ナナミはウチのお母さんかよ! ウチだって冒険者として最低限の自己管理はできるって!」
あれこれと面倒を見ようとするナナミを慌てて制止すると、リオは変身用ペンダントを身に着けながら丘を急ぎ駆け下りていく。
それを待ち受けるように芋虫が特大の絶叫をあげ、拘束アンカーを引きちぎりながら鎌首をもたげた。
誤字修正いたしました。
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