聖女魔王、調子に乗って豪語する
そちらへと視線を向けたのは本当に偶然だった。逃げ惑うコラプテッドエルフを仕留めたエルフがティーナへと手を振っていたのだ。彼女はティーナが真っ先に禁忌の力を授けた女子エルフ。彼女はティーナが気付いたのを受けて人差し指から小さな火を発生させ、息を吹きかけて消してみせた。
「アイツ……」
彼女はティーナへ何か言っているようだったが、あいにく俺には聞き取れなかった。後からティーナに聞くと、女子エルフは「お元気で! 我々一同はティーナ様の帰還を心よりお待ちしてます!」と言っていたそうな。
ティーナの目から涙がとめどなくこぼれ落ちる。エルフを今後背負っていく若い世代から頼もしく言われてしまったら感動してもしょうがない。ましてやティーナはブラッドエルフという異端者。その決意が報われた思いだろう。
「ああ、ここに帰ってくるよ。必ずね!」
ティーナは少女エルフ、そして同じくティーナを見送る少年達へと手を振った。
こうして邪精霊共との戦いに幕を下ろし、俺達はエルフの大森林を後にした。
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大森林最寄りの町に戻った俺達の耳に入ってきたのは、魔王軍による新たな侵略についての情報だった。妖魔が復活した勇者に成敗されたのも、邪精霊が大森林やこの周辺地域を襲ったのも、魔王軍による作戦行動の一部と見なされたようだった。
魔物のスタンピードは過去に何度もあった。邪精霊共の侵食がそう見なされなかったのは、ほぼ同時に複数の箇所で全く異なる種族の魔物が人類圏に攻め入ったからだ。魔物が示し合わせることなど無く、総じて魔王軍と見なされたのが経緯だ。
「だ、そうだが、ミカエラが号令をかけたのか?」
「まさか。余を支持してくれた者達は動いてませんよ。正確には人類圏侵攻のために密かに準備中って段階です」
「夜の店を開いてるグリセルダみたいに、か。じゃあ人類圏を脅かしてるのをミカエラは関知してないのか?」
「はい。妖魔、邪精霊、魔獣、邪神、魔影、悪魔。噂される侵略者達はどれもこれも余を認めない正統派に与する連中ですよ」
なんと俺達が解決した二つを含めて六系統もの軍団が決起しているというのだ。妖魔は未然に防ぎ、邪精霊は局所的な異変を俺達が鎮めて回った。しかし既に全面戦争に突入している地域もあるらしい。
「ミカエラさ、どんだけ支持されてないんだよ。むしろ正統派の方が主流なんじゃないか?」
「だから魔王に就任しても軍事行動を起こせてないんですって。おかげで余は余の好きなように動けているんですけどね。それにニッコロさんにも会ってもらったじゃないですか、余に忠誠を誓った軍団長に!」
「あー。直轄軍長とスライム長だったか。グリセルダ率いる妖魔を含めても正統派の半分ほどだな」
「いいですよーだ。どーせ余は皆から望まれなかった存在ですしー」
ミカエラはふてくされながら目の前の食事を頬張った。せっかく町に戻ってきたのだからと奮発してちょっとお高めの料理店に足を運んだのだが、ミカエラの食うペースはいつもと変わらない。せっかくなんだからもっと料理の味を楽しんでくれや。
店の中は魔王軍についての話題でもちきりだった。不安がる女性もいればこの地域まで波及してないのもあって楽観視する冒険者もいた。中にはいずれ大聖女や勇者が再び現れて魔王軍とその親玉たる魔王を討ち果たすだろうと断言する老人もいた。
「それに、今表舞台に姿を見せた六軍が全部ルシエラを推す正統派ってわけでもないみたいなんですよね」
「ん? でもミカエラの命令で動いてる魔王派の連中でもないんだろ」
「余は便宜上謎の勢力を中立派って呼んでますけど、余達と正統派の争いを静観する風見鶏でもなさそうなんですよね。何か目的があって動いているのは分かります」
「第三勢力、ねぇ。傍から聞いてると今上魔王が不甲斐ないとしか思えんぞ」
まあどのみち今のところ俺には関係のない……とも言えないんだよなぁ。既に正統派の連中とは二度も激戦を繰り広げてるし。この先の聖地で何が待ち受けてるのか知らんが、ミカエラに付き従う以上は巻き込まれる可能性が高いだろう。
新たな魔王軍の襲来で人類圏は再び恐怖と絶望に彩られた、とはなっていなかった。店内の客はそのほとんどが悲観的には先を見ておらず、未来へと繋がる希望を失っていないようだった。
不思議に思っていると、店内の複数の箇所からこちらへ視線を向けられていることにようやく気付いた。あれ、これはもしかしたらもしかすると、彼らを支えているのは他でもなく……、
「しかし怯えることはない! 既に聖女様方が救済の旅に出て各地の魔王軍を退けている! そう、こちらにいらっしゃる聖女様のように!」
やっぱりー! 俺達がそうなのかよ……。
まあ、確かに現役聖女が自分の聖騎士に加えて古の勇者と白金級冒険者を従えて異変を解決して回っているのは、救済の旅だと受け止められてもしょうがない。実際は俺以外の三人は魔王なんだがなぁ。言ったところで冗談に聞こえるだろうがね。
どうやら大森林入り口付近にあったエルフの里の者達が大森林内の騒がしさが落ち着いたとこの数日主張しているらしい。そこで聖地を巡礼してきたミカエラ達が帰ってきたんだ。聖女が邪精霊共を祓ったと解釈されたようだ。
「聖女様! どうか俺達をお守りください!」
「魔王軍を退け、平穏な世界を取り戻してください!」
一人が言い出すと店中に聖女への希望が広がっていく。ミカエラも豪胆なもので、決して謙遜はせずしかし驕りもせず、更には救済が聖女の使命だとすましたりもしない。あくまでミカエラは自信たっぷりに胸を張り、その胸を叩く。
「任せなさい! 余と我が騎士が皆さんの不安を晴らしてみせます!」
「「「おおおっ!」」」
これを言い表す新しい単語はマッチポンプと言う、と学院生活で覚えたなぁ。
とにかく、救済の旅だと誤解された聖地巡礼の旅はまだまだ続く。
はたして魔王軍の行く末は。ミカエラの悲願は果たせるのか。
俺にはまだ先を見通せないが、楽しい旅なのは間違いないだろう。
ミカエラと共に歩む限り。




