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第1話 魔法少女の帰還1

 白い巨体で高層ビルを薙ぎ倒し、竜が吼える。

 戦闘機の隊列がビルの合間をすり抜け、竜に向けて次々とミサイルを放つ。

 真っすぐに放たれたミサイルは竜の体に命中し、その体に爆炎の花を咲かせていく。

 その炎が晴れるよりも早く、戦車が砲弾を放つ。だが度重なる攻撃を受けてなお、白い竜には傷一つない。

 現代兵器を意に介さず、巨大な白竜がビル街を闊歩するその様は、さながら怪獣映画のワンシーンのようだった。


「くそっ! こちら第三分隊、非魔力兵器効果なし! 通常のモンスター同様、レベル持ち以外の攻撃は通用しません!」


 大剣を背負った女が己の無力さに憤り、通信機を壊しそうなほど強く握って報告を入れる。


『レベル持ちの冒険者どもは?』

「既にダンジョン特別戦闘部隊、冒険者共に全員撤収済み! ダンジョンから出現した生物の推定レベルは測定限界を超えています。連中でも歯が立ちませんよ!」

『わかった。設楽、全員に撤退の指示を出せ』

「ですが……! このまま野放しにしては街が、いいえ! 国が滅茶苦茶になりますよ!?」

『問題ない、奴さんがお出ましだ。奴さんで無理なら誰にも止められんさ』


 その言葉に、女は双眼鏡片手に竜の周囲を確認する。

 折れた高層ビルの壁面、白い竜へと疾走する少女の姿があった。


「結局またアンタ頼りになるのか、魔法少女エリュシオン!」


 白いレオタードのような戦装束(ドレス)に燐光纏い、銀のツインテールなびかせて、黄金の瞳で白い竜を見据えて少女が駆ける。

 ビルを蹴りつけて跳ねた少女が振りかぶり、銀の手甲で竜の額を殴りつける。

 近代兵器をものともせず我が物顔で暴れまわっていた竜が悲鳴をあげ、その顎を砕けた道路へと叩きつけた。


「人の助けを呼ぶ声あらば、燐光纏いて私は来よう。悪を断つ銀のシリウス、魔法少女エリュシオン」


 向かいのビルに着地したエリュシオンが腕を組み、鎌首をもたげる竜を見下ろしながら決め口上を告げる。それは未だかつて逃れ得た者のない悪への死刑宣告。

 それを迎え撃つように竜が力強く吼え、エリュシオンに向けて白いブレスを吐く。

 だが、既にエリュシオンはそこにいなかった。


「穿つ銀の閃撃<エリュシオンダイブ>」


 砕けた道路に着地するエリュシオンの背後、腹部を貫かれた白い竜が地響きと共に大地へ沈んだ。


  ***


 正義の味方は孤高のヒーロー、知られちゃいけないその正体。

 大昔から使い古されたその台詞。使い古されるってことはつまり、それだけ大事で昔の人が何度も失敗してきた教訓なのだ。

 そして私、魔法少女エリュシオンこと天狼こりすも、今現在その失敗の報いを受けている。


「セレナちゃん!」


 私の目の前、白い竜の体が親友をずぶずぶと埋め込むように飲み込んでいく。

 私がさっき砕いたはずのその体は、黒く光る結晶によって繋ぎ合わされていて、最初に叩いた額には黒い水晶のような大きな角が生えていた。


『エリュ……リュ、リュ、リュ、エリュシオンッ!』


 白い竜が絞り出すような声で吼える。怨嗟のようなその咆哮は、間違いなく変身した私の名前を叫んでいた。

 そして、巨大な洞のような竜の目はずっと変身していない私へと向け続けられたまま。間違いない、竜は私がエリュシオンだって知っている。だから私の親友を狙ったの?


「どうしよう……! 私だ、私のせいで!」


 手応えはあったのに倒したんじゃなかったの、とか。

 なんでこんな所にいるの、とか。

 後始末をしてくれているはずの大人達はどうしちゃったんだろう、とか。


 混乱する頭の中で色んなことがぐるぐると渦巻き、どんなに強くて怖い相手と戦うときも震えなかった足が、今は恐怖でガタガタと震えている。

 このままじゃ、私のせいで親友が死んでしまう。ついさっきまで私の隣で笑っていた親友は、もう完全に竜の中へと飲み込まれてしまった。怖い、怖くて息ができない。


『エリュシオオォォォオンッ!』


 そんな私を相手が待ってくれるはずもなく、竜は一際大きく、さっきよりも鮮明に私の名前を叫んで空に黒い息をまき散らす。


「変身、変身しないとっ!」


 恐怖で動かなくなりそうな胸を抑えつけ、震える足を叩いて私は変身する。


 かくして、復活した竜を泣きながら倒して親友を助け出した私は、魔法少女を引退し、そのまま引きこもりになった。




  第一話 魔法少女の帰還



「うああああっ!?」


 ベッドで跳ね起きた私は、早鐘を打つ胸を押さえながら辺りを見回す。

 そこは閑静な住宅街の小さなお部屋、こじんまりとしたテーブルに置かれたスマホと冊子、ハンガーにかかった新品の制服。

 カーテンの隙間から入って来る日差しが朝を告げ、黒猫のにゃん吉さんが座布団の上で丸くなっている。いつも通りの私の部屋だった。


「ふわあぁ。おはよう、こりすちゃん。随分とうなされてたけど、昔の夢かい?」


 私の叫び声で目を覚ましたらしいにゃん吉さんが、座布団の上で大あくびをしながら伸びをする。

 にゃん吉さんの見た目はどう見てもデブ猫だけど、一応異世界から来た異世界人の類らしいので人語を喋ることができるのだ。


「う、うん。暫くは見てなかったんだけど……学校、また行くことになったからなのかな」

「いやぁ、感無量だよ。引きこもりだったこりすちゃんが、ついに社会復帰してくれるんだからさ。今夜は御馳走だね」


 にゃん吉さんは腕組みをして満足そうに頷くと、パックに入った猫用おやつを食べ始める。


「にゃん吉さん、ダメだよ! おやつは一日一本だって約束だよね!?」


 それを見た私は慌てておやつのパックを取り上げると、棚の一番上に隠してしまう。


「えー、今日ぐらいはいいじゃない」

「よくないよ」


 不満そうな顔で爪とぎするにゃん吉さん。私はカーペットにコロコロをかけながらその姿を睨みつける。

 エリュシオンの相棒だった頃は、夜の黒豹みたいでカッコよかったのに、今やすっかりメタボ気味の座布団猫だ。


「そうかい。こりすちゃん、そろそろ学校に行く準備した方がいいよ。初日から遅刻じゃマズイからね」


 あ、あの態度は絶対反省してない。絶対後で食べる気だ。

 にゃん吉さんは賢いから、おやつを隠しても勝手に見つけて食べてしまうから本当に困る。

 どのぐらい賢いかと言うと、引きこもってた私にお勉強を教えてくれてたぐらい賢い。

 引きこもってた私が、高偏差値校である第十六特殊地域学園、通称"ダンジョン学園"に入学できたのも、にゃん吉さんのマンツーマン個別指導のおかげなのだ。


「そう言ってお代わりする気でしょ。そんなに食べるとまんまるな猫ダルマになっちゃうよ」


 私は着替えるために脱衣所に入りながら、にゅっと顔だけ出してにゃん吉さんに釘を刺しておく。

 でも、それとこれは別の話。このままメタボを極めるのはにゃん吉さんのためにならない。


「こりすちゃんの方こそ気を付けた方がいいんじゃない? いつもの服、最近きつそうに着てるよね」

「それは単なる成長期だよ! 私の場合、過剰なカロリーは魔力に変換されるから太らないって知ってるくせに!」


 一般平均よりも随分大きく育った胸をむにっと触りつつ、そう言い返す。

 大丈夫、私は別に太ってるわけじゃない。魔法少女時代の習慣でちゃんと運動してるから、お腹だってくびれてる。

 早くも胸の辺りだけがきつくなっている制服を着ながら、私はそう自分に言い聞かせる。あ、胸ボタン弾け飛びそう。


「横着せずにちゃんと髪も梳かすんだよ。こりすちゃん、ちゃんとしてれば可愛いんだから」


 悪戦苦闘しつつも何とか制服に着替えた所で、にゃん吉さんが私の行動を見透かしたように声をかけてくる。


「わ、わかってるよ。今更褒めて育てようとしなくてもいいよ!」


 口ではそう言い返しながら、慌てて髪を梳かす私。

 鏡に映る自分の姿は、ちょっとぱっつん気味の前髪にボブカットの黒髪童顔。顔自体は悪くないと思いたいけれど。親友であるセレナちゃんよりどう見ても子供っぽい。

 そんなことを考えながら部屋に戻って来れば、にゃん吉さんは二つ目の猫用おやつを食べていた。さては髪を梳かせって言ったの、時間稼ぎだったな。


「にゃん吉さん!」

「トースト、かけといたよ。ちゃんと朝ご飯は食べなきゃダメだよ、ダンジョン学園なんて体が資本なんだから」


 お母さんみたいなことを言うにゃん吉さん。おやつのパックを持っていない方の手は時計を指差していて、時間は遅刻するギリギリだった。


「あ、ありがと!」


 結局、バタートースト一枚で見事に丸め込まれてしまう私。

 私はトーストを咥えながらテーブルの上に置かれた書類を見る。学生証の隣には一通の封筒あって、中の書類には私がダンジョン学園に入学する切欠となった情報が書かれている。

 そう、私には入学する目的がある。私はあの時巻き込んでしまった親友セレナちゃんの怪我を治すため、ダンジョンでしなければならないことがあるのだ。


「こりすちゃん、動き止まってるよ」

「わ、わかってるよ」


 二枚目のトーストを食べながら鞄に荷物を詰め込むと、制服の上から赤頭巾のようなフードをつけて、最後に傘立てに入っていた鉈を持って準備完了。

 昨日ホームセンターで買った鉈には学校指定のシールが貼ってあって、これを見せればダンジョン用の武器と認められ、職務質問されても補導はされないのだ。


「あ、こりすちゃん、少し待って」


 準備万端と扉を開けようとした所で、ペンダントの紐を咥えたにゃん吉さんがどてどてと玄関にやってくる。


「どうしたの、にゃん吉さん。時間がないって教えてくれたのはにゃん吉さんだよ」

「大事なことだからね。いいかい、こりすちゃん。キミがエリュシオンへの変身に使っていた【エリュシウムの鍵】は、知っての通りコアが失われているんだ。だから今の君は通常プロセスでの変身はできない。今できる変身方法は魔力消費の激しい緊急変身と、後遺症の可能性がある死亡キャンセルだけだよ。十分注意してね」

「何を言うか思えば。どうでもいいことだよ」


 私はむっとした顔で言い返す。

 大事な親友であるセレナちゃんを危険に晒してしまったあの日から、私はもう魔法少女になんて変身しないって決めている。

 だから、それはもう要らない情報だ。


「まあまあ、そう言わずにこのペンダントを持っていきなよ」


 それを聞いてもマイペースにペンダントを押し付けようとしてくるにゃん吉さん。


「要らないよ。私、エリュシオンに変身なんて絶対にしないから!」


 私はペンダントをにゃん吉さんの首に引っかけて断固ノーを突き付ける。

 あのペンダントは私がエリュシオン時代に使っていたもの。身に着けているだけで私の魔力を蓄える魔石がついていて、魔力切れの際に緊急で魔力補給できる外付けバッテリーみたいな代物だ。


「ふーん、こりすちゃんって自分のことをわかってないんだなぁ。ボクからすればキミが今まで引退できていたのは奇跡だね。まあ嫌ならいいや、例え緊急変身だろうとキミが倒せない相手なんて想像つかないからね」


 頑なな態度の私を見て、渡すのを諦めたにゃん吉さんが腕を組んで笑う。

 毎回思うけど、見た目は猫の癖にどうやって腕を組んでるんだろ。


「だから! そもそも変身をしないの! 遅刻しそうだからもう行くね!」


 私は勢いよく扉を閉めて会話を切り上げると、ダンジョン内部にある学校へと急ぐのだった。

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