【閑話】清廉聖騎士、天啓聖女に裏切られる
さて、勇者一行は邪神軍の幹部達を確実に仕留めていき、残すは本隊のみとなった。邪神軍長に副官二名を集結させており、次の日が存亡をかけた決戦になるだろうと誰もが悟っていた。
「ヴィットーリオ。悪いけれど、私はドナテッロに全部捧げたいと思ってる」
決戦前夜、ヴィットーリオはラファエラの告白を受けた。
それはとても無慈悲で残酷なほどに彼に現実を突きつけるようだった。
タチが悪いのは、それでヴィットーリオがどう思おうが構わないと思われていることだったろうな。
「何故?」
「聖女って思った以上にキツイの。希望の象徴、救済の証、慈愛の体現者、なんて言われてるけれど、私だって普通の女の子なの。自分でも気づかない間に精神的にも肉体的にも追い詰められてたんだわ。ドナテッロはそれに気づかせてくれたの」
「そうか。弱さを見せる相手が俺では力不足だったか?」
「はぁ。アンタね、その台詞はまともに活躍してから言いなさいよ。ドナテッロは優しいからアンタがこのパーティーの要だとか言ってるけれど、代わりに私がハッキリ言ってやるわ。アンタは足手まといよ」
ヴィットーリオとラファエラの関係は完全に破綻していた。ラファエラは自分の聖騎士を頼りないと断じ、むしろ自分の恥だとけなす始末。しかし文句は言えまい。現にヴィットーリオは他の面々より遅れを取っているのだから。
その夜、見張りを買って出たヴィットーリオの後ろ、天幕の中でドナテッロとラファエラが何をしたか、ヴィットーリオは多くを語らない。絆を深めあっただけだろう、と他人事のように一言で片付けるだけだった。
「さあ邪神共! 今日がお前達の命日さ! このボク、勇者ドナテッロの剣の錆になるがいい!」
次の日、邪神軍長と副官二名の相手は勇者一行が手分けした。邪神軍長には勇者と聖女、副官その1には剣聖と弓聖、副官その2には聖騎士と賢聖が対処する。他の邪神軍を構成する従属神共は人類軍が食い止めることに。
ヴィットーリオ、ここで捨て身の闘気術を発動。身体能力が爆発的に増大する代わりに生命力を著しく燃やすというもので、彼は人類のためにこの一戦に全てをかけることにしたのだ。
「み、見事だ……。そなたこそ真の戦士……」
先に倒れ伏したのは邪神の方だった。
死闘だった。もう一回やれと言われても今度は自分が倒されるかも知れない。それほど紙一重の戦いだった。無論、ヴィットーリオもただでは済まず、もはや剣を杖代わりに身体を支えるのが精一杯な有り様だ。
邪神の死亡を確認したコルネリアがヴィットーリオへと歩み寄り、背伸びをしても届かないので彼を杖で叩いて膝をつかせた。そして彼の耳を引っ張りながら彼女は耳元に口を近づけ……、
「今すぐ逃げて」
すぐには頭に入らない願いを耳にした。
「この勇者一行はどこかおかしい。わたしを含めてもう全員正気じゃない。まだ一番まともなヴィットーリオが助けを呼んできて欲しい」
「助けを? 一体何が起こってるんだ?」
「それは――」
コルネリアが何かを言い切る前だった。ヴィットーリオは背中が急に熱くなった。灼熱の熱さの原因が背中を大きく引き裂かれたせいだと分かった時にはもう遅く、大量の鮮血とともに体力、生命力まで身体から抜けてるようだった。
残る力を振り絞って背後を見ると、ドナテッロが邪神軍長と戦っていた。ラファエラもまた光の刃を放ってドナテッロを援護している。ラファエラが放ったセイクリッドエッジが流れ弾となってヴィットーリオを襲ったのだろう。
そう、ヴィットーリオは思いたかった。
しかし現実はもっと残酷で容赦なかった。
味方に誤爆したにもかかわらずラファエラは謝る素振りすら見せない。むしろ邪神軍長と間近で剣を交えるドナテッロの方が動揺しているぐらいだった。ドナテッロがラファエラを批難してるようだったが、耳が急速に遠くなっていくヴィットーリオには何も聞こえなかった。
しかし、彼の目には今も鮮明に焼き付いている。
光の刃を構成してヴィットーリオを狙う、ラファエラのほくそ笑んだ顔が。
「じゃあね。アンタはもう私の人生には要らないわ」
無慈悲に放たれた光の刃がヴィットーリオの首を両断する。
(そうか。これが俺の最後か。何がいけなかったんだろうな……?)
そこでヴィットーリオの意識は暗転した。




