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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

これは『僕』の物語

ゴースト・インザ・アンダーワールド

作者: イトウ モリ


 深夜を告げる鐘の音と共に、僕の今夜の"ご主人様(ターゲット)"はこと切れた。

 最後の言葉を残すこともなく、ただ静かに、目を不思議そうに開いたまま――。


 きっと自分の身に起きたことすら、何も気づかないまま死んでいったのだろう。


(なんて手際の良さだ……)

 

 僕は深夜の訪問者の、あまりにも鮮やかすぎる所作に見惚れるしかなかった。

 

「お前はどうする? 命乞いでもするか?」


 闇色の隠密服(ステルス・クロス)を着た訪問者が、僕に選択肢のない問いを向ける。その男の声はとても冷静だった。

 人を殺した興奮も罪悪感も、どんな感情もその声からは感じない。


 どうせ命乞いしたって無駄だろう。

 この男は"ファントム"に間違いない。


 姿なき始末屋ファントム。


 その姿を見た者は誰もいない。

 なぜならやつの姿を見た者は皆、例外なく葬られているからだ。


 僕は鼻で笑ってやった。


「どうせ無駄だろ? お前が有名なファントムなら、どうせ僕はここで消されるに決まってる。()るなら()れよ」


 完全に開き直った態度の僕を見て、ファントムは鼻先で笑う。


「リッパー兄弟子飼(こが)いのスペクターは随分と聞き分けがいいな」


 ファントムの言葉に、僕は笑うしかなかった。


 なんてこった。

 最初っから僕の正体までお見通しだったってわけか。


 ガーリン・シティの裏社会において、ファントムとスペクターの名前を知らないものはいない。


 皮肉にもこんな形でファントムとの初対面になってしまったけれど、僕と目の前の男は呼び名の類似性から、二人まとめてこう呼ばれていた。


 ガーリン・シティの亡霊(ゴースト)、と――。




 ファントムの声は若かった。


 達人級の殺し屋と聞いていたせいで、勝手に凄腕のおっさんを想像していたけれど、僕の予想を遥かに超えた若造だった。


 案外、僕と似たような歳なのかもしれない。


 とはいっても、これから自分を殺す相手に親近感を覚えるほど僕はイカレちゃいない。


 実力は一瞬で分かった。

 こんな劣勢の状況じゃあ、僕は絶対にこいつに勝てない。もちろん逃げることもできないだろう。


 もう終わりへの秒読み(カウントダウン)は始まっているのだ。


 あと数秒で僕は消される。


「尻尾を振るしか脳がないもんでね。

 さっさとやれよ。僕は今夜から本物の亡霊(スペクター)に変身ってわけさ」


 僕は無抵抗で両手を広げた。

 不思議と清々しい気分だった。


「そうか。なら、望み通りにしてやろう」


 僕は近づくファントムを正面から見つめた。

 せめてやつの神業を最後に目に焼き付けてやろうと思ったのは職業柄だからだろうか。

 我ながら悪趣味だと思わず(あき)れてしまった。



 死の間際なのに、祈りなんてものは欠片も浮かばない。


 僕みたいなやつに、微笑んでくれる神なんて、誰一人いなかったからだ。


 クソみたいな人生だった。

 思い返したくなるような思い出なんて何もありゃしない。


 何も――。



 なにも……。






 ・・・・・


 ・・・


 ・




「少し出かけてくる」


「あいよー、いってらー」


 僕は顔を向けずに返事をしてやった。

 それが面白くなかったのか、同居人のジャックはいつまでも出ていかない。きっと不満そうに僕を見てるんだろう。


「なんだよ、出かけないのか?」


 雑誌をめくりながら、僕はジャックに全く興味がないような声で相手をしてやる。


「お前も……」


「僕は出かけない。一人で行けよ」


 ジャックの言葉を途中で遮り、僕は特別冷たい声で返事をしてやる。

 ジャックが小さくため息をつく音が聞こえた。


「……クリームパイ、もらってきてやろうか?」


 嬉しさのあまり反射でジャックに顔を向けてしまいそうになったが、寸前で耐えた。


 ジャックの手のひらで転がされてたまるかと、僕はとりあえず冷めた笑みを浮かべて適当な悪態をついてやった。


「お前ってさ、付き合う女、みんな菓子屋の女ばっかりだよな。甘い匂いの女が好きなのか? 甘いものは嫌いなくせに」


「別にそういうわけじゃない。

 ……いらないんだな?」


 ご機嫌斜めなジャックの表情が見れて、僕は嬉しくなる。

 たっぷりの余裕を貼り付けた笑顔で僕はジャックの方へ顔を向けてやった。


「別にそうは言ってない。もしまたもらってきたら食べてやってもいいよ。捨てるのはもったいないだろ?」


「分かった。食べたらちゃんと歯を磨けよ、また虫歯になるぞ」


「う……! うるさいっ、子ども扱いすんなよっ」


 ムキになった僕を満足そうに眺めてからジャックは出ていった。


 なんだよあの勝ち誇ったような顔は……!

 くそムカつく! 振られて帰って来いバーカ!




 ジャックはどこにでもいる普通の男だ。


 すれ違っても、会話をしても、食事してデートして、することしたって、きっと誰もジャックがファントムだなんて思うやつはいないだろう。


 ジャックは外に出る時は、なぜか僕のことも街へと連れ出そうとする。

 でも僕は、明るい時間は部屋から出たくなかった。


 スペクターと呼ばれるようになるまで、僕の人生はただの地獄だった。


 僕が安心して外に出れるのは真夜中だけ。

 街中の人間たちが、亡霊(ゴースト)を恐れて身を潜める時間だけが、僕が自由でいられる時間だ。



 僕はファントムに救われた。

 スペクターとして生きることを許された。




 僕が彼に助けてもらうのは、これで2回目だ。




 まだ僕がリッパー兄弟に飼われるよりずっと前、貧困区画(スラム)で酔っ払いのおっさんに襲われたことがあった。


 その時、僕とそんなに変わらないガキのくせに、無謀にもおっさんに挑んで大怪我をしたやつがいた。

 そいつのおかげで僕はおっさんに犯されずに済んだ。


 ファントムの額に、そのガキと同じ場所に同じような傷があった。


 たまたま偶然だろう。

 同じやつじゃないさ。


 そうは思ったけど、聞かずにはいられなかった。



(なあ、その傷どうしたんだ?)


 ファントムは答えた。


『ガキの頃、いっぱしに惚れた女を守りたくて無茶した勲章みたいなもんだ』


(ふぅん。で? その惚れた女はそのあとどうしたんだ? 恩でも売ってモノにでもしたか?)


 そう尋ねた僕に、ファントムは笑って答えた。


『そんな度胸なかったよ。俺はビビリだからな。そいつは……もう俺の手には届かないところに行っちまったよ』って。



 知らないままでいい。

 気づかないままでいい。



 僕があのとき助けてもらった女だなんて、どの面下げたって、今さら言えるわけがない。


 せっかく助けてもらったってのに……僕はもう……ボロ雑巾以下でしかない。


 僕はもう死んだんだ。

 だから体なんかいらない。

 名前もいらない。

 僕は亡霊(スペクター)だ。


 街が闇に落ちたときだけ、僕は解放される。

 夜の僕は無敵だ。

 スペクターの僕は最強だ。


 僕に触れる者、僕を嫌な目で見る者、そいつらを全部消し去ることができる。



 リッパー兄弟が()()()を遂げた今となっては、僕に首輪をかけるやつは誰もいない。


 裏社会の均衡が崩れたこの街は、仕事が山程あふれている。


 ファントムとスペクターが手を組んだ今、僕らに殺せない標的はいない。


 ファントムは金が貯まったら静かな村で暮らそうなんて言うけれど、僕はこの街の闇が好きだ。


 亡霊に怯え、息を潜めたように静まり返る、この街の真夜中を見下ろすのがたまらなく好きだから――。




 あーあ、早く夜になればいいのに。



 そして――。


 この世界がずっと、夜のままならいいのにな……。


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― 新着の感想 ―
 陽の当たる道にも裏社会の息がかかっているガーリン・シティ、夜は亡霊を恐れて家から出る者も少ないとなれば、静寂に聴こえて来る凄惨な声や物音に、耳を塞ぎたくなる毎日があるのでしょうね。  スペクターがフ…
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