戦鎚聖騎士、次の聖地に思いを馳せる
邪神軍長は山に思えるほどの巨人なんだとか。手足を振るうだけでも大地を砕き、森を抉るのに、山を吹っ飛ばすような破壊光線を使うらしい。その真骨頂は組み技で、骨も筋肉もバキバキにへし折ってくるとのこと。
悪魔軍長は最近新たに悪魔公爵となった女傑で、優雅であれを体現する者らしい。ルシエラを支持していた旧体制の者共をまとめて叩き出したそうだ。彼女は闘気や魔力などあらゆる流れと揺れを司る波動とやらを操るんだとか何とか。
「あの二人の軍長が正統派だったらラファエラ達なんてひとたまりもないですよ。今のところ息を潜めてるのが実に幸いでしたね」
「そりゃあおっかない。出会わないことを祈るばかりだね」
邪神軍を討伐した勇者一行は今度魔影軍との激戦地に向かうようだ。一方の聖女ガブリエッラ一行は次に魔獣軍の侵攻に晒される国の救援に行く方針らしい。魔王軍正統派のうち四軍が鎮圧されて残り二軍は然るべき者が派遣されるわけで。
「いやー残念だなー。次聖地に行ってもただの観光になりそうだなー」
「そんなこと言ってると神様が試練を与えてきますよ。言葉には力がある、って教えもあるぐらいですからね」
「おいやめろ馬鹿。この話題は早くも終了ですね」
「言い出したのはニッコロさんじゃないですかやだー!」
冗談はさておき、だ。魔王軍正統派の脅威から皆を守る役割は勇者達に任せるとして、俺はミカエラの悲願を叶えるために聖地巡礼の旅に付き合うだけだな。この先に何が待ち受けようとも俺はミカエラを守る盾になり剣になろう。
さて、魔王軍との戦争について情勢を整理するはこの辺りにしておこう。
三番目の聖地はイレーネやティーナの時代よりもっと前に魔王軍との決戦が行われた場所になる。そこで敗北した魔王は大人しく引き下がり、以降半世紀ほどの間人類圏に平和を取り戻したのだ。
「とまあ、歴史の授業で学ぶような触りは分かるんだけど、実際にはどんな場所なのか、ミカエラは事前に調べてるのか?」
「勿論ですとも! いいですか。前回の聖地がエルフの大森林と呼ばれるように次の聖地はドワーフの渓谷と呼ばれているんです」
ドワーフ。人間やエルフ達と共に人類として括られる種族。エルフが森の住人ならドワーフは鉱物の職人と言ったところか。その工芸技術は他の種族の追従を許さないほど卓越しており、ドワーフの作品や発明品がどれほど社会に影響を与えたことか。
ただ、ドワーフは職人気質なところがあるからな。知恵を回して強固な社会を構成した人間が人類の主流になってしまったのも致し方ないのだろう。まあドワーフもエルフも自分達を脅かさない限り人間がどう発展しようが構わない姿勢だが。
「ドワーフの渓谷には幾つもの鉱山があって、ドワーフはそこで日々鉱物を採取してるんです。中には宝石や魔石も含まれていて、宝飾品や魔道具に加工されるんです。聖騎士が装備する武具もドワーフの職人が作ったものだったかと」
「へー。そりゃあドワーフに足向けて寝られねえな」
「当時の魔王軍の主力はドラゴンでした。超竜軍は圧倒的な力で瞬く間に幾つもの国を焦土に変えてしまったそうです。魔王は超竜軍を率いてドワーフの国にまで攻め込んできましたが、一人のドワーフの騎士が魔王に一騎打ちを挑み、見事に勝利しました。魔王は騎士に敬意を評して退散しましたとさ、めでたしめでたし」
「ドラゴンの軍勢をこき使ってた魔王を一騎打ちー? 嘘くせぇ~。話半分だろ」
さすがのミカエラでも頭に入れてる知識はそれぐらいらしい。どうやら魔王軍側でも人類側でもはるか昔のことはそう詳しく伝わっていないようだ。なので実際に現地に足を運んで肌で感じよう、というわけだ。
余談だが別に勇者や聖女は人間に限定されない。教会が神に選ばれし存在として認めてないだけで、エルフやドワーフだって魔王を討ち果たしたことがあった。そしてその時魔王を退けた騎士は勇者として歴史に名を残している。
聖女であり魔王であるミカエラを守る騎士の俺はどう歴史に記されるやら。
「本当、どうやってあの魔王に勝ったんでしょうね。もしかしてドワーフは秘密兵器を発明していて、魔王はその餌食になったとか?」
「ん? あれ? もしかしてミカエラ、知らないのか?」
「……え?」
ミカエラにしては珍しく間抜けた表情で素っ頓狂な返事を返してきた。
知的なミカエラもいいしドヤ顔のミカエラもたまらんが、これも可愛いな。
とても希少だし、俺の頭の中に焼き付けておこう。
「ドワーフの騎士って言ったよな。何に乗るんだ? 馬か? 狼か? ドワーフの騎士は渓谷に適した相棒を駆って魔王に戦いを挑んだんだろ」
「あっ、ああぁ~! 我が騎士に指摘された~!」
「俺は知っててミカエラは知らなかった。悔しいでしょうねぇ」
「ひどい……ひどすぎます。ニッコロさんに辱められました。これはニッコロさんに責任を取ってもらわないといけませんね」
悔しがるミカエラをいじるのも一興だけど、これ以上深く踏み込むと報復が怖い。ここいらが引き時だろう。
渓谷に住むドワーフは歴史上あの存在とは切っても切り離せない。それほど密接なつながりがあった。そう、渓谷を庭のように飛び回るあの存在と、それと心を通わせて共に空高く飛翔する彼らとの関係は。
「渓谷に生息する飛竜に乗る騎士、竜騎士が当時の魔王に勝ったんだろうな」
竜騎士、か。会うのが楽しみだ。




